昼下がりの回顧 【月夜譚No.83】
木の枝をリスが走っていく。温かな風が頬を撫で、ちらちらと木漏れ日が降り落ちた。日曜の昼下がりはのんびりとしていて、道を歩いていく人々の足取りも軽いような気がする。
公園の片隅に位置するベンチに座った少女は、膝の上に置いた本の表紙をそっと撫でた。何度も繰り返し読まれた本の頁は少し黄ばんで、カバーの色合いも焼けて淡い。けれどその分よく手に馴染んで、触れるだけで安心感が生まれる。
少女にとってこの本は、何物にも代え難い宝物だった。これを手にしたあの日――もう何年前になるのだろうか、少女に本を手渡したあの人は、そのまま背を向けて行ってしまった。もしあの時手を伸ばしていれば、あの人は今も傍にいてくれたのかもしれない。隣で笑っていてくれたのかもしれない。けれど、それはもう叶わぬ想いだ。
本の向こう側にあの人の幻影を見ながら、少女は本を開いた。もう何度目になるか判らない、物語の海に浸る為に。