悪夢と絶望と希望と
目が覚めると、見たことがあった部屋が視界に入った。
薄暗い室内に、金属製のデスクに、机の上の物、無機質なモニター。
それを認識したと同時に――緊張と血の気が引いた感覚が、俺を襲った。
「うそ、だろ」
紛れもない、これは悪夢だ。最低最悪な、あの悪夢が。
どうして。ゲームをしていて、ガムもカフェインも摂っていて。
ぜんぜん眠気なんて感じていなかったのに、急に眠くなって、寝てしまった。
――もしかして12時になったら、強制的に眠らされてしまうのか?
じゃあ何をしようと無駄だったのか。どうにか寝ないようにしても。
逃れる手段は存在しない。毎日、毎日、殺される恐怖に晒され続けるのかよ。
「ははっ、嘘だろ。そんなことって」
心を侵食するような不安が、ジワリと確かに襲い掛かってきた。
――俺は、あと何回この悪夢を見なければならないんだ。
――俺は、あと何回みんなに殺されなければいけないんだ。
終わりが見えるなら頑張れる。逃れられるなら気持ちを回復できる。
だけど、この悪夢は……それがなかった。ないと気づかされてしまった。
それが意味すること、どれだけ恐ろしいことなのか、俺でも容易に理解できた。
悪夢を見たコメント主、自殺した女の子。何日目かはわからないけど。
今の俺には2人の気持ちが嫌というほど理解できた。不安と恐怖と、絶望。
こうして負の感情で心が張り裂けそうな時。唐突にモニターが点いた。
『ふ~ん、ふふふっ、ふっふ~ん♪ 今日も美味しいわね~』
不安定な俺を映す鏡のように、映像がブレ始めるモニター。
画面は3階の大部屋を映している。ゆのねぇがお茶菓子を頬張っていた。
ちっ、呑気な奴め。俺が苛立っていると、ふと彼女と視線が重なる。
すると向こうから見えないはずなのに、ゆのねぇがこれ見よがしに机を突いた。
つ、机に何かあるのか? 見てみると、無機質なデスクの上に紙があった。
何だろう、これ。薄暗いから見えない。もっと近づけて見てみないと……。
「これ……別館の地図かよ!?」
“別館見取り図”。紙には、そう書かれていた。
昨日は入れなかった、あの別館。用意されている、つまり入れるのか?
――それに、そういえば。ゆのねぇの屋敷に別館があったはずだ。
“道也くん。あの古い建物には入っちゃだめよ。危ないからね”
確か、老朽化が進んでるとかで俺たちは入らないように忠告されたけど。
子どもの頃は、そう忠告されると行きたいと思うみたいで、冒険と称して照と一緒に侵入して……ゆのねぇの家族に見つかって、怒られたっけ。
懐かしいけど、ここがゆのねぇの屋敷を模しているのは複雑な気分だ。
それに、思い返したら……“アオイ”に、このことを話してなかったな。
今度、会えたら教えてみよう。会えたら、だけど。今は生き延びるしかない。
『やっほー。ゆのねぇ、来たよー!』
『あらあら、照ちゃんに詩織ちゃん。照ちゃんは良いことあったみたいね~! ……でも、私のことは優乃先輩、でしょ』
『私にとっては、いつまでもゆのねぇだもの! へっへーん!』
『…………』
ああ、今日もアイツラが現れたのか。俺を捕まえるため、殺すために。
『若菜ちゃんも鈴ちゃんも良い感じね。道也くんのこと、好きだもんね?』
『は、はいっ! 今日はいつもより手間暇かけて作りたいかとっ!!』
『ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……』
だけど、彼女たちの言動が……昨日と比べて、ちょっと緩いような。
照や若菜は気分良いし、鈴もどこか落ち着いている。詩織はわからないか。
“現実世界と悪夢の人物は繋がっている。それは関係や感情にも左右されるわ”
“現実で憎まれることをすれば、それだけ行動が苛烈になる。逆もまた然りね”
もしかして、今日のアレ。やっぱり効果的だったのか!?
アオイを心の底から信じられなかったし、めちゃくちゃな俺の言動で逆効果なんじゃないかと思ってたけど……効果は出たみたいだな!
「よ、よし。そろそろ行こうか」
ほんの少しだけど、希望が見えてきたところで立ち上がる。
まだアイツラは大部屋で何やら話していた。部屋を出るならチャンスだ。
と、その前に……。部屋を出る時、もちろん電気は消した。
昨日は鈴から逃げ出せたものの、今度は逃げ切れるかわからないし。
だけど、ここや持ち出せるモニターの電力に気を付けないといけないのか。
映像から得られる情報は重要だ。だけど、電気の使用は限られる。
1つの場所に立てこもることを封じる若菜に、電力の消費を封じる鈴。こうして安定行動を潰す彼女たちが悪夢の難易度を加速させていた。
だけど、今回。2人は弱体化をしているはず。となると、どうなるのか。
まあ、やるしかないよな。今は、とにかく。
念のため通路を確認しつつ部屋を出る。別館に続く通路に向かった。
昨日は閉ざされていた、別館の扉。果たして開いてるのか不安だったけど。
……開いた。昨日は動かなかったドアノブが、簡単に回った。
ごくり、と生唾を飲む。変な汗と緊張感を覚えながら、足を踏み入れた。




