天道乱世の道程
「茂姫か? こちら天道だ。すまないが、聖徒会室まで救援を向かわせてくれ」
聖徒会室を出たところで通信を入れる。
「いや……俺や勇じゃないが、負傷者が居る。しばらくは大丈夫だと思うが……。ああ、すまない。頼むぞ」
通信を終え、先を急ぐ。
(勇……!)
確かに――。
俺は欺瞞をしていたのだと思う。
いや……正直に言えば、欺瞞をしている自分には、あの女に言われるまでもなく、気づいていた。
気づきながら何れは勇にも気づかれるとは知りつつ……それを伝えることを避けていた。
(それが……俺の弱さ、だ。新たに生まれ出た……)
昔の――。
以前の俺であれば、躊躇うこともなく勇に真相を伝えたのだろう。
いずれ苦しむ事柄ならば、それは早いほうが本人がそれを飲み込み立ち直る時間を取ることができる、と。
それは……恐らく、正しい。
勇を傷つけまい――。
その想いも、嘘ではない。
ないが――。
それ以上に俺はまず、自分の傷つくことを恐れた。
勇にそれを話し彼女の傷つくところを見れば、自分はさらに弱くなるのだろうと……。
それをまず畏れた。
(エゴ、だな……)
知らず……口の中で舌打ちが響く。
こうして自分に腹が立つ、などということだって……全ては勇にもらったものだ。
彼女が俺に『心』というものをくれたということだ。
(だから俺は――)
探さねばならない。
俺の……真実、俺の一部である彼女のことを。
俺が彼女の一部であれば、そう思うことだって不遜ではあるまい……。
※ ※ ※
「お? 天道……!?」
フロアを降りたところで先に我道に追いついた。
1階には既にブラッドや鳥喰ら、後発の部隊が突入しており……彼らは勇の姿を見ていないと言っていた。
「我道……勇を見なかったか?」
「嬢ちゃんか? いや……まさか、逸れたのか?」
「あ、ああ……」
「そりゃあ……失態だぜ、天道」
「そ、そうだな……。そうだ。それは……確かに」
「……………………」
「情けないことだとは……自分でも思うさ」
「いや……そうじゃねぇ」
「……?」
「フッ……。悪くねぇんじゃねぇか? そういう……狼狽するお前ってのも」
「茶化して……くれるなよ」
「違うってよ。お前は……それでいいんだ」
「どこが……!」
「いいんだよ。いや……俺が決め打つのもおかしな話だが……少なくとも、傍から見てれば、悪くねぇ」
「我道……?」
「執着が無いほうが……余分なものを持ってないほうが、そりゃあ強さ、ってヤツには近道なんだろうが……それは、それだけのことだぜ。ただ強えぇ、それだけのことだ」
「……………………」
「守るもの……か。多少はそういうほうがあったほうが……強い弱いは別として、とりあえず人生は楽しめる。人間としちゃ、ナンボかマシな生き方だ。少なくとも俺はそう思う」
「……ああ」
人間としては――か。
「嬢ちゃんには……なんらか秘密があるんだろ? 察するに本人も知らねぇようだが……」
「……そこまで察されては、隠しても意味はないな」
「まぁ……漠然と判った程度だがな。なにがどう……ってのは知らんさ。俺にはな」
「我道……」
俺は勇のことに関して口を開こうとするが――。
「おっと。聞こうとは思わねぇよ。それは……お前と嬢ちゃんの事情だろ?」
「それは……」
「そういうのは、できる限りは二人だけで共有しとけよ。他人に話せば……キモチの純度が減るぜ」
「………………」
「もっとも……お前が話してぇなら、別だ。それはそれで……楽にはなるからな?」
「…………!」
そう、か――。
俺は我道に勇のことを話すことで単に自分の負担、などというものを減らそうとしていたのか……。
「……どうだ?」
「……参ったな」
「降参かい? それも……お前の口からは初めて聞いたな?」
「ふ……。そうだな、ここで話すのは、やめておこう」
「いいのか?」
「ああ……そこまで弱くはなりたくないな。今は……」
「今は、か」
「ああ。今は、だ」
俺と我道は……どちらともなく、拳を小さく打ち合わせ、笑んだ。
「さて、と……それじゃ、はぐれちまったお姫様をまずは――」
「いや――」
俺は……こちらに向けて走ってくる足音を聞いた。
「……そうそう、すんなりと気持ちいい展開にはさせてくれないワケだな」
我道も気づく。
「……ああ」
足音から見ても、勇のものではない。
いや、これは――。
「…………ッ!?」
「頼成かッ……!」
鉢合わせをして、面食らったのは頼成も同じ――。
いや、頼成は何かを焦っているようで、俺と我道に気づくことすらもできていなかった。
臨戦態勢を整えたのはこちらが先だ。
「へっ……! すげぇな。待ってるだけでいきなり大物か? 童謡か昔話かなんかみてぇだな?」
「て、てめぇら……!」
頼成も状況を即座に理解し、構えを取るが……。
「なんだい、大将。お前ぇにとってもラスボス戦ってヤツだろ? 集中しろよ」
「う、うるせぇっ!」
頼成は……やはり何か焦っているようだ。
こうして俺たちと対峙していても……どこか心ここにあらずという感がある。
「つれねぇな、大将。役者不足ってなぁ、言わせねぇぜ」
「くっ……! いいだろう、適当に……あしらってやる」
「ちっ……。舐めやがって……」
俺も我道と共に頼成に仕掛けようとするが――。
「天道。お前は……嬢ちゃんを探しに行けよ」
「しかし……!」
「お前まで俺を舐めんな。お前にゃ……嬢ちゃんのほかに、鳳凰院の事だの何だの、やることも詰まってんだろ?」
「我道……」
「ちっ、結局……『ここは俺に任せて先に行け』パターンかよ。この男闘呼組の帝王が……たまんねぇなァ、オイ」
「……すまない……」
「へへ……。いいから行けよ。俺はな……むしろ、見せ場のボス戦をお前から奪っちまおうってはハラなんだ」
「ああ。だが……礼は言う」
俺はそのまま……頼成を我道に任せ、勇を探すために走り出す。
※ ※ ※
「へへ……悪かねぇ。こんな展開も悪かぁ……ねぇやな?」
「我道、てめぇ……! この俺を……虚仮にするか……!」
「……虚仮だぁあ? 格下が言う言葉じゃあ無ぇよなぁ、それは」
「なんだと……!」
「いま、天道に言ってやったのは、あくまで恩着せの体裁よ。俺はな……頼成。せっかくだからちょいと躾けてやろうってんだよ。帝王自ら……ラスボス気取りの三下を、よ」
「くっ……!」
「へへ……。さぁ、来な……!」