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「慌ただしくてすいません」


カイルは夫婦の寝室繋がりにあるルイジェの部屋に案内して開口一番そう言った。


「いいえ、お気になさらないでください」


ルイジェはなるべく優しげな笑みを浮かべ答えた。


「式などは明日略式で行う予定です。爵位に見合うものを挙げるとなると、どんなに急いでも来年以降でないと間に合いませんから。貴女を人質のように扱ってしまって申し訳ないのですが、今回の婚姻に関しては、そういった類の問題があって先延ばしにする事が出来なかったのです」


酷く申し訳無さそうにカイルが眉尻を下げた。

垂れ目気味に加えて眉まで下げると、全体的に精悍なイメージが可愛らしくなって微笑ましかった。


「本当に大丈夫ですよ。私の事はお気になさらず」


ルイジェが下方からカイルを覗き込んで伝えると、矢張り申し訳無さそうに顔色を曇らせた。


「では、何か一つ強請ってくれませんか?申し訳無くて……」


ルイジェは驚いた。

目の前にいる、このカイル・ド・アルザスという男は、この国屈指の軍人である上に王国始まって以来の忠臣の家系であるハウゼント公である。

東国を出る前に受けた教育の際に、先の戦争ではその苛烈な戦い方を散々聞いていた。

そんな屈強で幾らでも傲り高ぶればいいような位の男性が、人質と変わらないルイジェに対してこんな対応を取る事が信じられなかった。

しかも、普通敗戦国から人質同然の人間を迎え入れるにしても、側室の扱いにするのが普通であるのに正妻として迎えてくれる事からしてルイジェにとっては驚きの待遇であった。

それは例え東国が何をしようとも揺らがないという傲慢さの現れなのだろうとルイジェはカイルに会うまで思っていた。

だが、目の前にいる男はどうだろうか。

後ろ暗さばかりのルイジェと違い、自らの力で悠然と立つ男が、妻になる小娘の顔色を伺って申し訳無さそうに佇んでいる。

ルイジェは、このなんとも奇妙な男に好感を抱くと共に、猛烈に嫉妬した。

それは同じ男としての劣等感からもたらされる感情であった。


「では、落ち着いたら方々に連れて行ってくださいませんか?早くこの国に慣れたいのです」


ルイジェが笑みを浮かべてそう強請ると、カイルは酷く嬉しそうに笑んだ。


「君の笑顔は矢張り良いですね」


その感慨深い余韻を含んだカイルの台詞に、少しの引っ掛かりを残したが、翌日の略式で行われる式の話しに飲み込まれて行った。










翌日の事である。

秋深まる頃、ハウゼント公カイル・ド・アルザスと東国の姫であるリー・ルイジェの婚姻が成された。

此度の戦争は、東国の最南端にあるグラナダと接する

極島と呼ばれる島を争った領土問題から端を成す。

極島は、豊富な資源を有している。

特に最近グラナダ王国で力を入れて開発が進んでいる新たなエネルギーに関する資源が豊富に採れる可能性を存分に含んでいるらしく、王国は何としても極島を手中に納めねばならなかった。

だが、無闇に手を出してしまっては他国が闇雲に攻めてきたとしても他の国に対して助力を願う事も出来なくなってしまう。

国同士の微妙なバランスが崩れてしまう事を恐れたグラナダ王国は、王国を挟んで東国の真逆に位置するパウラヴァ国で製造された依存性の高い麻薬であるシードを安く大量に仕入れた。

それを徐々に東国に輸出し、巨額の富をグラナダ王国は手にする事になる。

当初は、医術を行う際の鎮痛剤として輸出をした。

しかし、シードの独特な陶酔感にあっという間に東国は飲み込まれた。

当然の事だが、貿易の要であるルイジェ達母子が暮らしていた港町も真っ先に不穏な空気に覆われた。

一時はシードによる鎮痛効果を頼ろうかとルーウェイと相談していた事もあった。

母の容態が思わしくなかった時だ。

だが、その時にルイジェにグラナダ王国の言語を教えてくれていた青年がシードだけは止めた方が良いと助言してくれたのだ。

シードはルイジェ母子が手を出すには余りに効果だった事もあるし、青年が格安で薬を譲ってくれた事もあり、ルイジェ親子はそういった類に手を出さなくて済んだ。

それでもシードは次第に東国を良くない方向へと追い遣っていった。

すっかり蔓延した頃、漸く東国全体にシードに関する触れが出された。

シードの使用及び保有を禁止した。

小売の売買も厳しく取り締まった。

シードの全面禁輸を断行し、グラナダ王国の商人が保有するシードを没収したのだ。

それに反発する形で戦争が起こったのだ。

終戦後、極島は正式にグラナダ王国の領土となり、東国はグラナダの従属国となった。

そして捕虜代わりに東国の地を引く姫の輿入れが決まった。

此度の婚姻とはそういった物だ。

だから人身御供となったルイジェを大事にする理由は何ら無いのであるが……。


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