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とある男の悪夢

 暗く、どこまでも暗い部屋で、私は狭い箪笥の中に隠れていた。

 何故そんなにしてまで体を縮こまって隠れているのか。その理由は簡単だった。

 だって、ここは”悪夢”なのだから。部屋の外には化け物がいるのだから。

 私の知り合いを元にして、それを歪めた形で生み出された悪趣味極まりない化物。


 関係が倦怠になりつつある小煩い妻が、誰よりも愛している天真爛漫な我が子が。

 嫌味と小言を言うしか能のない会社の上司が、やる気のない無能で我儘な部下が。


 それらのすべてが、人とは思えないほどの不気味な姿と化している。


 ――そして、奴らに捕まれば、殺される。


 実際に前日の夜は捕まってしまった。娘のような形をした化物に。

 ノイズ混じり娘の声で、片目のない娘の顔で笑い、私をおもちゃのように“壊す”。

 そういった訳のわからない悪夢が5日も続いている。私の精神も限界に近づいていた。

 ……もうすぐ日が昇る。日が昇りさえすれば、悪夢は覚めるんだ。覚めてくれるんだ。

 悪意と狂気に満ちたこの夜は、ようやく終わりを告げる。思わず笑みが溢れていた。


『見つけたわ、あなた』


 そうやって、無様にも勝ち誇っていた時だった。

 聞き慣れたその声を歪めた何かが聞こえると、隠れていた箪笥の扉が開かれる。

 そこには……暗がりの中で薄っすらと、赤黒い中身を剥き出しにした妻が見えた。


 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。


 とっさに逃げようとする。でも、そうしたところで逃げ出せるはずもなかった。

 ここは狭い箪笥の中で、目の前には……化物が舌舐めずりをしているのだから。

 

「な、なんで、なんでこんなことするんだよ……!」

『だって、あなたを殺せば大切なカレと結ばれるんだから』


 妙な言葉を口走った化物の鉈が、躊躇いなく私の体を突き破る。

 勢いよく飛び出す血と、焼けるような痛みと、傷口から見えたのは自分の中身。

 学校の教科書でしか見たことのないそれが自分の赤黒い血で染まっている。

 くすんだピンクと灰色が混ざった色の何かが化物に引き抜かれて、床に落ちた瞬間。


 ――私の中で、弾け飛んだ。


「ぎゃ、ぎゃああ、あああああ」


 叫びにすらなっていない、掠れた私の声。

 痛みと恐怖の限界を超えたため目には涙が溢れてきた。

 みっともないそれに化物は楽しくなったようで、何度も鉈を突き刺してくる。

 想像を絶する激痛が繰り返されていくうちに、頭が真っ白に染まっていった。




「あああああぁぁぁぁぁっ!!! ……ああぁ?」


 目が覚めると自分の部屋だった。

 ……現実に戻ったらしい。だが、感覚は悪夢に支配されたままだった。

 あの妻が、恐怖が、激痛が、悪夢が、鮮明に思い出され始めて形を造っていく。


「おはよう、あなた」

「く、くくっ来るなぁぁぁっ!!!!」


 あいつ、あいつだ。化物だ!!

 殺される、殺される殺される殺される、早くしないと俺が殺される!!!

 来ないように枕を振って追い返そうとする。しかし、相手は動きを止めなかった。


「ど、どうしたのよ!?」


 そんな姿が、先ほどのバケモノと重なって恐怖が急加速していく。

 怖い、怖いよ、誰か助けて。何で私がこんな目に。どうすればいいんだ。

 消そうとしても消せない強大な感情が、私の脳を焼いて思考を奪ってくる。

 どうしよう、逃げる? 逃げられない。隠れる? 隠れられない。目の前に居る。

 ……殺す? ああ、それが良いな。そうだ、殺られる前に殺らないと。





 部屋の隅の、鈍く輝いたゴルフクラブが目に入ってきたのは、そんな時だった。

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