ー星と野良犬ー (その3)
息苦しさを感じていた灰色の日常の、その鬱屈としていた世界に色を与えてくれたのは、紛れもなくヒロだった。
話しかけて仲良くなるというベタな選択肢はあったけれど、暫くの間、オレは話しかけるどころか、ヒロに近寄ることさえしなかった。
多分、何かを話しかけたり共有したりするには、余りにもタイプが違いすぎるような気がしていたからだろう。
初めに感じた言葉に出来ない『何か』が、距離を縮めることで無くなるような気がして、それがイヤだったのかもしれない。
それに、かたや若干の人見知り感はあるものの、学年でも5本の指に入る優等生と、教師に名前を呼ばれる時はだいたい職員室への呼び出し、もしくはお説教にほぼ間違いないオレと。
生まれて呼吸してきた時間の長さは殆ど変わらなくても、基本的な隔たりがあるのは一目瞭然でーーだからこそ、オレは最初からそれを飛び越えるつもりはさらさら無かった。
ヒロはオレにとって知れば知るほど手を伸ばしても届かない、彼方に光る星のようなものだったのだ。
ーーそう、あの日までは。
けれどそれから暫くした或る日の夕方、突然「ソレ」はやって来た。
通学路の途中にある公園のベンチでオレは偶然ヒロを見かけた。
(何やってんだ、アイツ…?)
日も暮れかけて薄暗くなり始める中、ベンチの下を覗き込んだり、その周りをウロウロしたり、明らかに行動がおかしい。
その時のヒロの挙動があまりに怪しかったので、素知らぬふりして通り過ぎる予定のハズが、つい、足を止めてしまった。
ついでに掛けるつもりもなかった言葉が、思わずさらり、と口をついて出る。
「何やってんの、川上?そんなトコでさ」
「……………… え?」
植え込み越しにオレを見たヒロの表情を見て、オレは『しまった!』と思った。
毎日毎日見てるから、コッチは心理的な距離が縮まっているけれど、よくよく考えれば、直接言葉を交わしたことなど殆ど無い。
よもや、オレを同じクラスの者だと認識していない、なんてことは無いだろうが、それにしても普段まったく話したことの無いヤツから突然声を掛けられたりしたら、冷静に考えて警戒心が働くに違いない。
ーー論より証拠。
コッチを見るヒロの眉間には、微かに縦じわが寄り、それがクセなのか、微かに小首を傾げていた。
(あ〜〜、コレ、『アレ』だ。『コイツ、誰だ』的なヤツだ。あ〜、チクショウ!失敗した!……声掛けるんじゃなかった。オレのバカバカバカ ‼︎ )
後悔先に立たず、とは良く云ったものだ。
相変わらずコッチを窺うように見ているヒロの視線を避けるようにそっぽを向きながら、
「……あ〜〜、いや…えっ、と……その、何でもねぇから。……じゃ…」
と、その場を離れようとすると
「…………久我一、くん…?」
と、微かな声が聞こえた。
「へっ ⁉︎ 」
行きかけた足を止めて振り返る。
同じように立ち上がっていたヒロは、何故か植え込みとベンチとオレを順番に見ると、少し困ったような笑みを浮かべながら云った。
「ゴメン……今、時間あるなら、ちょっと手伝ってもらえない…かな?」
ーー手伝う?
唐突なお願いに驚きながらも勢いをつけて植え込みを跳び越えると、ヒロは側に立ったオレを少しビックリしたように見た。
(あ、やっぱ、オレよりちょっとだけ背が低い)
ほんの僅か下からオレを見ているヒロの顔は、地味だけど思っていたよりずっと整った顔立ちをしていて、近くで見ると髪だけでなく瞳も真っ黒だった。
シュッとした切れ長の一重なのに冷たい感じがしないのは、意外に潤んでいる瞳がつぶらな感じで宝石みたいに見えるせいだ。
「えっ、と…久我一くん、目は良い方?」
「え?目?」
自分でも知らぬうちにどうやらヒロの顔をガン見していたらしい。
気後れしたようなヒロに声を掛けられてハッと我に帰った。
「あぁ、視力?良いよ。両方1.5 」
「良かった…」
オレの返事にヒロはホッとしたように息をついた。