ー星と野良犬ー (その5)
(七時で『遅く』なった、か……)
思わず苦笑していると、オレの表情を見咎めたヒロが不思議そうに尋ねた。
「何?」
「いや……、お前、良いウチの子供なんだなぁ、って思ってさ」
「どういうこと?」
「なんでもない。…なぁ、あのさ、もし困ってんだったら、オレがそのチビ預かろうか?」
「えっ⁉︎ 」
気付いた時には、そう口走っていた。
「だって、お前んトコ、母ちゃんキビシイんだろ?そういうのって、多分すぐバレるぞ。鳴き声だって聞こえるだろうし」
ヒロの視線が胸元の子猫とオレを行き来する。
「だけど…そんな急に大丈夫なの?久我一くんの家、動物大丈夫?」
「あ〜〜、」
オレは返答に困ってアタマをガシガシと掻いた。
「オレん家、アパート」
「それじゃ、動物は……」
「でも、オレん家、母ちゃんと二人暮らしだし、仕事でほとんど居ないからな。オレの部屋にも滅多に入って来ないから、少しの間なら大丈夫だと思う。その間に親猫捜すなり、飼い主探すなりすればなんとかなるんじゃねーかな。オレはどっちでもいいんだけど……どうする?」
そこまでしてもらっていいのだろうか、と遠慮がちな上目遣いでヒロがオレを見た。
そもそも本当に無理なら、こんなコト、自分から云い出したりはしないんだけど。
(と、いうか、いつものオレなら絶対言わないんだけど…)
「……本当にいいの?」
「構わねーよ」
尋ねてきたヒロに頷くと、どことなく硬かった表情が一瞬にして柔らぎ、まるで花が開くみたいにパァッ、と明るい笑顔になった。
やはり、今まではどこか不安を感じて緊張していたんだろう。
学校でも一度も見たことが無かったその笑顔に、内心、
(うわっ、ナニソレ!その笑顔は反則じゃね?)
と、ツッコミを入れる。
その予想外の威力に内心焦りまくりながらも、まるで平静を装い、オレはヒロから子猫を受け取った。
それからオレとヒロは駅前のドラッグストアに行き、猫用のミルクを買った。
『せめて、ミルク代くらいは出させて欲しい』と、ヒロが律儀に食い下がったからだ。
別れ際、ヒロは子猫の頭を撫でながら、再度オレに向かって礼を云った。
「久我一くん、ありがとう。今日、あそこで久我一くんに会えて本当に良かったよ」
「どういたしまして。オレも、まぁ…良かったよ、川上と話せて。それじゃ、また明日、学校でな」
「うん。学校で」
踵を返して歩いていく後ろ姿を少しの間見送って一息つく。
ヒロとは反対方向へと歩き出しながら、オレは急転直下の成り行きに戸惑っている自分を感じていた。
(なんか、予想外に妙な流れになっちまったけど…)
関わらないつもりだった。
見ているだけのつもりだったクラスメートは、いざ言葉を交わすと予想以上に色々な意味で『予想外』だった。
とりあえず寝袋代わりに用意した弁当袋から顔を出している子猫の体温が、手に伝わってくる。
愛おしそうに頭を撫でていたヒロの姿を思い出しながら、オレは鞄とミルクを片手にアパートへと急いだ。