決戦の朝
翌朝――聖徒会執務室――。
「……………………」
室内には現在この部屋の主である頼成直人が焦りを浮かべた顔で中央端末のキーボードを叩く音が響いている。
「……………………」
そこに入室してきたのは、鳳凰院椿芽。
「お前か。どうした」
画面から顔を外さず、言う。
「……来る、ぞ」
「来る? ああ……我道だか真島だかか」
「………………」
「何をしてる? それなら……判ってんだろ。成すべきことは……!」
「……雑な言い草だな」
「当たり前だ……!てめぇは負けたんだ。天道とは言わねぇ。どいつか一人でも落としてりゃあ、まだしも……!」
「ほう……。既に……私に価値はないと……そういうこと、か」
「おめぇは――」
そこで初めて頼成は手を止め、椿芽を見る。
「俺の探してる女、じゃ……なかった」
「………………」
「何が未来を見通す、だ……! 俺が本当に求めていたのは、そんなチャチなもんじゃねぇ……!そんなものじゃ……」
再度、画面に向きキーボードを苛立たしげに叩く。
「ちぃっ……!ここでもねぇっ……!」
次いで慌ただしく席を立ち、棚のファイルを乱暴に引き出していった。
「どこだ……? どこに隠してやがる……!ちっ、 こんなことなら、あの生徒会長を壊しちまうんじゃなかったぜ……!」
「………………」
「……なにを突っ立ってやがる……?」
苛立ちをぶつけることを隠しもせず、椿芽を睨む。
「………………」
「必要がねぇ、とは言ってねぇ。来るなら……討てよ。今度こそな……!」
「……ああ、そうだな」
椿芽は感慨もなさ気に踵を返し、部屋を出ていった。
「ちっ……! そろそろリンクにせよコントロールにせよ、無理がきてやがるか。しかし……時間くらいは稼いでもらうぜ。でなけりゃこんな大事までした意味がねぇ……!」
頼成直人の能力――それは洗脳用ナノマシンを介在し、対象の技や特殊な能力と『リンク』を果たし、我が物とするもの。
しかし、それはあくまでも……彼の真の目的である『運命の女神』と呼ばれる、この世界そのものさえ揺るがす能力者……。
全ての未来を見通す――いや、全ての未来を決定し得るという能力を手に入れるための副産物でしかなかった。
頼成は当初、それが鳳凰院椿芽であると目星を付けていたようではあったが……。
「こうなったら、あいつ……聖徒会長サマから、なんとしても引き出すしかねぇか。妹を誘い出す餌にと思って温存していたが……そうもいかねぇ」
※ ※ ※
「………………」
かちり。
腰元で無意識のまま、鍔が鳴る。
「やはり……こうなったか」
呟いては見るが……喪失感は抜けて落ちない。
当然だ。
「寄る辺は……己と、この小豆長光……それだけという……」
ふ、と――。
「…………?」
頬に何かを感じ、手を添えた。
「これは……涙、か……?」
熱く……濡れた感触。
「わたしの……?」
濡れた指先を見て、暫くは呆けた。
「心よりも……体が先に反応を……する、か」
自嘲し、嗤う。
「なぜ……」
なぜ――?
「何故、こんなことになったのか……」
どうして自分がそんなことを呟き漏らすのか、判らない。
詮無きことと……判っているのに。
「思いを留められぬと……? そんな浅い人間か、私は……!」
次いで、苛立ちが襲う。
「あいつの……乱世に一番ではなくとも、それでも構わぬではないか……!それでむずかるというのなら……それこそ子供だ。子供のすることだ!」
かちり、かちり、と……鍔が鳴るのを抑えられもしない。
「どのみち……あいつに応えられる女でも……あるまいに……」
苛立ちが過ぎれば……あとは喪失感。
胸に空洞が開いたかのような、虚無の感。
「わたしは……」
わたしは――なんだ――?
なんと――言おうと、したのか――。
「……教えてやろうか?」
どれだけ呆けていたものか。
目の前で聲のしたことで、ようやく我にかえる。
そこに居た、聲の主は――。
「牙鳴……遥……!」
「ふっ……」
自然、手が柄にかかる。
立場上……この女は敵、だ。
油断とすれば致死にも至る油断だったろう。
しかし――。
「教えてやろう。どうして歯車が狂ったかを……」
牙鳴遥は攻撃の意志も見せず、そんな風に言う。
「何を……?」
「誰が……狂わせたのかを……」
「な、に……?」
「教えてやろうと言うのだよ。鳳凰院椿芽に……この牙鳴遥が、な」
「……………………」
わたし、は――。
※ ※ ※
同刻、牙鳴円の収監部屋――。
「……………………」
ギィ……と、扉が軋んで開く。
ドサリ、と……扉に凭れるようにしていた見張りの男の遺体が崩れ落ちる。
「お愉しみのところ悪いけど……そろそろ目覚めたほうがいいね」
そして部屋に踏み込んで来たのは、青年。
かつて、何度か天道乱世の前に現れ、『幽霊』と称されたその青年は汚物にまみれ、繋がれたままの牙鳴円に声をかける。
「………………」
当の円は何ら反応を見せないようにも見えるが……。
「妹くんが、余計な真似をしているみたいだね。どうも……僕の言葉を履き違えて理解したみたいだ」
「………………あら、そォ」
円が何の苦もなく壁に繋がれた鎖を引きちぎる。
「……困ったものねェ、あの子にも……」
言いつつ、金属製の手枷をまるで衣服の毛玉でも毟るように指で千切り、床に捨てた。
「嬉しそうだ」
「そォうねェ。そのために……あの子は人間で居させたのだしィ?」
「じゃあ、僕は余計なことを?」
「フフ……どうかしらァ」
「アレが……始まりの女が、破壊をされようとも……そのほかの結末を迎えようとも……それはそれで別の愉しみが待っている」
「未来を変えることはできてもゥ……過去を変えることはできない。そういうことねェ……」
「それなら……どうする? やはり……彼に全てを委ねるのかな……?」
「そォねェ。既にその域に達しているのでしょう、彼も……ふふ……」
円は言い、全裸のまま……取り急ぎ自らの刀を取り戻すべく、軽い足取りでその部屋を出ていく。
その時には、既に『幽霊』の姿は部屋のどこにも存在していなかったのだが。