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アルファベット短編集

校長先生Qの話

作者: 猿戸柳

 小中高で校長先生の話程弛緩(しかん)したものは無いように思われる。季節がどうとか、部活動に精を出せとか、勉学に励めとか、大体そんな事を言っている。そしてこの市立高目ヶ丘中学校でも今まさに朝礼が行われていた。普段は校庭で(もよお)されるが、本日は雨天のため講堂に教員、生徒が集まっていた。

 当学校長、苅野(かりの)洋司(ひろし)はいつも灰色のスーツを着ている。年齢は六十歳手前だろうか。それなりに長い間校長の任に就いているようだが、はっきりとその期間を把握している者は少ない。目はパッチリとしていて黒目の比率が多く、顎はひゅっと尖っていて鼻筋も通っている為、若かりし頃はハンサムだったとの噂もある。しかし日頃の不摂生が原因か、いつも血色が悪く頭頂部もツルりと禿げ上がっており、顔の皮膚も(たる)んでテカテカしているせいでその面影を垣間見(かいまみ)る事は出来ない。表情は変化に乏しいし、抑揚無く話すので寧ろ気味が悪いと生徒の間では専らの評判だ。今年度入学して来た一年生に至っては、いつもグレイの服を着ていて風貌がグレイ(宇宙人の一種)みたいだから、グレイという不名誉なあだ名を付けている始末だ。

 このグレイはご多分に漏れずありきたりな話をする典型的な校長である。

「続いては学校長の話、全員起立、礼、着席」

一応はこのしきたりを守るが、ほぼ全生徒が体力と時間の無駄だと思っているだろう。相変わらず顔色の悪い校長が演台にに立ち、マイク越しに話し始める。

「えー、生徒の皆さん、おはようございます。えー、梅雨明けはまだのようですが、日に日に気温は上がり、夏がそこまで来ているなと思う今日この頃でございます。期末考査が二週間後に迫っておりますが、えー、この暑さにめげず集中力を切らす事無く臨んで欲しいと思います」

暑いけどテスト頑張ってくださいとだけ言えば良いのに、よくもまあこんな無意味に文章を引き延ばせたものだ。いや反対に何か意味があるのではないかと疑ってしまう。つまらない上に声のメリハリも無く、お経の様な話し方をする為、まるで催眠術のように眠気を誘発する。生徒の中にはグレイの話が始まってすぐ、どうせつまらないといった風に腕を組み、居眠りを決め込む(やから)すらいる。

「えー、テストは一朝一夕で優れた点数を出せるものではありません、常日頃から授業に参加し、えー、予習復習を欠かさぬ事が必要です。なので皆さんにはこの二週間を有意義に使って欲しいと、えー、思っております。まだ二週間、されど二週間であります」

ある女性徒が隣の友人に「グレイ今もう五、六回えーって言ってる、ウケる」と小声で話している。こういう癖や容姿をいちいち揶揄(やゆ)されるのは教師の宿命であろうか。そうであるならさすがに同情を禁じ得ない。

「期末考査が終ったら夏休みですが、えー、あまり羽目を外さず学生としての本分を見失わない様にして頂きたいと思います。まだ随分先の事と思う人達も居るでしょうが、光陰矢の如しです。えー、くれぐれも二学期が始まっても夏休み気分を引きずらないように気を付けてください。今の所は大丈夫みたいですが、えー、徐々に服装や髪型が乱れてくる一年生が出てきます。えー、外見の乱れは心の乱れです。皆さんはこの高目ヶ丘中学校の生徒の一人として誇りを持って我が校の制服を着て頂きたいと、えー、思います」

夏休みに何をしようが学生の勝手である。それを始まる前からああだこうだ言われるのは実に不愉快極まりないと思われても仕方ないが、最早ここまでくると誰もグレイの話など聞いておらぬ。生徒達は早く終らないかと思っているか睡魔と戦っている、もしくは潔く投了して眠り込んでいるかのどれかだ。

「えー、これで()()()としての話は以上であります。ではここからは地球調査隊隊員クァタルキナ・ビュルスクルとしての話を始めます」

異様な沈黙が講堂内を包み込む。

「私は地球の環境、生物の調査を行っている地球外生命体の一人です。今の私はホモサピエンス擬態スーツを着用している為、皆様と比べても遜色(そんしょく)ない姿だと思います。我々としましてはあなた方と友好的な関係を築きたいと考えております。端的に伺いますが、もしこの話を受け入れ我々に協力しても良いという人が居れば、勿論教諭の方でも構いません、挙手をお願いします。痛みを伴う人体実験や拷問など、非人道的な行為は宇宙連合憲章第一条及び第六条により禁止されているので安心してください」

生徒がざわざわと騒ぎ始める。

「え、グレイ何言ってんの?」「頭おかしくなったんじゃない?」「やっぱグレイはグレイだったんだよ!」

司会を務める先生も、

「えっと、苅野校長、それは一体どういう意味でしょうか?」

と明らかに困惑している。言わずもがな、挙手をする人間などこの中には居なかった。

「はあ、やはり今回も直接交渉は失敗か、しょうがないな。地球探査船ズゥーリモジュリ号応答せよ。こちら個体識別名クァタルキナ・ビュルスクルである、地球内識別名は苅野洋司。直接交渉は今回も失敗だ、繰り返す、直接交渉は今回も失敗。宇宙連合憲章第七条に記載されている『致命的問題に関する事態』を回避する為、最低限の時間及び記憶操作の許可を取りたい」

本来音声を電気信号に変換するはずのマイクロフォンから声が聞こえてきた。

「こちらズゥーリモジュリ号船員ヌルジ・ヴェルジモン。了解しました、只今許可を申請中……取得完了。このやり取りを全て録音し、全宇宙間和平交渉推進委員会に提出する事を条件に許可されました」

「了解した、感謝する。これより惑星探査船を除いた、太陽系時間の停止及び逆行、そして市立高目ヶ丘中学校講堂内における記憶操作を行う」

そういうとクァタルキナ・ビュルスクルは両手を眼前に伸ばした。その瞬間周囲の雑音がピタリと止み、ガヤガヤと騒いでいた教師と生徒全員の動きが停止した。

「時間停止成功。ふう、今まで何回この操作をしたことやら。それでは時間を私が話をする直前まで逆行させる」

今度は右手人差し指ををクルクルと反時計回りに動かす。すると全員の状態が苅野洋司、もといクァタルキナ・ビュルスクルが話し出す直前まで(さかのぼ)った。まるでビデオテープやDVDの巻き戻し機能のようである。

「時間逆行も無事成功だ。そういえば記憶操作を行う前に一つ気になる事がある。私の事を()()()と呼ぶ生徒が少なからず居たようだが……」

「調査解析します。クァタルキナ・ビュルスクル氏の容姿や服装がグレイを想起させるとして付けられたあだ名である事が判明しました」

「なるほど興味深い。記憶操作を行う前に調査を行いたい。宇宙連合憲章第七条の『致命的問題に関する事態』に付随する案件だと思われる」

「こちらヌルジ・ヴェルジモン。許可を申請中……取得出来ました。引き続き録音を続けます」

「ありがとう。では私の事をグレイと呼んでいる人物、及び呼ばれている事を知っている人物をピックアップ。講堂内であるため、屋根に激突しない程度の高さで頼む」

「了解しました」

教師、生徒達がすうっと二メートルくらいの高さまで上がって行って停止した。

「意外と多いな、特に一年生」

「はい、生徒の中に地球外生命体認知機能保有者が居るようです。恐らくその人物がグレイというあだ名をつけたと思われます」

「おおっ、地球外生命体認知機能保有者か!これは凄い。私も論文で読んだ事はあるが実物を見るのは初めてだ!人物を検索して前方へ移動!」

仏頂面で有名な顔が(ほころ)ぶ。

「了解しました、実行します」

数秒後、一人の女子生徒が演台の前にスライドして来た。

「一年C組津田あかねです。脳構造を調査した結果、地球外生命体認知機能保有者である事が証明されました」

「素晴らしい!彼女がそのあだ名を広めたのか?」

「正確には彼女が呟いた『あの校長グレイみたいだな』という発言を聞いた他の生徒達です」

「ふむ、彼女は希有(けう)な能力者だし我々にとっては近い未来必要になるであろう人間なのだが、現時点ではこの認知機能を鈍化させる必要があるな」

「はい、このまま放置すれば宇宙連合憲章第三条の『宇宙連合非加盟惑星の秩序維持の為に生ずる宇宙連合加盟惑星の秘匿義務』に抵触する恐れがあります」

「その通りだ。故に頭部に制御チップを埋め込む。くれぐれも金属製にしないでくれ。以前金属チップを埋め込まれた人間が、空港内の手荷物検査で金属探知機を通る時ピーピー鳴って大変だったという事例がある」

「了解しました、有機物質で構成された最新式のチップを埋め込みます。テレポート機能を使って行います」

すると津田あかねは一瞬白目をむき、小刻みに揺れた。

「チップが無事埋め込まれた振動を確認、津田あかね氏を元の席までに戻してくれ。あとは私のあだ名を変更する必要があるな。個人的には気に入っているがグレイはあまりにも直接的すぎる。グレイに変わるあだ名の候補を検索してくれるか?」

「了解しました。クァタルキナ・ビュルスクル氏の容姿から想起される名前を検索します……出てきました。デメニギス、チョウチンアンコウ、ダイオウグソクムシなどが候補です」

「駄目だ駄目だ!どれも有機質自動地球探索機ではないか!他にはないのか?」

「少々お待ちください、検索範囲を広げます……出てきました。ヤツメウナギ、イヌ科だとパグとブルドッグです」

「いや、パグはまずいな。あれは既に我々と独自に友好関係を築いているヤリイカ合衆国が主導で宇宙人プロパガンダの為に制作した映画、マン・イン・ブラックにでてくる。ブルドッグもパグと似ているしな……」

「ではヤツメウナギでよろしいでしょうか?」

「うむ、それで良い」

「了解しました。それではピックアップした人間達の記憶操作を行います」

宙に浮いた人達が一斉に白目をむき、振動した。

「記憶改訂を確認。(ちな)みに教諭の中にもグレイを知っているのが数名居るが」

「はい、生徒から聞いてうっすら記憶している程度ですが、体育教師の郷田健二(ごうだけんじ)と日本史教師の新田兼続(にったかねつぐ)は明確な悪意を持って使用していた事が確認されています」

「なるほど、二人は減給だな」

「クァタルキナ・ビュルスクル氏にそのような権限は認められておりません。それに宇宙連合憲章第一条の『愛と平和を第一に考え、他種族、例えそれが宇宙連合非加盟惑星の生物であってもいかなる損害も与えてはならない』に抵触します」

「冗談だよ。彼ら二人が私に精神的損害を与えた気もするが……まああれだ、地球では個人のモラルがまだ十分な水準に達してない場合があるからこういった事がよく起こるんだ」

「了解しました。しかし録音を提出する事をお忘れなく」

「分かった分かった、軽率な発言だったよ、申し訳ない。それと私の()()の回数だが……」

「はい、地球外生命体に対する友好度を潜在的に上げる為の漸次的(ぜんじてき)催眠誘導ですね。この程度の回数なら宇宙連合憲章に抵触する心配はありません」

「ありがとう、安心したよ。あ、それと校長定型演説一覧を脳内に送ってくれ。全部似ていてすぐ混同してしまうんだ」

「了解しました、転送します」

「よし、転送を確認。ではピックアップした人間を元の位置に戻して、時間を再生してくれ」

「了解しました、健闘を祈ります」

「ありがとう、お互い宇宙平和の為に頑張ろうじゃないか」

全ての人間が所定の位置につき、また時間が流れ始めた。苅野洋司はひと呼吸してから話し始める。

「えー、生徒の皆さん、おはようございます」

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[良い点] 一言一言が長くて「えー」が矢鱈と入る喋り方は、いかにも校長先生っぽく、「実際にこういう人がいそうだな。」というリアリティがありました。 小中学校の全校集会での弛緩したムードを再体験したよう…
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