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翌日の事である。


ルイジェの身体を気遣ってカイルは寝室に朝食を準備させてくれた。

昨夜は何度も弱音を吐きたい気分になったが、こんなに大事にしてくれる人物を嫌う事などルイジェには出来よう筈もなかった。

まるで大切だと訴えるような真っ直ぐに見つめてくるカイルの眸に、ルイジェは座りの悪い気持ちと共に、確かに生まれて初めての安堵を覚えていたのだ。

心の隙間を埋めてくれるようなカイルの包み込むような愛情は、出会って数日であるにも関わらず、ルイジェのささくれ立っていた心を優しく解いてくれていた。

それでも、ルイジェはカイルを母と妹の為とは言え、謀っている身だ。

そんな感情自体が烏滸がましいのだろう。

そんな複雑な気分のまま、朝食に出されたスープを口に運んでいた時だ。


「ルイジェ、昨日の今日で申し訳無いのですが、少しずつ家の仕事を教わって行って欲しいのですが、よろしいでしょうか?」


カイルが食事の手を止めながら、そう言った。

ルイジェも手にしていた匙を置き、口元を拭ってから答えた。


「勿論です」


「ありがとうございます。……入れ」


ルイジェの言葉を受けて、二人の男性が夫婦の寝室に入って来た。


「左の彼は執事のルイス、右の彼は家宰のアルバートと言って、ルイジェの公爵家での仕事を手伝ってくれる者達です。初めての事も多いでしょうから余り最初から張り切り過ぎないでくださいね」


カイルは釘を指すように言った。


「奥様、どうぞよろしくお願いします」


二人はそれぞれに折り目正しく礼をしながら言った。

ルイスと紹介された男性はカイルに負けない体格の良さで、ルイジェの世話などより余程軍服の方が似合いそうだと思った。

家宰のアルバートは四十代程の細身の男性で、神経質そうに眼鏡の奥の目を眇めて見せた。

二人はルイジェに付き従い、必要な事を事細かに教えてくれた。

カイルが付けてくれた二人は非常に優秀であった。

やっと公爵家での暮らしの基盤が出来たその日に、ルイジェの元に一人の女性が訪ねて来た。

その女性はユエという名のルイジェが東国の王宮で暮らしていた僅かな期間の教育係だった女性だ。

ルイジェがユエの事で知っている事といえば、高位貴族の娘らしいという曖昧な物だけだった。

王宮では殆どを彼女と二人きりで過ごしていたし、彼女は自分の事を話したがらなかった。

故に、気の置けない間柄にはならなかったのだ。

ルイジェは二人きりになれるように自身の使う女主人の部屋へ招き入れた。

小さなテーブルを間に、向かい合わせに椅子へ腰掛けた。


「ルイジェ様、お久しぶりでございます。お変わりないご様子で安心致しました」


優雅な身のこなしの女性であるが、その眼差しは冷たく、内心ではルイジェを蔑んでいるような気がしてルイジェは苦手だった。


「こんなに早く再会出来るとは思っていませんでした。東国を立たれたのはいつだったんですか?」


「ルイジェ様が東国を後にされてから、諸々の整理をしてすぐに立ちました。お一人では何かとご不便であろうと思い、ルイジェ様の身の回りのお世話をこれからは出来ればと思っております。事情を存じている者が近くに必要では無いですか?勿論、ご迷惑で無ければですが」


「迷惑だなんてそんな。しかし、東国の高貴なご令嬢である貴女に私などの世話をさせる事は出来ません。東国に居た時も大変世話になったというのに……」


ユエの顔色を伺いながらそう述べると、ユエは鼻で笑って答えた。


「お気遣いは不用でございます。貴方様は充分お使えするに値する人物だという事は私が一番存じ上げております。それに、婚期を逃した私には、家紋も幾許の価値も感じておりませんから」


自嘲気味に答えるユエは以前の淡々とした雰囲気は無かった。


「でも、矢張り申し訳無くて……」


ユエが不意にルイジェへ耳打ちの姿勢をとった。


「ルイジェ様、三日程前から貴方様のお母様とルーウェイ様の行方が分かりません。王宮内部や王の近衛兵や大臣達の動きを調べてみたのですが、動向が掴めませんでした」


「それは……、本当ですか?」


ルイジェは蒼褪め、両手で口を塞いだ。


「はい。何か目新しい情報があれば、そちらを手札にもう少し探りを入れられるかもしれませんが」


「そ、それは……」


「はい、そろそろご覚悟をお決め戴きたく思います」


ルイジェの頭の中では、身体の弱い母親と、双子の妹ルーウェイ、それからカイルの顔が交差した。

幼い頃から自身一人ですら大変なのに、ルイジェとルーウェイを大切に文字通り身を粉にして働いてくれた母親。

ルイジェとは共に同じ境遇でありながら明るく具合が悪くなってからは母親の介抱を買って出てくれたルーウェイ。

東国から来た人質代わりのルイジェを正妻として娶ってくれた上に、最大限の愛情を持って誠実に接してくれたカイル。

どれ一つとしてルイジェにとってもう無くてはならない存在になってしまった。

ルイジェは目をきつく瞑り眉間に苦悶の皺を寄せながら、まんじりともせず祈るように思考を巡らせた。





長い逡巡の後、


「……分かりました」


ルイジェはか細い声で諾と言った。






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