ー星と野良犬ー (その9)
(こういうところ、なんかに似てる。何だろ?何か、こう、小動物的なヤツ……あっ!ハムスターか⁉︎ )
オレは指の間に挟んだままのヒロの耳たぶをふにふにしながら考えた。
(アレもカワイイもんな。まぁ、アレよりコッチの方がダントツにカワイイけど)
「な、なにっ?」
「ハハ…耳、スゲー熱いぞ、ヒロ。ほら、オレのことも『アツ』って呼んでくんないの?」
「……な、名前で呼んだこと無い」
「ん?」
「ひ、人の事、名前で呼んだこと無いんだ……だから、そんなに簡単には、よ、呼べない」
「そっか。…それじゃあさ、二人の時だけは呼んでよ。それならどう?」
あんまりゴリ押ししたら『揶揄う』を通り越して『いじめる』になってしまいそうだったので、ほんの少しだけハードルを下げてみる。
その間に少し我を取り戻したのか、ヒロは熱くなったらしい頰を擦りながら言った。
「努力するってことでいい、かな?」
(うわ、めちゃくちゃ素直だな〜。あくまでも拒否するって選択肢はないんだ)
「…いいよ。まぁ、でもオレはこれからいつでも『ヒロ』って呼ぶけどね」
「久我一くんて……」
「ん?」
少し下からオレを見上げるようにしながらヒロが呟いた。
「結構、押しの強い人…?」
「う〜ん、どうかな〜。あ、でもオレ、基本、人は苦手な方だよ」
「そうなの?」
「うん。友達も少ないし、そもそも人間自体あんまり好きじゃないしね。今まで他人にもそんなに興味が無かったっていうか。…まぁ、だからヒロはオレにとっての初めての『例外』ってコトなんだけど」
「そう、なんだ…」
オレの言葉にヒロが敏感に反応した。
「そんな風には全然見えなかったな。教室でもすごく社交的に見えたし。それに久我一君の興味を引くようなモノが僕にあるとはあまり思えないんだけど…」
「そんなコト無いさ。いろいろ訊きたいこともあるし、話したいコトもあるよ。と、いうワケで、前置きが長くなったけど、とりあえず、本題ね。昨日のネコ」
「あ、うん!」
上気した頰のまま、途端に目を輝かせたヒロは、教室にいる時よりも少しだけ子供っぽく見える。
(たぶんーーコッチの方が本来の姿なんだろうなぁ)
今まで見ていたもの静かで無機質な印象のヒロと、いま目の前にいるヒロとのギャップを頭の中ですり合わせながら、オレは昨日預かった子猫の様子を話して聞かせた。
「良かった…すごく小さかったから心配してたんだ」
様子を聞いて、ヒロはホッとしたように息をついた。
「今のところはすごく元気だよ、あのチビ。ミルクもよく飲むし、よく寝るし。今朝もあんまりぐっすり寝てるんで、少し心配になったくらいだ」
少しおどけた口調でそう話すと、ヒロは楽しそうに笑った。
「子猫はよく眠るらしいよね」
オレに慣れてきたのか、親しげに話しかけてくるヒロの口調は、初めの頃よりだいぶ滑らかになっている。
「ネコ、好きなの?」
オレの問いにヒロは頷いた。
「うん。ネコ『も』、かな。動物はほとんど好きだ。イヌも好きだし、あと、馬とかゾウとかキリンとか」
「ゾウ⁉︎ キリン⁉︎ そりゃまたずいぶんと大物を出してくるね。要は、動物園好き、ってコトでオーケー?」
「うん。最近は忙しくて行ってないけど、昔は…というか小さい頃はよく行ってた。去年も、春先に一度行ったよ。動物園は今でも本当に好きだ。どれだけ見てても全然飽きない」
「へぇ」
動物園なんてーー最後に行ったのはいつだっただろう。
保育園?
小学生?
いや、もしかすると……
何故だか全然関係ないのに、ふいに教室の窓から見たトンビの姿を思い出した。
「動物園、ね……」