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悪夢の始まり

「うっ、うぅん……?」


 目が覚めると、俺は見知らぬ部屋で小さな椅子に座っていた。


 ……おかしい。家のベッドで寝ていたはずなのに。何でここに?

 しばらくの間、今の理解が追いつかず、呆然と目の前を眺め続けていた。

 そうした後は頭を動かそうとした。寝起きなのに、思考はまともそに動きそうだ。

 この状況、どうしようか? 不自然なほど冷静だった俺は、策を考えようとする。

 だけど、それには部屋が暗すぎてどうしようもない。何があるのもわからない。


(とりあえず、電気を探すか)


 目が暗闇に慣れ始めたところで、部屋の電気を探そうと辺りを見渡す。

 すると、座っていた椅子の右後ろにある、それっぽいスイッチを見つけた。

 立ち上がって、それの場所に向かいスイッチを押す。青白い光が部屋を照らしていく。


 そうした俺の目に見えたのは……無機質な内装だった。

 “ある場所”を除いて目立つもの何もなく、コンクリートの壁に覆われている。

 後ろを振り返ってみれば、底冷えた鉄製のドアが待ち構えている。

 小さな事務机にパイプ椅子、部屋の隅の観葉植物に、何の用途か分からない扇風機など、置かれてる物に変なものはなかった。

 ある場所――目の前の、数える作業を躊躇ってしまうほどのモニターを除いて。


(何だ、これ)


 ブラウン管テレビのような画面が、壁一面に並ぶように設置されている。

これだけの量、推測できる用途は1つしかなかった。ここはまるで。


「監視室?」


 頭に浮かんできたことを思わず呟いた瞬間だった。

 何かが立ち上がったような電子音が、部屋中に鈍く響き始める。


 モニターの電源が点いたらしい。すべてのモニターに映像が一斉に映し出された。

 古臭いそれの造形と違って質は良かった。はっきりと物が見える。

 だから見えた。部屋、通路。数十年前のホテルみたいな作りのものが。


『――ほら。みんな、集まって』


 モニターを見ていると、画面の奥から音が聞こえてきた。

 金属を引っ掻いた耳障りなノイズが混じってるが、凛とした声だった。

 きっとこれで命令されれば従うし、頼まれれば引き受けてしまう、そんな声。

 ……だけど聞こえてきたそれに、俺は息が止まってしまうような驚きを感じていた。


 それはなぜか。聞こえてきた今の声は――ゆのねぇの声だったから。


『はーい、ゆのねぇ!』

『あらあら。照ちゃんは今日も元気で、笑顔ね。あと優乃先輩、でしょ』

『私から笑顔を撮ったら、何も残らないからね!』


 続いて聞こえてきた声。今度は照のもの。

 この世界にいる誰よりも聞き慣れている自信があったから、すぐに分かった。

 画面の向こうには照がいる。鬼気迫った何かを覚えて画面を凝視してみた。

 テレビで見る豪邸の大部屋が映し出されていた。その場所にゆのねぇと照が居た。

 ――だけど、その様子が、その雰囲気が、何よりも彼女たちの風貌が異常だった。


 ゆのねぇは体が暗闇に食われたように欠損している。

 損傷は激しくなかったけど、アンバランスなそれらが異様に不気味だった。


 照は見える場所の体の大半が火傷で黒ずんで、口元が頬まで広がっていた。

 そして、まるで口裂け女みたいな笑顔を顔に張り付けている。不気味な、それを。


 他に正確な姿は判別できなかった。というより、理解を無意識に拒んでしまった。


「……何だよ、これ」


 気づけば、声が出ていた。手が震えていた。

 そんな俺に追い打ちをかけるように、何人かが部屋に入ってくる。


『えー、めんどくさ~い』

『わ、ワガママ言わないでよ。鈴ちゃんってば』

『あと数時間の辛抱なんだから頑張りましょう。彼も待ってるわ』

『がーちゃんに綿を詰めるの、まだ終わってないんだけど……』


 それを見てみると……またもや俺の知ってる人物の“化け物”だった。

 詩織に鈴、若菜。クラスメートが、怠惰な後輩が、大天使な後輩が。

 2人とまるで同じように、闇に侵食され、変わり果てた姿になっていた。


 詩織の手や腕には、大量の針が刺さっている。あらゆる場所が糸で縫われていた。

 継ぎ接ぎだらけの人形。だけど痛がる素振りはなく、禍々しい何かを握りしめている。


 鈴は、髪や肌、来ている服など、何もかもが崩れていた。

 もはや怠けをすっとばして、浮浪者のような凄惨さとみすぼらしさが混在していた。


 若菜は、体型が異様にアンバランスに変貌していた。

 丸っこい目も剥き出しで、今は深海魚みたいにぎょろぎょろと目玉が動いていた。


『それで会長。何のご用件でしょうか。……大体わかりますけど』

『ええ、決まってるでしょ。道也くんをどうやって殺すかについてよ』


 ドクン、と壊れるんじゃないかと思うくらい、俺の心臓が高鳴った。

 ……な、何を言ってるんだよ、ゆのねぇは。

 俺を殺すなんて、そんな事を言うような人じゃないだろ?

 みんなも止めてくれよ。変な姿してるけどさ、お前らはお前らのはずだろ?


『燃やしちゃおうかなーって私は。燃えてる道也、きっと綺麗だろうなぁ』

『あたしはぬいぐるみに。そうすれば……あたしを裏切らなくなるし』

『めんどくさい。てきとーに絞殺で。いや、毒殺の方が良いかな、楽だし』

『わ、わたしは手作りの料理をお腹いっぱい食べてもらえれば、それで良いかな』


 だけど、そんな俺の思いは怪物たちには関係がなかったようで。

 今日の夕飯は何にしようかという口ぶりで、俺をどうやって殺そうか談笑している。

 これが単なる化け物なら単なる恐怖で済んだ。しかし、怪物の姿はいつもは仲が良い彼女たちに似ていて、俺を殺そうとにこやかに会話している。


 ――不安と恐怖と理解不能から生まれた同様で正常な思考が奪われていき。

 そんな中で、脳裏に寝る前に見ていた、とあるブログの記事を思い出していた。



 “化け物が出るという悪夢”



 12時に寝る。目覚めると変な屋敷。知り合いに似た“怪物”。

 思い出していく度に、今の状況とこれ以上ないほど当てはまる。

 もはや否定する方が難しく思えた。この悪夢が、あの記事とは違うものだと。


「は、はは……。嘘だろ?」


 気づけば、体が震えだし始めていた。次に頬を抓った。痛かった。

 きっと、これは夢じゃないんだろう。夢だけど、夢じゃなかったんだ。

 捕まったら殺される。悪夢じゃない、悪夢なんかじゃ済まされなかった。


『よーし、殺しちゃうぞ~♪ それで笑顔にしてあげないと!』

『ええ。楽しみにしてるわ。私たちのことを見てくれるんだし』


 急に、ゆのねぇの顔がモニターの方を向いた。

 そうすると、照が、詩織が、鈴が、若菜が、次々に視線を向けてくる。

 まるで画面を越えて見えているかのように。ぎらぎらと、鈍い光を放つ眼を。


『へぇ……。私たちのこと、見てるんだ』

『監視カメラは部屋の到るところにあるし、どこからでも見ることができるわ』

『そうなんだ。でも、見てるだけじゃ嫌だろうし、迎えに行かなきゃ!』

『わ、わたしも……がんばります! その前にご馳走する料理を作らないと』

『めんどくさいなぁ。部屋でゲームでもしてよっと』

『ま、待って。まだぬいぐるみができてないから……ちょっと遅れるかも』

 

 これから怪物たちが来る。殺しに来てしまう。

 何もかも分からなくなった俺は、部屋から逃げ出していたのだった。

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