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終わりない夜を歩いて  作者: 篠井秋生
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ー 星と野良犬 ー (その2)

いつも大人しく、頭が良くてゲーム好き、おまけに人一倍繊細なヒロは、普段からあまり人と交わらず、休み時間には教室の隅で静かに本を読んでいるようなヤツだった。


高校二年のクラス替えで初めて同じクラスになった時も、初めは全然接点が無くて、話すことも無いまま一ヶ月が過ぎようとしていた。


その頃、ヒロの席は窓際で、授業に退屈していたオレは一番後ろの席からよく教室の様子を眺めていた。


退屈な日常。

退屈な毎日。


だけど永遠に続くかと思うようなんだ日々にも、変化はある日突然やってくる。



その日もいつもと変わらなかった。


授業中に教室の様子を伺っていたオレは、ふと、窓から差し込む午後の陽射しに誘われるように窓の外をながめた。


空は雲一つない晴天で、授業中とはいえ、こんな日に室内に篭っているなんてひどくバカらしく、時間を無駄にしているような気がする。


ちょうど近くの山にいるヤツだろう。


トンビが一羽、空の上空をのどかに鳴きながら飛んでいて、オレは見るともなくそれを眺めながら溜め息をついた。


(あ〜あ、トンビはいいよな。数学出来なくても国語出来なくても怒られんし、生きていくには関係ないし)


黒板に板書していた教師が、窓際の一番前の席の生徒に教科書を読むように云った。


(あ〜あ、こんないい天気なのに。早く授業終わんねーかな。早く……)


ーー早くこの町を出ていきたい。


(………っと!)


いつもは考えないようにしている感情をうっかり思い出しそうになって、オレは小さく頭を振ると視線を外に戻そうとした。


そして、ふと気付く。


(ん?アイツ…あの窓際のヤツ……アイツもオレと同じもん、見てんの…か?)


それがヒロだった。


すぐ前のヤツが立ち上がって朗読してるというのに、開いた教科書に視線も向けず、ヒロは窓の外を眺めていた。


視線の先には上空を優雅に旋回するトンビ。


光線の加減だろう。


オレの視線は輝やくヒロの、真っ黒な髪に吸い寄せられるように止まった。


その時どうしてそんな風に感じたのか、今でもよく分からない。


けれどその瞬間、陽射しに輝くその髪を何故だかひどく綺麗だ、と思った。



(へぇ……アイツの髪、スゲェ綺麗じゃん……アイツ、なまえ……名前何て云ったっけ?)


「次、川上。読んでみろ」


「はい」


(あ〜、そうだ !『川上』‼︎ 『川上』だ。川上……え〜っと、下の名前は何ていうんだろ?)


椅子から立ち上がった真っ直ぐな背中を眺めながら、オレはその時初めて、ヒロの姿をちゃんと見た気がした。


退屈な日常に舞い降りた、些細な変化。

名前もよく知らない、クラスメート。


(なぁ、いま教科書読んでるヤツ、名前何て言うんだっけ?)


唐突な質問をされた隣のヤツは、怪訝な表情でオレを見た。


(……は?あぁ…川上のこと?)


(そ。川上。…アイツの下の名前って何?)


(え?あ〜、確か…ヒロ……ヒロアキ?)


(ふぅん…)


ーーヒロアキ。



それからというもの、オレは何かにつけて、ヒロを観察するようになった。


授業中はもとより、休み時間や食事時しょくじどき、はたまた放課後の図書室にも、何度か素知らぬ振りをして付いていった。


そうなると不思議なものだ。


それまでも視界には入ってたはずなのに、今までは気に留めていなかったからだろう。

よく見るようになると立て続けに色々な発見があって、それはそれで新鮮な驚きの連続だった。


例えば普段はかけていないのに、授業の間だけメガネをかけたりすること、とか。


図書室に良く行くから、休み時間に読んでいる本は雰囲気からいって絶対にお堅い小説だろうと思いきや、以外にゲームに関するライトなものだったりすること、とか。


毎日、昼には一人で弁当を食べるけど、一番最後に食べるのは必ず決まって卵焼きだったりすること、とか。


一つ一つはほんのささいな事柄だったが、そんな他愛もない発見をするたびに、オレの中のヒロのファイルはどんどんページを増していった。


そしてますます知りたいという欲求に拍車がかかる。


自分以外の人間にこんなに関心を持ったのは、多分、生まれて初めてだった。


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