想いの花
やっとここまで辿りつきました
この話の途中から、書きためていた部分になります。
なんか友雪、泣きっぱなしだなぁ
そしてサブタイ、いいのが思いつきませんでした(苦笑
あれから数カ月が経ち、じわりと汗ばむ季節へと変わっていた。そろそろ夏休みに入る。というタイミングで、進路希望の用紙が配られた。
「……進路、か」
配られたプリントを眺めながらぽつりと呟く。ざわざわと騒がしい教室の喧騒がどこか遠くで聞こえていた。
――今のままじゃ、ダメだよね……。
自分がどうしたいのかを考えた時に、脳裏をかすめたのは一人の少女。出会ったときから、友雪の中心は美姫だった。
小6のあの日、あんなことがあった後も、友雪の中にずっとあり続ける、想いの花。友雪はぎゅうと拳を握り、覚悟を1つ、決めた。
その日の放課後、友雪は一度家に帰り、美姫の家を訪ねた。家を出る前に何を着るかで悩んだせいで、空が赤く染まり始めていた。
散々悩んだ結果、いつもと特に代わり映えのない、ジーンズにオレンジ色のTシャツを着て、慌てて家を飛び出した。
歩き慣れた道、見慣れた家。押し慣れたはずのインターホンを前に手が震える。飛びだしそうな心臓を落ちつけようと深呼吸を繰り返す。
少しだけ気持ちが落ち着き、インターホンを押そうと手を持ちあげ、指がボタンに触れそうな所で、後ろから声がかかった。
「友雪先輩?」
「うわぁ?!」
文字通り友雪は跳び上がる。そんな友雪の反応に驚いた顔をして、そこに立っていたのは、まさに今から訊ねようと思っていた美姫だった。美姫も一度家の帰った後だったのか、学校の制服ではなく、黒のスキニーパンツにふんわりとしたターコイズブルーのシャツを着て、黒いショルダーバッグを提げていた。
「ごめん、びっくりしちゃった」
驚いて固まっている美姫に友雪は申し訳なさそうに頭を掻いた。美姫はそれに対して首を軽く横に振って微笑む。
「いえ、こっちも急に話しかけてしまったので」
美姫は首を傾げ、友雪を見上げる。
「家になにか用ですか?」
「あっ、えっと、美姫ちゃんとちょっと話したくて」
忙しない鼓動を落ちつけようと試みるがそれは失敗に終わり、上擦った声が出て焦りを覚えた。
「私と?」
きょとんとした美姫を可愛いなと思いながら、首を縦に動かし、肯定の意を伝える。
「……あのさ、公園、行かない?」
恐る恐るといった友雪を不思議そうに見た後、美姫はにこりと笑顔を浮かべた。
「いいですよ。あ、ただ、ちょっと待って下さい」
美姫はそう言うと、一度家の中へと入っていき、玄関越しに家の中に何かを叫んで、再び出てきた。
「お待たせしまた」
あまり車の通らない道を並んで歩く。交わす言葉は無く、目的地へと歩みを進める。美姫の家から歩いて間もない場所にあるその公園は、2人が初めて出会った場所だ。
友雪は美姫の一歩前を進み、所々錆ついたフェンスに囲まれた公園の入り口に辿りついた。
馴染みのある公園の入口には、塗装がポロポロと剥げ落ちている黄色の車止めが並んでいる。そこから中へ入ると、小さな砂場と鉄棒、ブランコ、滑り台が見える。どれも年季が入っていて、錆ついていたり色あせたりしている。
友雪は美姫と出会った桜の木の近くにあるベンチを指差した。美姫はそれを見て心得たように頷き、今は葉桜になってしまった桜の木を一度眺め、ベンチに腰を下ろした。
友雪は美姫から1人分よりもちょっと広いくらいの間を空けて、隣に座り公園を見渡す。幸か不幸か、日も暮れ始めてきているからか他に人はいなかった。
「それで話というのは?」
点灯した街灯を見ながら美姫が訊ねる。友雪は心臓が大きく跳ねるのを感じながら、言葉を探す。
「あ、いや、えっと……あの、その……」
気持ちを伝えると決めて来たはずなのに、いざ口にしようとすると怖気づいてしまう。友雪は困ったようにウロウロと視線を彷徨わせ、膝の上で両手をギュッと組んで、深呼吸を繰り返す。そんな友雪を横目に見ながら美姫が口を開いた。
「友雪先輩、1つ聞いてもいいですか?」
「あ、うん。何?」
予想していなかった美姫からの問いかけに戸惑いながらも、聞き返す。美姫は少しずつ星が見え始めてきている空を見上げ、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「……友雪先輩は、花吐き病……なんですか?」
瞬間、時が止まったような、そんな錯覚を友雪は覚えた。先ほどまでとは違う理由で鼓動が速くなる。口の中がカラカラに乾いて、発した音は今にも消えてしまいそうなほどに、弱々しかった。
「……そう、だよ」
「そうですか」
感情が読み取れないその音に友雪は反射的に美姫の顔を見る。目を細め星を見ているその横顔はどことなく悲しそうに見えた。
「……えと、気持ち、悪い……よね」
泣きそうに震えた声に美姫はハッとしたように首を横に振り、それを否定する。
「いえ、気持ち悪くはないです。ただ、前に友雪先輩の足元に落ちていた花が気になっただけ、なので」
「……美姫ちゃんは、花吐き病の事、知ってるの?」
友雪の問いかけに大きな茶色い目が困ったように揺れ、どことなく気まずそうに笑みを浮かべた。
「知ってます。花吐き病がどういうものなのか、どうして罹るのか……」
「そっか……」
どこかホッとしたような、そんな不思議な感覚が友雪を包み込む。そして、伝えるなら今しかないと、息を1つ吐き出した。
「あのね、美姫ちゃん。僕、美姫ちゃんの事、ずっとずっと好きなんだ。だから……」
告白が終わり切らない内にそれを遮り、美姫が口を挟んだ。
「友雪先輩、いえ、友雪くん。それは、その気持ちは私に対する罪の意識だったりしませんか?」
美姫の言葉に細い友雪の目が見開かれ、ぶんぶんと首を横に振り、必死にそれを否定する。
「違うよ、僕はずっと、出会った時からずっと美姫ちゃんの事が好きだよ」
「……そうですか。それなら、私は、友雪くんの気持ちに応えることは出来ません」
泣きそうに顔をゆがめる友雪に、同じように泣きそうな表情を浮かべた美姫が告げる。
「そう、だよね。僕みたいな奴……」
元々玉砕覚悟だったとはいえ、ショックは大きかった。友雪は俯き、自分にそんな資格がないと案に告げると、美姫がそれは違うと切なそうに微笑んだ。
「いえ、私は『私を』好いてくれる人としか、お付き合い出来ません」
「だから、僕が好きなのは……」
困惑する友雪を美姫は見て、そっと息を吐きだし、綺麗な笑みを浮かべる。
「ええ、友雪くんが好きなのは『美姫ちゃん』です。友雪くんが出会い、友雪くんと一緒に思い出を作り、その思い出ごといなくなった『葉山 美姫』です」
「……そんな、こと……」
そんなことない、とすぐに否定できずにいる友雪に美姫が優しく問いかける。
「友雪くんが今まで吐いた花の花言葉を知ってますか?」
「……花、言葉……?」
言葉としては知っていたが、意識した事のない単語に首を傾げ、微笑む美姫を見つめる。美姫の茶色い瞳が一度だけ閉じられ、ゆっくりと開かれた。
「前、見た時、友雪くんが吐いていたのは、シオンとカーネションでした。カーネーションは『あなたに会いたくてたまらない』そしてシオンは『追想、追憶。あなたを忘れない。遠い人を想う』なんですよ」
記憶を辿るようにそう言い、肩から提げてあったバックから携帯用花言葉辞典を取りだして友雪に見せる。友雪は渡された花言葉を見つけ、息をのむ。
「花吐き病で吐く花は思い入れや思い出のある花、もしくは自分の気持ちを代弁するモノが多いと聞きました」
パラパラと紙がめくれる音が聞こえ、小さな嗚咽が美姫の耳に届く。少女はそれに気づかないふりをして言葉を続けた。
「だから、友雪くんがずっと思い続けていたのは、あの日、あの時、貴方と一緒にいた、『美姫ちゃん』です」
自分でも気づいていなかった、いや、気づかないようにしていた本当の気持ち。ぼろぼろと友雪の目から大粒の涙が零れ落ち、美姫への罪悪感でいっぱいになった。
「……美姫、ちゃん、ごめ、ごめんね」
泣きながら謝っていた友雪は急な吐き気に襲われ、苦しそうに1つの花を吐きだした。それは前に一度だけ見たことがある、白くて大きな、甘い香りのする花だった。
ぽとりと友雪の膝の上に落ちた花を見て、美姫が呟く。
「月下美人……」
――花言葉は、ただ一度だけ会いたくて。
謝り続ける青年の心を映した吐き出された花を見て、少女は苦しそうに顔を歪めた。
「私の方こそ、ごめんなさい。ずっと、友雪くんを縛り続けてしまっていました」
美姫は目をつぶり、たくさん見た過去の自分を思い出す。どれも記憶にないけれど、確かにそこに存在していた、自分。隣にいる青年と仲良く遊んでいる場面もたくさん、あった。
――上手く、出来るか判らないけれど……
少女はベンチから立ち上がり、泣いている幼馴染の前に立ち、その名前を呼んだ。
「友雪」
「――っぁ」
懐かしいその響きに、友雪は思わず顔を上げる。
ボロボロと零れる涙にそっとハンカチを押し当て、少女はゆっくりと微笑んだ。
瞬間、友雪の眼前に薄紅色の景色が映し出された。いつか見た夢を見ているのだと、頭の片隅で思いながら、舞い散る桜の花びらの中で笑う少女に手を伸ばす。
今までどんなに伸ばしても届かなかった手に、初めて少女の手が触れた。少年の鼓動はぐんっと跳ね上がり、何とも言えない歓喜に胸が震える。
10年以上の歳月をかけ、やっと触れる事が出来た彼女の手は小さく、柔らかかった。友雪が思わず微笑み返すと、少女は自分よりも大きなその手を両の手でそっと包み込んだ。
「長い間、私を想っていてくれて有難う」
首をブンブンと振りながら、泣きじゃくる青年を少女は優しく見つめ、握っていた手を解き、数歩後ろへ下がる。
「友雪、ばいばい」
青年にそう告げたのと同時に、薄紅色の幻影も霧散する。溢れる涙の先にいるのは、困ったような顔をしている幼馴染の姿。
襲ってきた喪失感と罪悪感に押しつぶされそうになりながら、青年は声をあげて泣いた。そんな青年の横で、少女は何も言わず、ただ、空を見上げ、彼の中の『美姫ちゃん』が彼を解放していてほしいと、そう願った。
最後まで読んでいただき有難うございました。