朝の静寂と、予感
早朝――。
俺たちは予定どおり、頼成の居る中央校舎を見下ろせる地点に位置取りをした。
俺と勇、そして我道、真島……そして彼らの配下の精鋭PG生徒、数十名。
男闘呼組のブラッド、ジャド。そしてパンクラスの鳥喰らは俺たちの突入と同時に別方向から侵攻を開始する。
俺たちのグループに我道や真島といった主要メンバーを固めているのは、数に悖る以上は(撹乱はしつつも)一点突破の作戦を取らざるをえない苦肉の策でもある。
「……………………」
双眼鏡でざっと見える範囲で校舎の様子を伺う。
カレンダー的にも日曜日にあたり、教職員や一般生徒の姿は見えない。
もちろん、事前に茂姫を始めとする新聞部の諜報部隊が学園新聞だけではなく様々なメディアを用いて不要な登校をしないよう呼びかけている。
もっとも、前日に近隣の主要学園市街地、購買街などで発生した俺達と頼成側との大規模偶発戦があった以上、大抵の生徒は警戒して寮からは出まいとするだろうが……。
「こちらは予定通りに配置した。他はどうだ?」
『一部、指揮系統に問題ありもき。でも作戦開始にはゼンゼン支障ないレベルもきー』
耳に装着した通信機から、茂姫の声が返って来る。
ふと……皿騒動や嶽炎祭の時のことが記憶に蘇る。
あれがずっと昔にすら思えるのは、俺に芽生えたセンチメンタルのようなものだろうか。
「勇……」
「はい、大丈夫……!」
返事を返してくる勇は、然して長い休息ではなかったにもかかわらず、気力と体力は十二分に取り戻してくれているように見えた。
「よし……」
俺はその時に、はたと気づいて周囲を見回した。
「我道……牙鳴遥の姿が見えないが……?」
「ああ。あいつは適当にやってるんだろうよ」
「適当にとは……?」
「目的が同じな以上、共に行動はするが、作戦の駒にはならない。それがハナっからのスタンスだったからな」
「……………………」
目的が学園か姉の奪還であれば、戦端が開かれるまでは共に行動をするのが合理的だ。
いずれ単独行動をするにしても、この時点で単独先行するほど……無策な女でもあるまい。
まさか――
「真島、すまないが……俺と勇は予定よりも先行させてくれ」
「なに?」
真島の表情には露骨に嫌そうな色が浮かぶ。
この段階においては、ただ足並みを崩すと宣言しているようなものなのだから……当然だ。
「乱世……」
興猫も心配そうな表情を向けてくる。
「いや……作戦の邪魔はしない。ただ……」
「乱世さん……?」
「嫌な……予感が、する」
「天道……」
真島は僅かに考えるような間をとったが……
「……詰まるところは、俺たちを露払いにするって言うんだな?」
「そうは言わない。言わないが……」
「いいよ、正直に言え。してやるさ」
「……すまない」
「物分りのいいこったな?」
「ただし……我道、お前も同行しろ」
「……は?」
「悪いが……そうしてもらわなくては困る。頼成は阿呆だが甘く見られるタイプではないからな」
「ちっ……」
我道は舌打ちをするが……真島の意図、ことに隠れた意図を察していないわけでもない。
「……すまんな、我道……」
「うるせぇ。殊勝にすんな、嘘くせぇ」
「ふ……そうだな」
「乱世さん……もしかして……?」
「ああ。椿芽の動向が、な」
「やっぱり……!それなら……わたしも異論はないです」
「そう、気負うな。あくまで……勘だ」
乱世さんの勘なら……信じられますから……!」
「ん……」
「勘、ね……」
我道は含みを持たせて……小さく笑った。
「もちろん、その前に頼成と当たる可能性もないではないが」
「わかってるさ。俺も……その時には露払いにするつもりだろうがよ」
「贅沢なことだと、呆れるよ。我ながらな……」
「ま、いいさ。やってやるぜ? 史上最強のかませ犬の役割ってぇのを」
我道は今度こそ……俺に笑みかけた。
「よし……そのほかに関しては予定に動きなし。いくぞ……!」
「ああ……!」
真島の合図で……俺や勇を含めた、全員が――動いた。