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忘れられない、あの日のこと

ここからちょこっと過去の話になります。

……やや重めな話だと思うので、苦手だなと思ったら迷わず画面閉じて下さいね。

 美姫に送られる形で家に戻った友雪は靴を脱ぎ捨て、2階にある自室へと駆け込んだ。


「うぇ、うぐっ、おぇ……」


 吐くために用意してあるビニール袋に大量の花を吐きだす。口からぼろぼろと零れる花は、桜とカーネーション、そして薄紫色の菊のような花。


「うっ、ぐぅぅぅ、うぇ」


 何度もえずき、ゲボッと吐き出されたのは黄色いチューリップだった。上がった息を整え、生理的に零れる涙を拭う。

 サイドテーブルの上に置いてある水を飲もうと手を伸ばしたところで、先程美姫から貰たったサイダーが目についた。



――僕を心配してくれて、渡してくれた、サイダー……



 嬉しい筈なのに、友雪の胸はじくじくと痛み、涙が一筋落ちる。それを誤魔化すように、少しだけ炭酸の抜けたサイダーを口へと流し込んだ。

 口の中にシュワッとした刺激があり、ほんのりと痛みに似た感覚が広がる。サイダーをサイドテーブルに置き、ベッドへと倒れこんだ。

まだ中身の入っているペットボトルを見つめながら、美姫から「先輩」と呼ばれた事による胸の痛みがじわりと広がっていく。


「美姫、ちゃん……」


 ぽつりと呟き、ポロリと涙が落ちる。そして何かを堪えるようにギュッと唇を噛み、苦しそうに、絞り出すように言の葉を吐き出した。


「僕達、同い年……なんだよ」


 誰もいない部屋に響いた音は、友雪の耳に届き胸を締め付ける。そして込み上げてきた吐き気に再び花を吐き散らす。

袋の中に花弁が5枚付いた青い小ぶりな花がポロポロと落ちていく。



――ワスレナグサ……



 その花の名前を教えてくれたのは、幼馴染のあの子。友雪が目を瞑ると今でも鮮明に思い出せる。あの、ちょっと暑かった春の日。


クラスが同じになったことはないが、2人は同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通っていた。出会いは幼稚園の年長さん。そして家も近所だという事で、親同士が仲良くなり親睦を深めるのにはそう時間はかからなかった。

 友雪と美姫が小学校の中学年になった頃から二家庭で近所のキャンプ場でキャンプをするのが恒例となっていた。


 友雪と美姫が小6になり、5月の大型連休を使ってキャンプに来ていた。5月にしてはちょっと暑い日だった。

 友雪と美姫はお昼ご飯を食べた後、少し遊ぼうと川の向こう側にあるアスレチックで遊んでいた。子どもだけでは危ないと、友雪の父も一緒だった。

 暫く遊び、そろそろ夕飯の支度をする時間……という事で、美姫の父が皆を呼びに来て、泊まるコテージへと戻るところだった。

 父達が先に歩き、子ども2人がそれについていく。川に架かっている橋を渡るところで、美姫がふと、道の端に咲いている花に気付いて立ち止まった。


「美姫ちゃん。どうしたの?」


「この花、綺麗だよね」


 そう言って笑う少女の目はキラキラとしていて、友雪もつられてニコニコとしてしまう。小さな5枚の花弁のついた青い花だった。それを美姫は手で軽く突く。


「確か、これ、ワスレナグサって言うんだよ」


 突かれて揺れる花を見ながら、友雪が美姫の言葉を復唱する。


「ワスレナグサ……?」

「パパがそう言ってたから、多分、そうじゃないかな」

「こんなに綺麗で可愛いのに、何でワスレナグサっていうんだろうね」


 確信はなさそうな美姫に友雪は違う疑問を投げかける。美姫はそれに対し、うーんと唸り


「何かそういう名前になった由来があるんじゃなかったかな? 戻ったらパパに聞いてみよう」


 手繰り寄せられない記憶にお手上げだという感じで笑った。友雪はそれに頷き、橋を渡ろうと美姫の手を取り歩き始めた。


 橋の上を歩いている所で、2人の前を一匹のトンボが飛んで行った。川辺に生息する羽が茶色く、ヒラヒラと舞うように飛ぶトンボだった。


「あ、美姫ちゃん、トンボだよ」


 美姫の手を握ったまま、友雪は思わずそのトンボを追いかけた。美姫は友雪に引っ張られるように橋を渡り切り、小さな土手をおりて川べりに立っていた。


「友雪、泳げないんだから、それ以上前に行ったらダメだよ」

「うん」


 川辺を小ぶりなトンボ達がひらひらと飛んでいる光景は、とても面白く、茜色になってきた空が川面に映り、幻想的に見えた。

 暫く2人でそれを眺め、薄暗くなり始めてきた事に気付き、コテージに戻ろうとした所で、友雪が足を滑らせ川に尻もちをついてしまった。


「うわぁ」

「友雪、大丈夫? 手、引っ張るから立てる?」


 美姫は友雪が泳げないことを思い出し、慌てて握っていた手を自分のほうへと引き寄せた……が、自分と同じかそれよりも重たい男子を引き寄せるだけの力は美姫にはなかった。



 バッチャン



 大きな水音と共に2人が川に倒れこむ。日中は温かかったとはいえ、陽が落ちてしまえば川の水は冷たかった。


「服が重たい……友雪、大丈夫?」


 寒さの為なのか、恐怖の為なのか、カタカタと震える友雪を励まし、美姫は流れに足を取られながら立ち上がろうとする。


 しかし水を吸った服は重く、上手く起き上がれなかった。


 それでも美姫の励ましが功を奏したのか、何とか2人で支えあい立ち上がった所で、水の重さと冷たさでふらりとした友雪が再び転んでしまい、川の深い所にはまってしまった。泳げずに半ばパニックになって身動きが取れなくなった友雪を美姫は落ち着けるように話しかける。


「友雪、大丈夫。身体の力抜いて、そうしたら私が岸まで運ぶから」


 明らかに溺れている友雪を引き戻そうと美姫は友雪を引っ張るが、それも叶わず2人一緒に流されてしまった。

 その時美姫は、咄嗟に友雪を庇うように抱きしめ、出来るだけ身体を浮かせるように心がけていた。


 ただ、視界が暗かったのと、友雪に意識を向け過ぎていたのがいけなかった。



 ガン!!!と美姫の頭にとてつもない衝撃が襲う。



 流れていた先にあった岩に気付かず思いきりぶつけてしまったのだ。美姫はそこで意識を失ってしまった。


「み、き、ちゃん……?」


 自分を抱えてくれていた美姫の身体の力抜けたのを感じ、友雪は必死に美姫を抱きしめる。友雪の目には映っていなかったが、川の水がぶわりと赤く染まっていた。


「美姫ちゃん、美姫ちゃん、大丈夫? ねぇ。美姫ちゃん」


 ガボガボと水を幾らか飲みながら、友雪は懸命に美姫に声をかける。


「美姫ちゃん、美姫ちゃん、大丈夫? ねぇ。美姫ちゃん」


 ガボガボと水を幾らかの見ながら、友雪は懸命に美姫に声をかける。



――何とか、何とかしなきゃ……



 そう思っていた所で、友雪と美姫を呼ぶ美姫の父親の声が聞こえてきた。


「ぉじ、……、ぉ……」


 身体が冷え切り上手く口が回らない。ガチガチと歯が鳴る。友雪は動かない美姫をぎゅうっと抱きしめ、お腹に力を入れた。



 ――今、僕がここで頑張らなきゃ、美姫ちゃんがいなくなるかもしれないんだぞ!



 そう自分を叱咤し、ぐっと唇を噛み、震えを無理やり抑え込む。そしてその時出せるだけの精一杯の声を出した。



「おじさん!!! 助けて!!!」



 そこからはあっという間だった。2人は速攻で川から救出され、救急車に乗せられて病院へと運ばれた。

 友雪は怪我らしい怪我はしていなかったが、念のため検査をすることになった。だが特に異常はなく。1泊だけ入院してすぐに自宅に戻ることになった。



 友雪が退院の準備をしている所に、美姫の父親が現れた。優し気な顔はいつも通りだが、眠っていないのか目の下に隈が出来ていた。


「友雪、大丈夫か?」

「おじさん……僕は大丈夫……」


 そこで言葉が詰まる。ポロポロと友雪の目から涙が零れ落ちる。


「ごめ、ん、なさい。僕が、川に近づかなかったら、美姫ちゃんは……」


 美姫の父親、晴由(はるよし)は友雪の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。


「友雪が謝ることはないぞ。おじさん達がちゃんとお前たちに付いてなかったのが一番悪かったんだ」

「でも……僕が……」


 うわーんと大泣きする友雪を抱きしめ、晴由はその背中を優しく撫でながら語りかける。


「気にするな、って言うのは多分、無理だろうから、それは言わないでおくな。でもな、友雪、自分を責めるなよ。幸い、美姫の怪我は命に別状はないそうだ。だから、美姫の為にもあまり自分を責めないでやってくれな」



――命に別状はない



 その言葉に友雪がどれだけ安堵したか、きっと晴由は知らない。それでも大事な美姫に怪我をさせてしまった……という事実は友雪を打ちのめしていた。


最後まで読んで頂き有難うございました。

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