ツンデレ少女と学生デート!?
あれから時は過ぎて、もう放課後。
今日は調理部も電子研究部も休みだったから、暇な1日だ。
本来なら照と待ち合わせして一緒に帰る予定になんだけど……。
『ごめん! 用事あるから一緒に帰れない>< でも夕飯の買い物には行きたいから5時半に近所のスーパーに来れる?』
HRが終わると同時に、こんなLINEが照から来ていた。
……用事か。それなら仕方ないよな。
『りょーかい。買い物は付き合うよ』
よし、と。これで今日は1人で寂しく帰宅するのが確定した――
「ちょっと、良い?」
そんなことを思っていた俺の背後から声が飛んできた。
ちょっと驚いて振り返ると、そこには厳しい表情の詩織が居て。
“やっと誰かを信じられるようになったと思ったのにィィィっ!!!”
不意なことで警戒できず、またもや頭に焼き付いていた怪物の姿が甦った。
「うおっと!!?」
間抜けな声を出して後ろに数歩下がった。……び、びっくりした。
引き攣った顔をしているであろう俺。それを見ていた詩織は、美しくもただでさえ険しい表情を更に強めていた。
「何よ、菅原。怪物にでも出くわしたみたいな態度して」
「い、いや。わりぃ、わりぃ。ちょっと考え事しててさ」
「まあ、あたしもいきなりすぎたから。気にしないけど」
「んで、何かあったのか? 詩織から話しかけてくるの珍しいな」
聞いてみると、詩織の体がぴくんと強ばった。
それから数秒くらい経過して。恐る恐る詩織が口を開き初める。
「あ、あたしと」
「?」
「あたしと! つ、付き合ってくれない、かな……?」
「えっ」
「紛らわしかったよね……。ごめん」
「だ、大丈夫だぜ。誤解って誰にもあると思うし!」
顔を合わせず、平行に並んで俺たちはショッピングモールを歩いていた。
ここは俺たちが通う高校から数駅の場所にあるショッピングセンター。
規模はこの地域最大で、大抵は何でも揃っている。レストランやスポーツセンターに映画やカラオケなどの娯楽、もちろんショッピングだってある。
……そう。あの”付き合って”とは、交際してほしいという意味ではなく。
単純に、ぬいぐるみ制作に必要な材料の買い物に“付き合って”という意味だ。
ま、まあ、別に俺は分かってたし! 悔しくなんてないもんね! ぐすん。
「…………」
「…………」
とは言ったものの、やってること自体は完全に学生デート。
だからか、俺たちの間では、さっきから気まずい空気が流れている。
俺もコミュ障ってほどでないにしろ馴れない女子と話すには抵抗あるし、詩織もリア充とはいえそこまで積極的に話すタイプじゃないみたいだし。
ど、どうしよう。こういうのって男子からガツガツやっていくべきだよな。古事記にもそう書かれていそうだし!
「菅原はさ、ここに来ることってあるの?」
そんな状況の仲、先にこの重苦しい沈黙を破ったのは詩織だった。
「ああ、まあな。直樹と来るし、照とも来たりする」
「……ふぅん」
やけに含みのある反応をされてしまった。
照と来る、の部分で俺を見る視線が一層強くなった気がする。
もしかして俺の返答ってダメだったか? うーん、女子の会話は難しい。
「そういや、詩織が行きたい場所ってどこなんだ?」
「もうすぐ着くよ。この道をまっすぐ行ったら……ほら、ここ」
詩織が示した方向を見ると、それらしきものを見つけた。
……すっげぇ。なんだ、この小洒落たお店は!
野郎2人なんかじゃ行く機会なんて絶対になさそうな雰囲気があった。
物怖じする俺を気にせず、詩織はちょっと嬉しそうな表情で店に入っていく。
「詩織ちゃん、いらっしゃい!」
「あっ、どうも」
「そこの彼は、ああ、詩織ちゃんの話によく出る! 彼氏さんだったのね!」
「か、彼氏とかじゃないですから!」
しかも、どうやら詩織はこの店によく行ってるようで。
個人店とはいっても、この手の大型ショッピングセンターにいる店員さんに顔を覚えてもらえるなんて、めったになさそうだしな。
「布や糸……けっこう種類あるんだなぁ」
「うん。材料とかで表現できるものも違ってくるからね」
しかし、見渡す限りの布や糸、裁縫道具。
それらは眩しいくらいにオシャレで、色鮮やかで。
と、同時に。馬鹿な俺には何がなんやらさっぱりで頭がくらくらしたり。
気分を解消するために見上げると、ショーケースが見えた。その中には……手作りらしき犬と猫のぬいぐるみが飾られていた。
「「かわいい……」」
ほとんど無意識で出た俺の言葉。偶然にそれが詩織と重なった。
「あっ、いや……」
「ご、ごごご、ごめん。か、可愛かったから……つい」
「そ、そうだよな、可愛いからな。可愛いは正義だからな!」
「う、うん」
やっべぇ、気まずい。
気を取り直して、店内を再び眺めていく。
どうやらこのお店は布や糸、ぬいぐるみの他にも小物も売ってるらしい。
目に入ったのは樽の置物。カジュアル感のある良い物だ。……樽か。
「たーるっ♪」
「何言ってんの、菅原」
「なんでもありません」
しまった。すっかり直樹と一緒にいる時のノリが出てしまった。
俺がそんな恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていると、詩織が手際良く材料を手に取っていく。真剣な眼差しと端正な手付きでしていたそれは、ただの作業のはずなのに――美術館に飾られてる作品みたいな美しさがあって。
思わず、俺はじっと見つめていた。理由はわからないけど、とにかく。
「…………」
「……す、菅原。あ、あたしのこと……どうかしたの?」
そうしていた俺に、顔を真っ赤にしていた詩織が聞いてきた。
「あ、わ、わりぃ!! 見惚れててさ、なんか凄くて!」
それを取り繕うために出てきた言葉。
……しまった。見惚れててって、事実だけど気持ち悪いよな!?
「見、見惚れてって!!? ……ま、まあ、良いけど。それで、あたしはこれを買ってくるから適当に待っててくれる?」
「お、おいーっす」
……とにかく、そう言われたので店の出口で待つことに。
正直のところ、店員さんもお客さんも女性ばっかだからありがたかった。
慣れない空気に疲れを感じながらも待ってると、これまた良い感じの紙袋を持って詩織が俺のところに向かってきた。
「良い物、買えたか?」
「う、うん。これでサーバルのぬいぐるみが作れる、かな」
そういや、そうだったな。直樹め、ふざけやがって。
「あっ、そ、そうだな。ありがとう。期待してるぜ!」
「別に。まあ、待ってて。頑張って仕上げるから」
あのアホの冗談に付き合わせていたことに罪悪感を覚えた。
とりあえず俺たちは店を出る。しばらく歩いた後に詩織が口を開いた。
「んじゃ、このまま帰るのかな。今何時だっけ」
「時間は4時半過ぎか。帰るには、ちょっと早すぎるな」
「そ、そうだね。どうしよっか」
運が良いのか悪いのか、時間にはまだ余裕があった。
だけど、どうしようか。下手な暇つぶしじゃ消費できないほどの時間。かといって、映画館とかゲーセンとかに行くには中途半端だし。おまけに金ないし。
あっ、そういや。この先には確か、フードコートがあったような。
「フードコートでさ、何か食べないか?」
「う、うん。それで良いよ」
「じゃあ決まりだな」
こうして気軽に誘ったわけだけど。詩織と何を食べれば良いんだろうか?




