伝わる、イシ
戦端は俺たちが先行して突入してすぐに開かれた。
当然ながら、やはり頼成側も万端の準備を整えていた。
例の黒服部隊も無尽蔵ではないうえ、昨日の戦闘でそれなりに数を減らしてもいるはずだ。
しかしその上で、広大な中央校舎の敷地の中、俺たちが突入してくると思しき地点に、こうも的確に多数を配置してこれるという……。
それは戦術、戦略的な予想の手腕などではなく……頼成の『勘』に依るもの。
一流の闘士として闘士を理解した上での、時に理さえも上回る感覚。
やはり頼成も、部下の数頼みの大将などではない。
※ ※ ※
非常口から突入した廊下内で、既に数十の黒服部隊との交戦を経ていた。
「ちぃっ……!」
確かに躱した筈と思っていたその打撃が、僅かに掠めていたと判ったのは、痛みとして伝達された後だった。
「………………」
当然、敵はその隙を逃さず、機械的に追い討ちを加えてこようとするが――。
「乱世さんッ!」
(そのまま――)(体勢を崩すまま――)(下に――伏せてッ!)
勇の声と、その一言に圧縮された意図が鼓膜に届くよりも早くに脳に電気的なパルスにも近しく響く。
「……!」
俺もまた、その『パルス』を頭で理解するが前に、反射としてそれに従う。
簡単なこと――。
それはひどく簡単なこと――。
「…………ッ!?」
致命打であるはずもないのにも関わらず、目の前で俺が何の抵抗もなく伏した事に、黒服の判断が追いつかず、一瞬硬直する。
「せいやぁっ!」
その判断の隙間であれば、ちょうど俺の伏した背後からそれこそ唐突に現れたように見えたろう。
ブン――!
勇が俺に向けられた拳を一流の魔術のように絡め、そのまま頭上で敵を正確に、まる2回転、宙に舞わせた。
「………………!」
その勢いで回されれば、どんなに平衡感覚に優れたものであろうとも、確実にバランスというものを失う。
「乱世さんッ!」
(いまッ!)
再び伝達のされる勇の意志――。
「応ッ!」
俺は矢張り、その声に素直なまま従う。
それは最早、伝達から了解、行動という経緯を経てすらもいない。
それが成されるということは、最早『決定』された『結果』であるのみ。
ガッ――!
「………………!!」
真下から無防備な背中へ蹴り上げる一撃。
致命となり得る背骨への一撃はかろうじて避けたが、確実にいくつかの骨を粉砕する感触――。
いや――。
避けた、ではなく、避けさせられた、か。
これもまた、『結果』。
俺はその『結果』に安堵のようなものを持ったろう。
とまれ、敵はその一撃で意識を失い、力なく床に伏した。
「…………ふぅ」
自動的なまでに、口から息が漏れた。
ここまでが一呼吸か。
俺の肺が休息に酸素を求め、呼吸を急く。目の毛細血管が悲鳴をあげ、視界がいくらか暗く感ぜられた。
「乱世さん……大丈夫ですか?」
勇が俺に手を差し伸べる。
「……ああ」
俺はその手を取り、ようやく立ち上がりつつ、失神したまま半ば俺の上に覆いかぶさるようにしていた敵を押しのける。
「すまない、助かった」
「い、いえ……」
俺に言われ、はにかむ勇の表情は、あくまで素直だ。
「……すげぇコンビネーションだな、お前らは」
我道が倒した敵の体を廊下の脇に捨てやりながら、呆れたような声をする。
「なにも特別なことじゃない」
「そ、そうです。乱世さんのほうが上手く動いてくれただけで、わたしは……」
「ふん?」
我道は小さく首をかしげ……。
「そうは……見えなかったがな?」
「え?」
その言いようは、皮肉でもなければ、感嘆の一部でもない。
「……難しいことじゃ、ない」
念を押すような言いようになったことに、自ずから気づく。
どうも……昨夜の牙鳴遥との一件以来、俺自身も過敏になっているのだ。
「俺と勇は、一心同体、だ」
つい、そんなことを口にしたのは……高揚から来るものだけではないのだろう。
「ら、乱世さんってば……!」
だから……照れたように頬を赤らめる勇を見れば、些かの胸の痛みもないではないが……。
「簡単、かい?」
「難しくは、ない」
そう、だ。
難しくはない。
俺はただ……抗わなければいい。
それが勇の本来の能力であるのだから。
難しいことでは……ない。
しかし――。
(勇の能力が、こうも極端なまでに成りはじめているのは……)
「乱世さん……?」
(どうしました……?)(顔色が、悪い……ですよ)(いまので、もしかしてどこか怪我を……?)
心配そうな顔をして、勇が俺に言葉を――。
言葉の持つ『そのもの意図』を圧縮して投げかけてくる。
「……いや。たいしたことはない」
「そう……?」
(よかった)
「でも……」
(危なそうだったら言ってくださいよ?)(一心同体……なんですから……)(え、えへへ……)
「ああ、判っている……」
勇が素直な気持ちであればあるほど……。
その言葉は更に多くの『意図』を圧縮させてくる。
おそらく、勇自身にすれば、何処までを口にした言葉であるか区別も付きにくくなっているかもしれない。
「おうおう、妬けるねぇ?」
「や、やだもう……!」
(我道さんってば……!)(からかわないでくださいよぅ)
「いやぁ、からかってるつもりはねえがな」
(…………!)
既に我道――俺以外の人間にも『圧縮した意志』が伝わっているのか。
我道自身も、そのこと――まるでテレパシーのような異常な状況にに気づいてさえいない。
いや……気づくことはできないのか。
「……どうした? 天道。やっぱりお前……いくらか顔色が悪いぜ?」
「い、いや……」
「まぁ……当然って言や、当然だがな。こう連戦じゃ……キリがねぇ」
「……そうだな」
急がねばならないかもしれない。
俺は、その……我道の言葉に乗ることにした。
「この先が聖徒会室だな」
「ああ。順当に行けば……そこに頼成が控えてるってぇのが妥当だが……」
「そう簡単には、いかないですよね?」
「だな。あいつはアホだが、馬鹿じゃねぇ」
まだ、真島率いる主力部隊や、男闘呼組・パンクラスの陽動撹乱部隊も動いてはいないが……。
頼成もとっくに俺たちが突入したことには気づいている。
ならば、そんな無防備なところで待ち構えている筈もないだろう。
そもそも敵の御大将が控えるにしては、抵抗は薄すぎる。
おそらくは……。
「地下、か」
「ああ、厄介だな」
学園の地下は、特殊な状況――。
例えばクーデターの決起などをも想定し、それなりの対処ができる設備が整えられていると聞く。
その構造は、一般の生徒には情報として開示されていない。
頼成が学園をある程度掌握していれば、そういった施設を利用しないということは考えられない。
「ちっ……! こういう時のために、あの副会長が居るんじゃねぇのかよ……」
そうだ。
その……牙鳴遥の動向も気がかりなところでもある。
あるが……。
「我道、先に……地下に切り込んでくれるか?」
「ああ?」
「俺と勇は……念のため、聖徒会室を経由してから回る」
「おまえ、まさか……本当に俺まで露払いにしようって思ってねぇよな?」
「まさか。あくまで確認の為だけだ」
「お前の真顔はこういうときに一番、信用できねぇんだよなぁ……」
「ふむ」
「それに……」
我道は、一瞬だけ、勇に視線を配った。
それは先にもあった疑念か……それとも、勇自身に対する純粋な気遣いか。
(……後者、かもな……)
我道はそういう男だ。
口にして言うつもりはないが……俺は、我道のそういう部分を好いてもいる。
「正直なところを言おう」
「……へぇ?」
「俺は頼成などに、正直……興味はない」
「乱世さん……」
「……鳳凰院、か」
「ああ。こうして共に戦ってもらっている以上……不義理な言い方だと思うが……」
「いや。それは……判らんでもねぇ。いや……というよりまぁ……当然っちゃ当然か」
「……………………」
「お前にとっちゃ、頼成すらも、前座か……。ちっ、どっちこっち俺を露払いにする前提だったんじゃねぇか」
我道は苦笑し、俺を小さく小突いた。
「悪い、な……」
「いいよ。してやるさ。ただし……」
「ああ、判ってる」
「そうか」
我道は、ニッ、と口をゆがめて笑った。
この笑みとて……嫌いじゃない。
「じゃあ、お言葉に甘えて、先にいくぜ」
我道はすぐさま、学園地下への階段に向けて走った。
「あ……我道さんっ! 気をつけて!」
「おう! 嬢ちゃんもな」
そのまま、通路の向こうに消える。
「………………」
「あの……乱世さん?」
「どうした?」
「さっきの我道さんとの話……。ただし、とか……判ってるとかって……?」
勇はきょとんとした顔を向ける。
自分の意志は言葉にしなくても伝えられるが……他人の意志を読めるというわけではない。
「ああ……。簡単なことだ。それは俺だけでなく勇も同じだろう?」
「え?」
「椿芽を……俺らの知っている元の椿芽を必ず取り戻してこいと、そういうことだ」
「ああ……!」
俺は勇にもう一度笑みを返し……先を急ぐ。