ー星と野良犬ー (その7)
「川上、ゴメンな。ハナシが途中になっちまって…」
この間、オレと高見とのやりとりをちょっと驚いたように見ていたヒロは、オレが話しかけるまで間に挟まれて、呆気にとられていたようだった。
予鈴の鳴る音でハッと我に返ったらしい。
オレを見ると気を取り直したように首を振った。
「あ、ううん、気にしないで。僕ならまた後で…」
「……昼」
「え?」
「昼、今日の昼休み、時間ある?」
「あ、うん。大丈夫だけど」
(よっしゃ!)
オレは心の中でガッツポーズを取った。
「それじゃあさ、昼メシ食べ終わったら第二校舎の外階段のトコに来てよ。あそこなら静かだし邪魔入んないと思うから。ーーそこで待ってる」
「分かった」
ヒロが頷いて席に戻って行くのと同時に、担任の永島が出席簿片手に入ってきた。
「うぉ〜ら、お前ら、早く席に着け〜。出欠とるぞ〜」
「うぃ〜っス」
教室のあちこちから朝とは思えない怠そうな声が上がり、ガタガタと椅子を引く音が鳴って、つかの間騒がしくなる。
オレも椅子を引いて席に着くと、隣の席の豊島がいつもより少しだけ声を落として話しかけてきた。
「意外だな、久我一」
「何が?」
「川上。そんなに仲良かったっけ?」
「えっ ⁉︎ あ〜〜、いや…まぁ……」
歯切れの悪い返事で答えると、豊島がリムレスのレンズ越しにオレをジッと見つめてきた。
(うわ、観察されてる……。コイツ、コレが怖いんだよな…)
豊島は同じ中学の出身だが、頭の出来はオレより数十倍上の賢いヤツで、この学校でも入学以来、テストで首位を誰にも譲ったことがないという恐ろしいヤツだ。
容姿もそこそこイケてるし、頭も良いのにあまり感情が表に出ないので、ウワサではめちゃめちゃI.Qが高いロボットだとか、実は宇宙人で人間じゃないとか言われているらしいが、そこは定かではない。
ただ、一つ分かっているのは、豊島光彦は『食えないヤツ』だ、というコトだ。
その証拠に、少しの間オレの顔を見ていた光彦は、何故か合点がいったように瞬きを一つすると、ほどなく口許に小さな笑みを浮かべた。
「…何だよ」
「いや、…まぁ、いい。ーー分かった。…だったら、四限が終わり次第、弁当持ってすぐ教室を出た方がいいな。高見が纏わりつかないうちに」
「へっ?…いま……なんて?」
オレの問いには答えず、一瞬、意味ありげな視線だけを寄越すと、光彦は前を向いて、何事も無かったかのように永島の話を聞き始めた。
(なんだよ、光彦。…もしかして色々バレてんのか ⁉︎ それともさっきのハナシ聞こえてたのか ⁉︎ つーか、相変わらず読めねーな、光彦!)
「オラ、授業始めるぞ!教科書ひらけ〜」
永島の声が教室に響く。
機械的に教科書を開いてヒロの背中と時計とを交互に見ると、オレは大きく溜め息をついた。
(授業、早く終わんねーかな……)
なまじっかヒロと会話をしたせいで、話してみたい事や訊いてみたい事が、あとからあとからアタマの中に浮かんでくる。
(早く昼休みになればいいのに)
授業そっちのけで窓の外を見ると、今日もイヤになるくらい空は晴れていた。