嵐の後の静けさ
「おーい、みんなー!」
会話を終えて戻ってきた俺と鈴を、他の3人は快く迎えてくれた。
「もぉー。遅いよ、道也―。この子と一緒にどこ行ってたのー?」
「いや、ちょっとな。まあ、鈴といろいろあったんだよ」
「実はゲームの話をしてたんだ。ほら、みんなの前で話す内容じゃないし」
「そうなんだ。まったく、道也の頭はゲームばっかだねぇ」
繰り広げられる何気ない会話。前までの違和感を覚えることはなかった。
良かった、さっきの空気じゃない。いつもの調理部、みんなの雰囲気だった。
「ご心配をおかけしました、道也先輩。鈴ちゃんもいろいろごめんね」
「……あ、ああ、まあ、若菜が良いんならそれで良いさ」
「言われずとも私も大丈夫だったよ。まあ、悪いのはなーちゃんじゃないし」
「そうだな。あと、ちーさん。保健室に行かなくて大丈夫か? 倒れたけどさ」
ちーさんに俺が聞いてみると、彼女は申し訳なさそうに首を振った。
「だ、大丈夫だよ。少し休んだら良くなったから。心配かけてゴメンね?」
「それなら、良いんだけど……気を付けろよ? 体調崩しやすい季節なんだから」
「ちーちゃん、可哀想に……。よりによって道也に倒れ掛かっちゃったなんて……」
「おうおうコラコラ。なに、俺に触れたことが悲劇みたいな扱いしてるんだよ」
「事実、じゃん?」
……うぐっ。こうして面と向かって、真顔で言われると心に来るな。
だけど、普段の照を見て。安心感の方が強く感じていたからダメージはない。
「フルーツサンドだけど。みんなで食べよっか。いっぱい作ってくれたし」
「そうだな。正直、俺1人じゃ食い切れるか心配な量だったし」
「うぅ……。ごめんなさいぃ」
こうして、ひと騒動起きたお昼休みの時間は、ひとまず終わりを告げた。
嵐の前の静けさような、どこか違和感が残る後味の悪さを俺に感じさせながら。
「ふぃー。疲れたー」
あれから時間は緩やかに過ぎて、今はちょうど帰りのHRを終えたところ。
普段以上に集中できなかった5、6時間目を終えた俺は見事に疲れ切っていた。
原因は言うまでもなく……アレだ。あんなにも険悪な照と若菜、見たことないから。
本当に、何が起きたんだよ。何度も繰り返される思考を、疲れきって上手く働かない頭を使って考える。そんな不毛なことを、俺は続けていた。
「道也ー! 今日も部活が出来ないみたいだし、一緒に帰ろうよー!」
そんな俺の思考を遮るかのように、教室の向こうから照の声が飛んできた。
なんだよ、照。そう言ってアイツを見るよりも前に……照が俺に飛びついてきた?
「お、おい。」
「ねぇー。どうなのさー!」
もはや、あの時の様子は少しも見せず。笑顔で俺の腕を引っ張り始める照。
半ば強引にも思えるほど強めに俺に迫る照に……俺は、申し訳なさそうに答えた。
「わりぃな。今日はちょっと1人でする用事があるんだよ」
本当なら、調子のおかしい照を気遣って一緒に帰るべき……とは考えた。
だけど、今日は。俺は“アオイ”という名を持つ少女と会わなきゃいけない。
悪夢は依然として俺にも、きっとほかの人にも続いている。1日でも早く終わらせないと俺の精神がどうにかなってしまいそうだし、……あの悪夢に囚われてしまい、また自殺する人も出てくるはず。
……昨日の、飛び降り自殺もそうだった。だから、悪夢の解決を優先させないといけない。
そんな思いを持った俺の答えに対し、照は見てわかるほど顔を曇らせていた。
なんだよ、珍しいな。普段なら「なら、ちーちゃんたちと帰ろうかな」とか、言い出すのに。
「ふーん、そうなんだ。道也、今日は何か用があるのかな?」
「まあ、ちょっと野暮用だ。そんな大したことじゃないぞ」
「大したことないのに秘密なんだ? 私に言えない用事って何かな?」
ず、ずいぶんグイグイ来るな。照に何が起きたんだ、何を気にしてるんだよ?
「か、買い物だよ! 照は俺の趣味に興味ないし、付き合わせるのも悪いし!」
話を何が何でも終わらせようと、語気を強めて俺が、そう言い放った瞬間、
「――買い物。例えば、詩織さんみたいな人と出かけたりとかするのかな?」
どこまでも静かで、鋭い、そんな言葉の刃が俺の心臓を貫いた。
体温が急激に下がる錯覚が俺を襲いかかり、全身が一挙に強張るのを感じた。正直、怖い。
「な、なんで……。そのことを知ってるんだよ。お前に話してないだろ」
「さあ、なんでだろうね。道也には秘密だよ。まあ、大したことないからさ」
「……何を考えているんだよ、お前。さっきといい、いつもと様子が変だぞ?」
「そんなことはどうでも良いよ。それより楽しんできてね。お買いもの、だよね」
困惑する俺は傍目に、照はそれだけ告げると無言で教室から出て行った。
……なんだろう、照がおかしい。アイツの行動の意味がわからない。
普段は、笑顔で能天気なのに。俺の幼馴染で、日常生活を共にする仲なのに。
何故だか今のアイツは。俺には届かない、存在も知れない場所に行ったかのような。
何が何だかわからないまま、そのまま1人で呆然としていたけれど。
何もわからない。何もできない以上は俺も俺で何かをすることはできない。
とりあえず、今は時間が解決すること、アイツらが何事もなく元に戻ることを祈るだけだった。
そうだ、変なことを考えるな。俺がやるべきはアオイと会うこと。そう意気込んで――思い出した。
「って、アイツは何処にいるんだ!?」
それは昨日のこと。そうだ、俺はアイツの居場所を知らないんだ。
というか聞かされてなかった。正直、悪夢とかの話で頭がいっぱいだったし。
「心当たりがある場所、探すしかねぇか」
……はぁ。ここ最近の俺の身の回り、気が滅入ってしまうことしか起きてないな。
1年分の不運を見に受けているようだぜ。今のことといい、悪夢といい、照たちといい――
「あら、道也くん。これから帰るのかしら?」
そして、そんな浮かない顔で正門を通った瞬間。ゆのねぇに俺は出会ったのだった。




