決戦前夜
「ただいニャー♪」
「お帰り、興猫ちゃん」
そうこうしているうちに、斥侯として外に出ていた興猫が戻ってきた。
「どうだった、頼成組の連中は」
「いまんとこ、動きはないね。たぶん……」
「……待ち受けるつもり、か? けっ、大した総大将気取りだぜ」
我道が憎々しげに言う。
「策……ではないか?」
「引いて見せてる……ってことですか? 油断させるために」
「そうだな、そんなところだ」
頼成の側は、本来の数的には圧倒的にこちらを上回る。
まして連中は、いまや限定的とはいえ、聖徒会の保有していた監視システムなどを使うことができる。
ここで俺が見た上では、我道、真島、そして興猫たちが、あの部隊の根幹となっている黒尽くめの強化兵をいくらか倒した程度。
指揮官クラスであるシェリス、龍崎を墜とし、椿芽を撃退したとはいえ、数の上では決してそう大した損害ではないように思えるのだが……。
「あんまり俺らを侮るなよ、天道」
「ああ。パワーアップだかをしたとはいえ……調子に乗られちゃ、困るぜ」
そんな俺の不安を見透かし、真島と我道が言う。
「俺たちの兵隊だって、ただ逃げてきた訳じゃない。それなりの打撃は与えてきてるんだ。優勢とは言わねぇが、頼成の選択肢に足踏みを生じさせるくらいには損害を与えてるぜ」
「そうか……いや、取るものも取り合えず山から下りてきたからな。あまり状況が見えていなかった」
「興猫ちゃんに連絡を受けて、すぐでしたもんね」
「戦況が広く見えてなかったがゆえの疑念だった。気を悪くしたなら謝る」
「へッ……。お前さんも、人間関係を良くするってことを学んできたってことかい?」
「フフ……。さぁな」
俺は肩を竦めるようにして、我道に笑み返した。
「ともあれ……頼成が城、に引きこもったのも……そうせざるを得なかった……と思いたいな」
「だな。聖徒会のシステムも、どっちかっていえば防衛用のほうが重点だ。そのほうが有利と見たって考えるのは自然だ」
「……ああ」
俺にはまだいくらかの疑念と不安要素はあったが……。
ここは我道の言う『良好な人間関係』という部分も含めて、頷くこととした。
「もちろん、あたしもね?」
「ひょっとしておめぇ……今もなんかしてきたか?」
「ちょっと、学園周囲の警備施設に牽制をね♪」
「牽制? そういえば……学園方面から何度かすげぇ音が響いたが……」
「残りの邀撃用重ミサイルを全部ね♪」
「み、みさいる……」
「うん、さっきの戦闘で反省したから。火器重視だとどーしても撃ち尽くした時にパワーダウンするしね。だからこの際、全部ブッ放してきたニャ♪」
「……たいした牽制だぜ」
「で、でも……。向こうの人たちも、シェリスさんとかのように、操られたり……無理やり従わせられたりしてる人も多いんでしょ? だいじょうぶ……かな……」
「勇……」
「へーきへーき♪ 少なくとも死んでる人はいないって♪」
「ふ、興猫ちゃん、軽いなぁ……」
「そもそもこれ以降の戦闘は、そのテの連中に、どんくさいミサイルなんかが通用すると思ってないからこそ、使い切ってきたんだもの。むしろ……そういうんじゃない、普通レベルのヒトが駐留してないことに気を使ったくらいよ。巻き込まれないようにってさ」
「あ、興猫ちゃん……ちゃんと考えてたんだね」
「……勇、あたしのこと、かなり誤解してない?」
「そ、そうじゃないけど……。あ、あはは……」
「ぷーん、だ」
「ご、ごめんってば!」
「まぁ……頼成が待ち、で構えるというのは確かかもしれない。しかし、それならばそれで……」
「ああ。そういう意味での……『罠』ってのは、警戒してしかるべきだな」
「本格的に篭城を決め込まれれば、こっちが不利だ。明朝が襲撃のタイミングだというのは、向こうもわかっているからな」
「そうだ。それに……」
「ああ。有利には違いねぇが、かといって長引くのは頼成にとってもマイナスだ」
「どういうことです?」
「政府の介入がありえるからね」
「政府の……介入……?」
学園は国に俺たちのような戦闘能力に特化している人間を育成する、唯一無二の機関として認められてはいる。
しかし……国は学園を有用とする反面で、それを畏れてもいる。
今のところは聖徒会を含む学園中枢によって自治が許されてはいるが……。
「それが機能しなくなったと見るなら、むしろこれ幸いと……政府主導に置こうと考えるだろう」
「そんな……」
……ともすれば……晴海先生か、あれ以降に姿を見ていない秋津らが、既になんらか手を打っている可能性もある。
「そうなりゃこんな小競り合い……学園抗争みたいなレベルじゃすまなくなる」
「そうだな。外の連中から見れば……この学園の生徒が持つ力は、いわば化け物だ」
化け物――か。
「強さって意味で評価されるのは悪かねぇが……イヤだねぇ、それは」
「この学園は差し詰め、化け物を閉じ込める檻……のようなもの、か……」
「乱世さん……」
「うまいこと言いやがるな。ユーモアのセンスも特訓してきたかい?」
「……いや」
「正当であろうが、過剰であろうが……そういう評価をしている以上、政府が軍事力を投入してくる可能性は高い」
「ぐ、軍隊……ですか?」
「そうだね。やるね……たぶん。そうなったら……」
「……ああ。俺たちPGだけの話じゃねぇ。一般生徒も……それなりに巻き込まれることになるだろうさ」
「それ……いやですね……」
「現状でもさ、あの頼成ですらそういうことには配慮しているのがまだしも理性的だよね」
「一般生徒やそれに近しい、PGに至っていない連中を巻き込むような方策を採れば、確実に学園全体の反感を買うからな」
「そうなりゃ、さすがの頼成も、学園支配、なんて真似はできっこねぇ」
「……逆に言えばそういう状況にでもならなければ、一般生徒や表立って反抗勢力となっていないPG層は味方にはならない……か」
「ふん。大将は市民革命でもお望みかい?」
「そうではないが……」
むしろ……俺の考えは、逆だ。
「人間は集団の生き物だ。最終的に状況を変えるのは、個の強さではなく、数における民意……。それはそうだがな」
「でもまぁ、えてしてそういう連中は、自分に火の粉が及ばない限りは立ち上がらない。これまた人間の習性みたいなもんだにゃ」
「いや……それでいい」
「乱世さん……」
「そういう者が立つような状況になるとするならば……それこそ、泥沼だ。戦わぬ者は、戦わないことこそが本当の闘いなのだからな」
「おうおう。哲学的なコトをおっしゃるね?」
そんな難しいことじゃない。むしろ、俺は……。
「……?」
ちら、と勇を見る。見るが――。
「……格好を付けたいのさ。惚れ込んだ女の前でな」
「ら、乱世さんってば……!」
「へっ! 言いやがる……!」
「乱世……」
「……なんだ?」
「乱世……変わったね」
「……似合わないことを言う、か?」
「ううん! いいコトだと思うよ……うん」
「そうか」
「似合わないコト、ってのは同意だけどね♪」
「……そうか」
「非戦闘員が武器を取る……それは即ち、まさに戦争だからな。天道、お前の感性は正しいよ」
「我道の皮肉まじりの物言いならばともかく、真島にそう言われるのは悪い気はしないな」
「……お前、本当に変わったな」
「おしゃべりになっただけさ」
「ああ、そういう意味で……だ」
我道と苦笑を交わしたそのとき――。
「あ……」
「勇……! 大丈夫?」
ふらついた勇を、興猫が慌てて支えた。
「う、うん……ちょっと……疲れたのかも。えへへ……」
「勇……」
「だ、だめですね……。やっぱりまだ、修行が足りません……」
「天道、お前は……お嬢さんと一緒に明けまで休め」
「俺は……」
「いいんだよ。ライバルとしては業腹だが……それくらいの活躍をしたってのは認めてやる」
「我道……。そうだな、そうさせてもらおう」
「はい、お姫様は……王子さまに♪」
「ふ、興猫ちゃん……!」
俺は興猫に変わり、勇に肩を貸す。
「す、すみません……」
「気にするな。贔屓目ではなく……お前は良くやった」
「は、はい……でも……」
一瞬だけ、勇が複雑な表情を浮かべたが……。
「……?」
俺はそのまま、勇と……闘技場の奥で休息を取ろうとするが……。
「そうだ、天道」
乱世:「なんだ、我道」
「休憩所のある奥にゃ……ちょっと驚くような顔もいるぜ」
意味ありげに笑う我道。
「驚く……?」
「ああ。さっきの戦闘で出てきやがらなかったのはムカつくが……」
「……彼女はあくまで方向こそ同じなだけで目的そのものが異なる。自力を温存することくらいは勘弁してやれよ」
「まぁな。いいけどよ……」
「……なんだ?」
「行きゃわかるさ。ただ……」
「ただ……?」
「ん……いや、まぁ……気をつけろ」
「気をつける……?」
「まぁ……な」
我道は……さりげなく、勇のほうを見たか……?
しかし俺もそれにはあえて気づかないフリをして――。
「あんたが俺を心配か。雨を降らせるなら、夜のうちにしてくれよ?」
「ちがいねぇ」
我道もまた……その意を汲んで、苦笑するだけだった。
(もしや……)
「乱世さん……? どうか……しました?」
「いや……。俺もちょっとは疲れているのかもな」
「そう……ですか?」
「ああ」