真島と乱世
「負傷者は下だ! あまりに負傷が深刻な者は購買街の病院に退避しろ。ここで退くのは恥じゃない!」
程なくして各方面から集結してきた連中で、闘技場内はごったがえをする。
「……使えそうなのは何人くらいだ」
「集まった中の、良くて三分の二……ともすれば半数か」
真島が苦渋の表情を浮かべながら返す。
自分の配下の損害が思っていたよりも深刻だったのだろう。
「……だろうな」
とりあえず、残存勢力を集めはしたものの……。
(疲弊は否めないな……)
ここしばらくの頼成制圧下では、なまはかな実力では自身を守るだけでも精一杯な状況だったのだ。
「……………………」
「勇……」
「あ……乱世さん……」
そんな連中を、物憂げに見ていたのは勇だ。
この状況の中、結果的に身を隠していたということを思い知らされれば……彼女のような娘は心を痛めるのも無理からないことだ。
「……お前は奥で興猫たちを手伝ってきてくれ」
俺はそれを気遣って言ったつもりだったが……。
「……いえ」
「勇……?」
「……居ます。まだ、ここに……」
「……………………」
それは……彼女の決意だ。
その、引け目とも言える重圧を目の当たりにしても……退かない、という。
「……そうか」
俺はまだ、彼女のことを軽んじていたのかもしれない。
「それでは……負傷者の治療を頼めるか?」
「は、はい……!」
「いや、それよりも――」
もっと先になすべきことがあるかもしれない……と、俺が思い直した刹那。
「真島さん……!」
何人かが、真島に近寄り……跪くようにしてくる。
全員、一様に腕なり足なりに包帯を巻いている。
ひどいものは、顔全体が布で巻かれたようなものすらも、居る。
「……どうした。お前たち。早く病院に行け。今を逃すと、外での移動が難しくなるかもしれない」
「俺たち……まだ戦えますっ!」
「そうですっ! こんな怪我なんか……!」
しかし……その包帯の隙間からかろうじて覗くような瞳からすらも、闘志は消えていない。
(闘志は……だが)
「……二度、言わせるな。もし、頼成が戦力を再配置すれば、お前たちを警護するために人員を裂かねばならなくもなる……!」
「で、でも……!」
「言わせるなッ! その負傷では……邪魔だ! 足手まといにしかならないと言っている……!」
「真島さん……」
連中は一喝をされ、肩を落とす。
俺や真島ならずとも……誰がどう見ようと、彼らはもう闘えない。
むしろその闘志が残っているだけに、危険だ。
気合は……心は、恐れも痛みも消してしまえる類のもの。
それは命がけの戦いの中にあっては、非常に危険な兆候だ。
それを真島も知っている。
「勇……。連中を頼む」
「え……?」
「……俺や真島の説得では耳を貸さないだろう」
「あ……は、はい」
「無理な注文かもしれんが……。できれば……褒めてやってくれ」
彼らは……もう既に十二分に戦っている。
自分たちの戦場で、それぞれの戦いを……。
「はい……っ」
勇は妙に気負った表情をして、肩を落とす彼らのほうに駆け寄った。
「みなさん、こっちへ……」
「俺は……俺は……!」
「大丈夫です……あとは――」
勇は……僅かに視線を俺に寄こした。
「……ん」
俺が頷いて返すと、いつものような笑みを見せてくれ……。
「あとは……わたしたちがきっと……この学園を取り戻してみせますから……!」
勇に促され、彼らはようやく、腰を上げ……同じく負傷のために退場する一行の列のほうに向かっていった。
勇も、彼らに肩を貸すなりしながら、それに同行した。
「………………」
それを物憂げに見守る真島。
「カリスマが高すぎるのも……こういう時には辛いな」
「ふっ……。茶化すなよ」
「いや……真剣に、だ」
「そう、か……」
真島は勇に連れられていく部下たちの背中を見つめつつ……。
「……いい娘、だな」
「……俺もそう思っている」
「なんだ? それは……惚気、か?」
「どうかな」
「ふっ……」
俺は真島に釣られて、少し笑んだのだろうか。
(俺が……真島と、か……)
まさか……こんなことが、この状況において、か……。
それともこんな状況だからか、なのか。
俺自身が変わった……ということなのか。
「……天道」
「ん?」
「……我道は……気づいているぞ」
「……?」
「あの娘のこと、だ……」
「真島……?」
真島も気づいて――いた?
「……気づかないフリはさせてもらったが」
「役者だな……意外と」
「できれば気づかせたくは無いのだろう? なによりも……あの娘、自身には」
「……………………」
「……いい。独り言と思って聞き流せ」
「……………………」
真島は懐から両切りの煙草を取り出し、錆付いたジッポーで火を点けた。
「ボクサーが……ニコチンを吸うのか?」
「吸っても俺は強いさ」
「しかし……」
「ああ。止めていた……ここ十年近くはな」
「十年……?」
真島の見た目は俺とそう変わらなく見えたが……。
「実は長いんだ、この学園で生徒をするのはな……」
「……そうか」
「だから……耳にくらいは、する。この学園に封じられた……女神の話くらいはな」
「……………………」
「ふっ……」
「何故笑う?」
「正直すぎるのも……美徳だけのものではないな? そんなに判りやすく黙って見せるなよ」
「……そうか。気をつけよう」
「……オカルトか……御伽噺とでも思っていたがな。未来を決める……女神などと」
「………………」
「俺たちにこんな――」
真島は火のついた煙草を、指で弾くようなカタチで宙に放り――。
パシッ――!
それを空中にあるまま、小さく振った拳で弾き飛ばした。
鋭い破裂音のような音が、その直後……やや遅れて闘技場に響く。
何人かが音に驚きこちらを見たが、既に真島の前には弾けた煙草の残滓すらも見えない。
明確に音速をいくつか超えた速度の拳――。
「こんな……人間離れした力がついたのも、ともすれば彼女が始まりなのかもしれない」
「………………」
「……知っているか?」
「………………」
「僅か数十年そこいら前まで……人間は100メートルを10秒切るのがやっとだったそうだ」
「………………」
「今の俺たちが果たして正しいかどうかは……歴史屋でもない俺には判断できないがな」
「正しいか正しくないか……そんなものは関係ない」
「…………だな」
「仮に、何もかもが正しくないとしても――」
「乱世さぁんっ!」
勇が駆け戻ってくる。
顔には笑み。
覚悟を決めたのなら……沈んだ表情もそれにふさわしくない――。
きっと、そう考えてのことだろう。
勇は……強い。純粋に……強い。
「……ないとしても……なんだ?」
「俺は……俺を信じる」
「……ふっ」
「いや……」
「……?」
「俺は……あいつを信じよう。俺と……あいつを、だ」
「……ふふっ」
「やはり……笑うか?」
「ああ」
真島はくっくっと、喉を鳴らすようにして……笑った。
「乱世さん、わたし……あっちの救護班を手伝ってきます!」
「……ああ」
「なんだい」
真島が笑みを漏らしたまま、俺を意味ありげに見て――
「やっぱり……惚気、じゃねぇか」
……そんなことを言ってみせた。
「……否定はしない」
「? なんです……?」
「いや……」
俺がきょとんとしている勇にそう返すと、真島は何がそこまで可笑しいのか……ついには声を上げて笑ったものだった。