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羽多野 勇

「……………………」


 ふむ。


 やはりまた迷った、か。


「まぁ、俺ほどにもなれば、これも想定内のことではあるが」


 だからこそ、ある程度時間的には余裕を持って行動していたわけだしな。


 ただ、ひとつ難点を挙げるのならば、だ。


「想定はしていたが、その対処方法に具体的なものがあるわけではない、ということだ」


「あの……」


「ふむ。やはりあの教師に最後まで案内してもらうべきだったか……」


 いや。


 あの沖野晴海なる教師の真意ならびにその目的が知れない以上、俺はともかく、少なくとも椿芽に無用な接触はさせたくないところだ。


「あの~……」


 そも、既に彼女とは別れている。過ぎてしまった可能性を検討するのは無為だ。


「まぁ、いかにこの学園が広くあろうとも、地球よりは狭い。Zランク寮とやらにもいずれ辿りつく」


 うむ。


 まだしもこうした思考の方がポジティブには違いない。


「あ、あのっ!」


「?」


 気づくと何時の間に居たのか、傍らで声をかけている女子が居た。


「ああ……すまない。少し考え事をしていた」


「みたい……ですね」


 目の前の女生徒は、苦笑するようにしている。


「と……いうか」


「はい?」


「お前……どこかで会った、か?」


 そういえば……見覚えがあった。


 いや……あるような気がする。


「覚えていてくれたんですかぁっ!?」


 俺のその言葉を受けて、目の前の女生徒が、ぱっと表情を明るくする。


「ん? ああ……一応……」


 ……正直そこまで印象があったワケでもなかったのだが……。


 俺は我ながら滑稽なくらいに狼狽し、記憶の糸を必死に手繰り寄せようとする。


 とはいえ……。


 俺といえば、まさに今日、この学園に到着したわけだ。


 ここで知り合った人間といえば、あの先生と正体不明の自称弟分。


 はて……と、俺が更に頭を捻っていると……。


「嬉しいですっ! やっぱりわたしの王子さまっ!」


「な……なに?」


 目の前の女生徒は、とんでもない呼称で俺を表しはじめた。


「ちょ……ちょっと待て。俺は王族などの血を引いた覚えも、ましてやなにがしかの国を建国した覚えもないぞ」


「やん♪ それは比喩表現ですよぅ☆」


「そ……そうか」


 ……何の比喩だ?


「どうしたんですか? 王子様」


「ちょ……ちょっと待った!」


「はい?」


「すまないが……その、おうじさま、だかいう呼び方は……即刻にやめてくれないだろうか」


「えー? なんでですかぁ?」


「いや……」


 落ち着け。


 落ち着け、天道乱世。


 この学園が一筋縄ではいかないということは事前情報として熟知していたはずだ。


「………………」


「?」


 この彼女が果たしてどんな思惑を持って、俺を『王子様』なる珍奇な呼称で呼ぶのか、その意図は知れない。


 知れないが――。


 一種ポジティブに考えれば……こういった学園生活において、固有のニックネームなるもので呼ばれることは親愛の現われと言っていいものだろう。


 仮に一面識もあったかどうか即断つかない相手であっても、だ。


 ならば……それを無碍むげに扱うのもどうかと思う。


 思うのだが――。


「王子さま?」


「……天道乱世、だ」


「はい?」


「俺の名前、だ。悪いがそう呼んでもらえるほうが……その……なんだ。助かる」


 ……やはり王子様は無理だ。様々な意味で。


「てんどう……らんせ……」


「……どうした?」


 件の女子は……一瞬だけ、どこか心ここにあらず、という表情を見せた。


「え? あ……い、いえっ! なんでも……ないです」


 彼女はすぐにそれまでの態度に戻り、大げさと思えるほどに首をぶんぶんと振る。


「そうか……?」


 俺は、ちょっと気にはかかったものの……。


 例の呼称を中止してもらう旨が受け入れられたことによる安堵の方が今は大きかった。


「わかりましたっ! てんどうらんせ様、ってお呼びすればいいんですね?」


「……天道か、乱世か……どっちかで頼む」


「はい! それじゃ……乱世さまっ!」


「……さま、はいらない」


「んむー。王子様は注文が多いんですねぇ」


「戻ってる! 戻ってるぞ!」


「うふふ。わかりましたよ、乱世……さん」


「そ、そうか……」


 ……なんだろう。


 何故だか……ものすごく疲れた。


「いや……それより、だ」


「はい?」


「いや……そもそものハナシなのだが。俺に……何か用があったんじゃないのか? それで……」


 声をかけてきた、のでは?


「あ……! そ、そうでしたっ! いけない、私ってば、つい浮かれて忘れそうに……」


「いや……俺もギリギリで思い出した。お互い様だ」


「王子様とお話できたことがあんまり嬉しくて……」


「……また戻ってるし」


「ふたつありますっ!」


「!?」


 女子は、ずびし、と俺にVサインのようにした指を突きつけてきた。


 俺はあまりの勢いと唐突さに、両目でもイかれるのかと思ったくらいだ。


「ひとつは……その……どこかお探しのようでしたから」


「ああ……寮とやらを探していた。いずれは独力でどうにかなると思っていたが……」


 ……流石に、時間的にマズいか。


 あまり待たせると、あいつにナニを言われるか判らない。


「案内してもらえると言うのなら……それは助かる」


「はいっ! します! 案内しちゃいますっ!」


 彼女は首を落としてしまうんじゃないかというほどに激しく振って、嬉しそうに言う。


「それじゃ……二つ目、というのは?」


「あ……はいっ! えーと……あ、そうだ。羽多野……勇ですっ」


「はたの……?」


「名前……私の。羽多野勇はたの いさむ、っていいます」


「ああ……」


 ようやく納得する。


 咄嗟に自己紹介と判らなかったのは、そのビジュアルに反して、あまり女の子然とした名前でなかったからだろうか……。


「羽多野……で、いいんだな?」


「え? あ……は、はい」


「…………?」


 俺はその刹那の彼女――。


 羽多野勇の表情が僅かに気になったもの……。


「つまり……その……。羽多野は、親切にも俺を寮まで案内してくれる……と。そういうことだな?」


 もとより女性の機微になど疎い俺のことだ。


 それは椿芽や師匠になども良く言われること、自覚もしていれば――。


 下手に頭を悩ますよりも、朴念仁などと言われようとも存ぜぬで通す方が相手に不快を与えないということも理解している。


「え……そ、そう、なんですけど……」


「?」


「す、すいません……もうひとつ!」


「……みっつあったな」


「み……みっつ!」


 またもずびし、と俺に三本指を突きつけてくる。


「……それはもういいから」


 相変わらずの勢いに、どうしても目を突かれるんじゃないかと不安になる。


「乱世さんって……今日、ここに転入なされてきたんですよね?」


「ああ。しかし……なぜそれを?」


「うふふ。ふたつ、あります」


 羽多野は、再び、指をVのようにして言う。


 どうも癖のようだが、さっきまでよりは勢いも唐突さもないので、少し安心する。


「ひとつは……まだ学園に不慣れのようでしたから」


「ふむ。それは道理」


 もっとも俺の場合、何日を経ようがおしなべて道と名がつく物には必ず迷うのだが。


「ふたつめ。今朝、私を助けてくれたとき……親切な人が教えてくださいました。見覚えない人だから新入生だろうって」


「今朝……?」


「はい!」


「………………」


「………………?」


 俺は、それこそたっぷりに時間をとって――。


「……………………………………ああ!」


 ぽん、と手を打った。


 ようやく思い出した。


 あの……今朝、乱闘に巻き込まれた女生徒だったか。


「うむ。ようやく胸のつかえが取れた」


「あの……」


「うん?」


「もしかして……今まで忘れてたんですか……?」


 羽多野が、泣きそうな顔で俺を見ていた。


「う……。い、いや……そうではなく……だな」


「………………」


「い、いや……覚えはあった。あったのだが……どこで会ったとか、そういう部分を……その……」


 実際……忘れていたわけではない。


 椿芽と共に沖野先生の学園に関する講習の時にも思い出してはいたし……。


 それからこっち、どこか胸に引っかかるものがあったのは、紛れもない事実なのだ。


 多分にあのときは、行きがかり上で助けた被害者の少女であり……。


 会話というものを交わしていなかったこともあり、あくまで彼女は個性を持たない、記号的なキャラクターに過ぎなかった。


 だから、すぐさまに記憶と視覚が一致しなかった……というところだろうとは思う。


 まぁ、さらに突き詰めて言えば、そのキャラクターと、実際の彼女の個性に俺の中でギャップがあったということや……。


 いきなり王子様呼ばわりをされたことによるインパクトなども理由にできるのだが――。


「………………」


「すまない。適当に話を合わせるのは失礼だと重々承知していたのだが……」


 俺は素直に頭を下げた。


 非礼に言い訳を以ってするのは、何よりも唾棄すべきことだ。


 椿芽がこの場に居れば、容赦なく俺を斬って捨てていたろうし、斬られても文句もない。


「あ……い、いえ……いいんですよ、そんな……もともと、覚えてもらっているって思ってなくて声をかけたんですから……」


「そう言ってもらえると、多少は楽になるが……」


「それに……」


「?」


「それに……私、王子様のことは……天道乱世さんのことなら、何でも許せちゃうんです」


「俺の……こと、なら……?」


「はい! だって……私の王子様ですもの!」


「そ……そう、か……」


 また『王子様』……。


 しかし、この状況では何も言えないが。


「それで……お声をおかけした理由、なんですけど」


「ああ」


 ……そういやそもそもそういう流れだった。


「乱世さん……まだ、どこのグループにも在籍されてませんよね?」


「グループ? ああ、もとよりそういったものに入るつもりもなかったが……ここで知り合ったヤツの薦めで、ついさっき自分が代表として派閥とやらを申請したところだ」


「わぁ♪ さすが乱世さんですね!」


「流石かどうかは判らないが……それが?」


「はい……!」


 羽多野は一転真面目な面持ちをつくり……。


「私も……羽多野勇も、乱世さんのグループ……派閥に入れてほしいんですっ!」


 ……などと、言った。


「なっ……?」


 俺は最初はなにか……冗談の類かと思った。


「………………」


 しかし彼女の眼差しは、少なくとも俺が見る限りには、真剣そのものだ。


「お前は、いわゆる……一般生徒、というヤツではないのか?」


「基本的にはそうです。でも……私たちでも、自分から望めば乱世さんたちと同じ、PGポイントゲッター生徒になれるんです」


「それは望めば、だろう。きみは失礼だが……」


 少なくとも……何がしかの武術や武道をやっているようには見えない。


 いや……その先入観こそ、良くないのか?


 合気や柔術の類なら、余分な筋肉が無いこともある。


 暗器や武器使用の類であれば、むしろ外見が戦闘的でないほうが有利なのかもしれない。


「……何か武術の心得が?」


「はい! ありませんけどっ!」


「……その……なんだ。武器とかそういうものに精通しているとか……」


「触ったこともないですっ! 危ないですし!」


「目からビームとか……手からこう、何かすごいものが出るとか」


「え? あ……それは試したことないですけど……多分……無理?」


「……………………」


 まぁ……それはそうだ。


 そもそも、そんな技能や能力の類があるのなら、今朝もあんな状況には陥るまい。


「あ、あの……だ、だめですか……?」


「駄目だ」


「そんなきっぱり!?」


「いや……駄目じゃない要素を探すほうが難しいのだが……」


 椿芽に問うてみるまでもない。


 いや、椿芽の意思はもとより、俺の判断基準の段階で、まず駄目だ。


「お……覚えますっ! そういうの……あんまり得意じゃないですけど……これから覚えますからっ!」


「駄目だ」


「ああっ! とりつくしまもないっ!?」


 もちろん彼女もこの学園に居る以上は、何がしかの素養、素質はあるのだろう。


 いずれはその才覚が目を出すこともあるのかもしれない。


 しかし……。


「少なくとも現時点で、せめて自分の身を自分で守れるくらいの実力が無ければ、さすがに共に行動することはできない」


 彼女がどういった目的でこんな提案をしてきたのか、その意図はわからないが――。


 いや……察するに俺に何がしかの好意を抱いて、というのであれば、それは悪い気はしない。


 しないが――。


 それだけに、その提案は呑めない。


 俺は誰かを守ろうとするのであれば、それは一人が精一杯だ。


 一度に何人もの人間を守れると思うほど、傲慢でもなければ自分に過信もない。


 そしてその守るべき相手は、椿芽以外にあり得ない。


 これまでも……そしてこれからも、だ。


 もしも二人が同時に危機に陥った場合、俺は迷わずに椿芽を助けることになるだろう。


 そこに、危機の大きさの差異がどれほどにあれど、だ。


 それは誰にも曲げられない俺の行動原理であることなのだが……。


 彼女が俺に好意を持ってくれているというのであれば、それは恐らく俺にとて『辛いこと』にもなるだろう。


 そして彼女にとって不幸なことにもなるのだろうとは想像がつく。


 そういう意味で、何がしかの利益を鑑みて近づいてくる茂姫のような立場と大きくことなる。


 利益を鑑みて近づいてきた者ならば、俺も切り捨てることはそれ程に躊躇しないだろうし……また、茂姫の方にも覚悟はあるだろう。


 もっともあいつの場合は、そんな理屈を鑑みずとも、もっと簡単にドライになれそうな気はするが。


「………………」


「すまないが……判ってくれ」


「どうすれば……」


「?」


「どうすれば……仲間に入れていただけますか!? 私……どうしても乱世さんの傍に居たいんですっ!」


 彼女の目は、あくまでも真剣だ。


 どうしてそこまで会ったばかりの俺に固執するのか、わからなかったが……。


『お前は……昔から妙な者に好かれる』


 むぅ。


 何故か、少し前の椿芽の声が頭に響いた。


 まぁ……それはそれとして、だ。


「そう……だな……」


「………………」


 何か――


 なにか、ないだろうか。


 彼女を諦めさせる、上手い条件のようなものが。


「それなら……俺を倒してみろ」


「え……? ら、乱世さんをっ!?」


 ……結局、そんなことしか思い浮かばなかった。


「で……できませんよ! そんな……乱世さんを……なんて……」


 案の定、羽多野は及び腰な態度を見せる。


「リーダーなどとは祭られているが……俺のパートナーは、俺よりも数段上だ」


「パートナーって……今朝も一緒だった、あのひと、ですか……?」


「ああ。俺は椿芽には絶対に勝てない」


「……………………」


「つまり……現状は俺がメンバーのボーダーラインとなる。だから……」


「……やります」


「…………は?」


「私……やりますっ! それなら……それしかないなら、してみせますからっ!」


「羽多野……」


「……………………」


 彼女の表情は、やはり真剣だ。


 そして、その意思は、強い。


 そして俺は、それがそれまでの一途ゆえの無茶な言葉……ただ行きがかり上、勢いで出ただけの言葉でないということも気づいている。


「……倒せ、と言っても……何も俺と正面切って殴り勝て、などとは言わない」


 だから俺は譲歩した。


「どんな方法でも構わない。俺から何らかの形でダウンを奪えば……いや、一発でも攻撃を加えられればいい、としよう」


 せめて今は無理でも今後の彼女の成長によっては可能性があるように、と。


「本当ですか!?」


「ああ。男の約束に二言はない」


 少なくとも彼女は俺が見る限りは、あまり戦いに向かないタイプではあるとは思う。


 そこを察すれば、この条件でもやや厳しいのかもしれないが……。


 しかし、理由や動機はともかく、強くなろうという意思のあるものに、俺は弱い。


 椿芽に言わせれば、甘いと一刀両断されるくらいに。


「私……がんばりますっ!」


「ああ。頑張れ」


「はいっ!」


 やれやれ……。


 どうにか納得してくれたようだと、今度こそ寮に案内してもらおうとしていた俺だが……。


「ようやく見つけたぜ」


 ガラの悪い連中が囲むように現れたことで、またも中断しなければならなくなった。


「まさか、こんな場所で別の女とイチャイチャしてるとはな」


「お前たち……」


 俺は羽多野を守るようにして踏み出すが……。


 気づけば、周囲も固められているようだ。


 数にして十数人。


 羽多野との会話に気を取られていたとはいえ、それこそ椿芽に撫で斬られても文句の言えない失態だ。


「けけけ。怒黒組は律儀で有名なんだ。きっちり今朝の礼はさせてもらうぜ」


 顔の真ん中に包帯を巻いた男が、やや不自由そうに笑いながら言う。


「今朝……?」


 俺はまたもたっぷりと時間を取ってから……。


「……………………………………ああ!」


 ぽん、と手をうつ。


「……お前、本気で忘れてやがったのか」


「ああ。少なくともお前に関しては微塵も。これぽっちも。記憶の片隅にも、だな」


「い、言い切りやがったな……」


「うむ。すまん!」


「い、潔く謝るな! くそ……いちいちカンに触るヤツだ……」


「ふむ。今しがたの言葉からすると……お前たちは怒黒組のほうか。しかし……」


 ちら、と周囲を見れば……一応は包囲の体裁をしては居るようだ。


「礼参りとは、確かにこれは律儀なことだな」


 正直を言えば、あの軍馬とか言うヤツを含めたパンクラスの連中のほうが嬉しかったが。


「けっ、余裕かましやがって……」「


「ふむ。実際、余裕だからな」


 この程度なら……羽多野を連れても、突破はたやすいだろう。


 余計な悶着を手土産などにすれば、それこそ椿芽のヤツに――


「そうやって居られるのも今のうちだぜ。あのクソ女の方にも、今頃……」


「……なに?」


「へへッ! 顔色が変わったな。まぁ……今頃は別の仲間といろんな意味でお楽しみだろうよ」


「……………………」


「乱世……さん……?」


「できれば俺もそっちが良かったがな。まぁ……俺もお前に鼻を折られた恨みもある。それが返せるだけでも……」


「戦いとはッ!!」


 歩を詰めてこようとした包帯男の鼻先に指を突きつける。


「っ!?」


「戦いとは……様々な理由により生じるもの。そこには意思のぶつかり合いもあれば……利害による衝突もある。対話によっても避けられぬ対立ならば、いざ戦いの場においても尚、その理由や原因、動機を舌で論ずるのは往々に無意味……」


「な、なにをいきなり……」


「しかしっ!」


「……っ!?」


「この世にひとつ。下種な志を断罪する者が居る。世界にひとつ、野卑な魂を断罪する者がいる」


「だ……誰だ、そりゃ……」


「戦いの道理を説き、戦いの道を示す者……。人は其れを……この俺、天道乱世と呼ぶッ!!」


「て……てめぇっ! ふざけやがって……」


 周囲に動揺が広がる中、最初に動いたのは、件の包帯男だったが――。


「げふぁっ!?」


 包帯男は、来た時と同じかそれ以上の勢いを持って、そのまま吹き飛び、転がった。


「おお。今の殴り応えで思い出した。今朝、俺に最初に殴り飛ばされたヤツか。ふむ……そうか、鼻が折れていたのだな。それは悪いことをした。すまん」


「お……遅せぇ……よ……」


 男はそこまで言って、ぱたりと倒れ、動かなくなる。


「て……てめぇっ!」


 相変わらず芸の無い言葉を口にしつつも……色めきたつ連中。


「椿芽のことを口にしたのは失敗だったな」


 俺は向き直り、腕をぐるりと回し、肩を鳴らす。


「そういう言い方をされてしまえば……手加減がし難い」


「このっ……!」


 囲みのまま、数で向かってこようとする男に、間合いを取らせないようにしつつ――


「ふぎゃっ!!」


 体をさばきつつ、足を払うように一撃。


 案の定、反射的に転がったその男に気を払う形になったもう一人の鳩尾に、払った足をそのまま凪ぐようにして打ち込む。


 多であれば多であるゆえのデメリットは生じる。


 囲むのであれば、それこそまとめてかかってくればいいものを……。


(やはり……末端となればこんなものか……)


 おそらく……あの軍馬クラスであれば、今のような状況でも迷わず――


 いや、迷うという考えすらもなく、転がったヤツを踏んできたろう。


(やはり……ここは適当にあしらうべきか――)


 心中に発した僅かな落胆であっても、それはそれで脳も冷える。


 俺は早速、羽多野を連れて囲みを破ろうと考えるが――。


「きゃぁっ!!」


「っ!!」


 しまった――!


 冷静になるのが、僅か一瞬、遅かった。


「は……はなしてっ!」


「おとなしくしやがれっ……!」


「羽多野っ!」


 二人目のときに間合いを取る際、動きすぎた。


 気づけば羽多野は怒黒組の連中数人に、半ば羽交い絞めのようにされてしまっていた。


「色男っ! この女に手出しされたくなかったら……!!」


 もう一人がナイフを突きつけつつ、恫喝する。


(くっ……!)


 内心で舌を打つ。


 それは人質などという、判りやすいにも程がある方法を取られた迂闊さでもあったが――。


 さっき、自分で考えたばかりの状況――


 椿芽と天秤にかければ、自分は迷わずに他を見捨てるであろうということを――


 図らずもここに実証してしまったことに、だ。


「……………………」


 そして……こと、ここに於いても……。


(俺は……彼女を無傷で救う算段をしていない……)


 その事に……僅かの不快は、ある。


「へへへ……見ればこのお嬢ちゃんも、そこそこの上玉じゃねーの」


「こっちもこっちで……愉しませてもらえるかもな……」


「やっ……!」


 男らが、下卑た言葉と共に、羽多野の体を弄ろうとする。


 それは、俺に対する牽制でもあったのだろうが……。


 実際に『そのこと』に対する野卑な期待が含まれているのは明確だった。


「……………………」


 もちろん自分が彼女を見捨てる……とまで非情になれるとは思えない。


 しかし――。


(……せめて怪我だけで済ませられれば……)


『アクセラ』によりスピードの乗った攻撃なら、あの程度の連中はナイフを振る程度の反応もできまい。


 しかし……スピードを上げれば精度は落ちる。


 羽多野は全く傷つけず、というのは恐らく無理だろう。


「どうするよ、新入生。けっけっけ」


「ちょ……や、やめてっ! どこ……触って……! や、やぁんっ!」


「………………」


 しかし多少とはいえ、椿芽に危害の加わる可能性のある現状において、俺は迷えない。


 迷うことはできない。


「……………………っ!」


 俺がアクセラのギアを上げようとした刹那――。


「この……! いいかげんに……!」


「へ?」


 羽多野が自分を捕らえていた男の手を掴み……ぐぐ……と捻り上げていく。


「え? お、おい……ちょっと……!?」


 当然……羽交い絞めにされた――両肩をがっちりとロックされたうえ足は宙に浮かされた――状態から、だ。


 一定の体格差があれば……そんなことを普通、できるものじゃない。


「いいかげんに……しなさぁーいっ!!」


「オワーッ!?」


 たちまちに、まるで漫画か何かのようにぽん、ぽん、と弾き飛ばされる怒黒組の連中。


 それも、いわゆる格闘技の突きなどではなく、基本もへったくれもない、ただ無造作に突き飛ばすだけの形で。


 それで大の男が二人まとめて、車に撥ね飛ばされたかのようにすっ飛んでいくのだから……これはもうマンガだ。


「私に……私の体に触れていいのは……王子様だけなんだからーっ!! もぉーっ!!」


「ぎゃーっ!?」


「ひぃーっ!?」


 そのまま……勇は、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。


 癇癪を起こした子供が手当たり次第にオモチャを投げるような――。


 ……いや、まさにその態で、片っ端から連中をあらぬ方向に投げ飛ばす。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 傍に動くものが無くなった段階で……ようやく羽多野が止まる。


「あ……あれ? 乱世さん……?」


 そこで……ようやく、俺の姿『も』ないことに気づいたらしい……。


「……ここだ」


 俺はといえば……あまりに衝撃的な(かつこれ以上ないくらいに緊張感のない)『戦い』に呆気に取られたせいで……。


「ああっ!? 乱世さん……大丈夫ですかっ!?」


「一応な……」


 情けないことこの上ないが……最初に羽多野が吹き飛ばした男二人の下敷きになっていた。


「す……すみませんっ! 私……」


「いや……」


 俺は情けないついでだ、と羽多野の伸ばした手を素直に取って、引き起こされるように立ち上がり……。


「……認めよう」


「はい?」


「約束だからな。こうして俺からダウンを奪った以上は……」


「え? え? あ……! そ、それじゃ……!」


「ああ。お前も……天道組の一員だ」


「わぁ……! あ、ありがとうございますっ!」


 男に二言は無いというのもあるが……。


 まぁ、これなら自分の身は守れるだろう。


 しかし――。


 今朝方の乱闘で、俺が助ける必要すらも無かったんじゃないだろうか――。


 ……という致命的事実は、即座に忘れることにした。


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