ー星と野良犬ー (その4)
「何、どしたの?」
「シッ、静かに。…………聞こえる?」
(?)
暫くの間、言われた通りに息をひそめて耳を澄ます。
唇の前に人差し指を立てて、真剣な表情でジッとしているヒロは、何だか微笑ましく、オレはついニヤけそうになるのを必死に堪えた。
「あ、ほら!聞こえた?」
「え?………………あっ!ネコ ‼︎ 」
「うん」
暗くなり始めて人気も無くなった公園に、弱々しい鳴き声が響く。
ヒロはオレを手招きすると、ベンチの前にしゃがみ込んで下を覗いた。
「…子猫が居るみたいなんだ、このベンチの後ろの植え込みの中に。声からすると、まだすごく小さいと思うんだけど、親猫とはぐれちゃったらしくて。さっきから捜してるんだけど、だんだん暗くなって来たし、鳴き声は小さくなってくるし…。僕、視力が良くないから、見つけられなくて」
「え?お前、目ぇ悪いの?」
「うん。裸眼だとかなり近くまで寄らないと見えない、かな」
(なんだ、そうか…)
「分かった。ちょっと待ってろ」
オレは持っていた鞄をベンチに置いて、ソッと植え込みに近付いた。
少しの間、静かにしていると、やがてベンチの真後ろ、ちょうど植え込みの真ん中辺りで、小さくか細い声が聞こえる。
(この辺りか……手ぇ、届くといいけど)
植え込みはさつきのような植物のようで幅があり、細かい枝が密集していて手が入りづらかった。
分け入ることも出来ないので、勘を頼りに手を突っ込むと、オレは指先の感覚を頼りに奥の方を探った。
ガサガサと音を立てながら、捜すこと数十秒ーー。
やがて指先に柔らかくて温かいものが触り、本能からだろう、逃げようと手足を激しく動かし始めたのでそれが子猫だと分かった。
オレは細かい枝に傷付かないよう子猫を両手で包むと、植え込みからゆっくりと手を引き抜いた。
「居たぞ!なんか結構、元気なのが」
子猫を潰さないように気をつけながら、ヒロの所まで持っていく。
そうっと手を開くと、頭に少しだけ黒い模様の入った白猫が小さく震えていた。
「…うわ、小さい……」
手の中の子猫はまだ生まれてそれほど経ってないように見えた。
「…小さいな。つーか、コレの親は近くに居るんかな」
大切なものでも扱うように、オレの手から猫を受け取って撫でていたヒロは、オレの言葉に小さく首を振った。
「それらしい猫を捜したんだけど、見てないんだ。こんなに小さいなら、すごく遠くから来たワケじゃないと思うんだけど…」
「あ〜、まぁ、そうだよな。ってことは今日はソイツ、連れて帰るのか?」
オレの言葉にヒロの表情が曇った。
「そう…だね。このままここに置いて行ったら、危ないし……。この公園、結構カラスが多いから、見つかったらエサになっちゃうだろうし。問題はどうやって家の中に入れるかだけど……仕方ない、何とかするしかないよ」
(ん?)
最後の言葉が引っかかって、オレは思わず口を開いた。
「ちょっと待て。お前ん家、ネコ駄目なの?」
「あ〜、うん。ネコだけじゃなくて、ウチ、動物は駄目なんだ。母さんが大の動物嫌いで」
(それでどうやって誤魔化そうとしてたんだ?動物嫌いならすぐバレるだろ)
オレの心の声を読み取ったように、困った顔でヒロは笑った。
いや、実際にはオレの顔に出ちゃってた気持ちを読み取ったんだろうけど。
「…なんか、ゴメンね。久我一くんにも手間を取らせて。今日はほんとに助かったよ。どうもありがとう」
「いや、別にたいしたことしたワケじゃねーし…」
改めて礼を云われて急に気恥ずかしさを覚え、オレは無造作にアタマを掻いた。
「かなり遅くなっちゃったな。もう帰らないと」
ヒロが公園の時計を見上げる。
時刻は七時を少し過ぎていた。