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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
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真紅の槍

「あの、アクセラってヤツを使いなよ」


「……………………」


「フフ……そのくらいの時間はあげるさ。アタシだって、あんたともう一度、戦ってみたいって気持ちはあるんだ」


「……………………」


 うまく――できたものだ――。


 そう、俺は思ったはずだ。


 このシェリスや龍崎志摩。


 そして椿芽……。


 それらが頼成の傀儡として操られ、この言動もあらかじめ用意されていたものであるとするのなら……。


(……こうも、俺という男を『そそる』言動をさせるのは……)


 巧妙で、それは卑劣だ。


 しかし……。


「どうした? それとも……あたしなんざには、必殺技を使うまでもないって?」


「……いや」


 しかし、だ。


 この言動は、やはりシェリスの本心か、少なくともそれをなぞらえるものでないかと思える。


(だからこそシェリス、龍崎……そして椿芽。彼女たちは強敵なのだ)


 他の傀儡の兵士……。


 あの仮面にスーツの黒服連中も、確かに強い。


 しかし勝てぬ気がしないものではない。


 強いは強いが、恐るべき、うとむべき相手ではない。


(心を残しているからこそ……強い)


 それを知っての傀儡であるなら、頼成という男は、やはり恐ろしい。


「ふっ……」


「笑う……?」


「ああ。お前にそんなことを言われれば……応えたくなってしまうのが、天道乱世だ」


「乱世さん……!」


「ああ。判っている。このいくさ負けられぬ。そういう心の弾みや情の類は出すな、と言ったのは俺自身だ」


「……はい!」


「悪いが……勝たせてもらう」


「大きく出たね。それじゃ……アクセラを使うかい?」


「いいや」


「……なに?」


「それを誘うよう仕向けられているのか?」


「なんだって……?」


 シェリスは確かに『元の』意思は持っているのだろう。


 だが……その上で、頼成のいいように操られているのも事実なのだ。


『本気で闘いたい』というのもシェリスの意思ではあろうが、それが背後にいる頼成の策ではないと思うほどには、俺もそうそう純粋ではない。


「消耗させられるわけには……いかん」


 まして……龍崎とシェリスの後に『あいつ』が控えている可能性も鑑みれば。


「どうあれ、素のままで倒せる、チョロい相手って思ってもらいたくないね」


「ああ。お前は……強いさ」


「ふん……!」


「しかし――いや、だからこそアクセラは使えない。使わない」


 勇を育てていく過程で俺自身も、自分のアクセラのギアの真髄とでも言うものを垣間見ている。


 しかし、だからこそに、今の俺のアクセラは不安定だ。


 それをこのシェリスという、侮れない相手で使うことは、手の内を明かすという事以上に危険だ。


「へぇ? それじゃ……どうするのさ」


「俺は……勝ちにいくと言った」


「なに?」


「闘いをする者として、本意ではないが……すまない。勝たせてもらう」


「えらい自信じゃないか」


「今ののお前が本当のお前に繋がっていることを信じ、謝ってはおこう。いずれお互いに本意な状況で、きちんと決着をつける。約束しよう」


御託ゴタクはいいさ。さぁて……実際はどういう隠しダマがあるんだい? 今のアタシに対抗する技がアンタにあるのかい?」


「言ったはずだ」


「……?」


「技だとか隠し玉とかじゃない。勝つ。ただ……勝たせてもらう、と」


御託ゴタクを言うなと……ッ!」


 シェリスが一気に間合いを詰めた。


(いきなりか……)


 予想はしていた。


 俺がアクセラを温存するのであれば使わせようとするのが、おそらくは背後に居る頼成の意思だ。


「デスクリムゾン・スピアッ!!」


 突き出された両腕の棘を中心に高速回転を加えた突貫。


 一見すれば、隙の多いものと見えるが――。


 一度、シェリスと拳を合わせた俺は、彼女の非常識なまでに卓越した平衡感覚を知っている。


 あの高速回転の中でも、シェリスは平衡感覚を些かも失わず……。


 馬鹿正直に避ければ、むしろその隙を突くようにして、回転そのものを制御しつつ、方向を転じ、恐るべきその爪の一撃を俺に喰らわせることが容易にできるだろう。


※        ※        ※


「は……早えぇっ!?」


「なんと……! シェリスがあそこまで……!」


「おそらくは……アレも、頼成の仕業なんだろうさ。だが……」


「我道……?」


「アレじゃ……シェリスのヤツは……!」


※        ※        ※


「……………………」


 突貫の間合いを見切って距離を離すが……。


「ハハッ……!」


 シェリスは、まるで水泳のターンのように壁面を蹴り、再度、突貫の技で俺に向かう。


 その高速の刃を――。


 俺は再び地面を大きく蹴り、十分すぎるほどの間合いでかわす。


「ふんッ……! まさか……あたしが疲労するのを待ってるとかじゃないだろうねッ!」


「……………………」


「あいにく……そうそうヤワじゃないんだよ、あたしもさッ!」


 再び、方向を転じ、向かい来るシェリス。


 躱した刹那、俺の頬に……赤い飛沫が飛んだ。


※        ※        ※


「こりゃあ……!?」


「シェリスの……血、か……」


「あいつは……まだ完全じゃねぇんだ。いや……仮に本調子であったって、あんな芸当すりゃ……!」


※        ※        ※


「アハハハハハハッ! 勝つ……今度はあんたに勝つッ! 天道……乱世ッ!」


「………………」


 鼻からか……耳からか。ともすればまなじりから零れたものなのだろうか。


「どちらにせよ……早めに決着をつけてやらねばならん……!」


 拳を握る。


 それは彼女の身を案ずる気持ちから生まれた激情だけではあるまい。


 シェリスは俺と再び戦う。今度こそ俺に勝つ。


 そういった純粋な闘士としての心根を利用されている。


 それが……いま、明瞭はっきりと判ったからだ……!


「勇ッ!」


「いつでもッ!」


「なんだい……? 女に力を借りるか!? 二対一? 情けないじゃないか、天道乱世ッ!」


「言った! そういったものを捨てても、いくさは勝つと!」


「いいさッ! してみなよッ! 二人がかりでも……上等さッ!」


 シェリスの回転とそのスピードが更に増す。


「女が割って入る前に……刺すさッ! とどめをッ!」


 地面……壁……瓦礫に至るまでを足場とし、肉眼で追いきれぬほどのスピードで跳躍とターンを繰り返す。


 かつて戦ったときの、高速の技に高速の回転加え、俺をじりじりと追い詰める。


※        ※        ※


「さ、更に早くッ!?」


「なんと……! この俺が……追いきれぬっ……!?」


※        ※        ※


「アハハハハハハッ! 心臓をさッ! 一突きで……!」


 シェリスの声は、いまや全方位に響く。


 アクセラのギア……それも、シックスかセブンスの領域でもなければ、追いきれまい。


 しかし――。


「しかしッ!」


「来るッ! 右上2から4ッ! ゼロコンマ5ッ!」


 ――右上、座標2から4、0.5秒後ッ!


「なッ……!?」


 俺の掌は……右肩に突き立てられようとしていたシェリスの棘を潜り、彼女の拳をまっすぐに受け止めている。


「馬鹿なッ……!?」


「心臓といいつつ、右手をまず潰そうとは……狡猾じゃないか」


「ち、ちぃっ……!」


 シェリスは、俺が動きを封じようと掴みかかるのを避け、すぐに間合いを離す。


「ま、まぐれをッ……!」


 そして、再度……。


「今度は……はずさないッ!」


 例の技で、俺の周囲を跳ぶ。


「……………………」


「左ッ! 3、5ッ! 1コンマ05っ!」


 ――左中央範囲、座標3から5、1秒超ッ!


「なにっ……!」


 シェリスの表情が、さっきよりも明確に、驚愕に彩られた。


 俺の手は、再び寸分と違わず、彼女の拳を受け止めている。


 先刻までよりも、ずっと鋭く突きこまれた棘の間を縫って、だ。


「ばかなっ……! 見切ったとでも……!?」


「む……」


 動揺しつつも、すぐさまに間合いを離される。


(衝撃が思ったよりも大きいか……)


 受けた手が僅かに痺れ、反応が遅れる。


「乱世さんッ!」


「ああ……すまん」


 受けて動きを止め、落とすなどはできない。


 まだ俺に、甘さ……そういうものがあると。


 勇はそう、とがめている。


(ダメージを少なくって……わかります。でも……!)


 勇のこえは、いまや俺に明瞭に届く。


(判っている。俺の……覚悟が足りなかった)


 同じく俺のこえも、勇には確実に届いている。


「く、くそ……!」


 俺は再び仕掛けてこようとするシェリスに向き直り、構える。


「あたしは……あんたを倒す……今度こそ……勝つんだぁぁッ!!」


 シェリスが速度を更にいや増す。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 最後の――最高の一撃が――くる――!


 何度となく周囲を跳ね、撹乱するように跳ぶシェリス。


 どのタイミングでシェリスが襲い来るかは彼女次第。


 それを見てから躱すのは不可能とさえ思える速さではあるが――。


「正面ッ! すぐッ! 打ち抜けッ! 乱世ッ!」


 勇が今度は肉声で叫ぶ。シェリスが俺に攻撃を仕掛けるよりも『遥か前』に。


「応ッ!」


 応えた俺もシェリスが攻撃を仕掛ける『遥か前』に動いた――。


「あ……あぐっ……!」


 攻撃動作を起こす寸前だったシェリスの真横の位置に『既に』移動し終えていた俺は――。


「……………………」


彼女が全身の撥条ばねを使って壁面を蹴る直前、その脇腹を拳で貫いていた。


「あぐ……」


 きっちり腹筋越しに肝臓を打ち抜かれたシェリスの目が、ぐるりと裏返り……。


 そのまま意識を手放し、闘技場の土に倒れ伏した。


「乱世さん……!」


「すまない、勇。無様だったな、俺は」


「乱世さん、血が……」


「ん? ああ……」


 頬を僅かに爪に裂かれていた。


 勇の『指示』通りに正面から打ち抜いていれば、受けなかった傷だ。


 しかし……それでは、まともにカウンターとして決まってしまう。


 あのスピードへのカウンターともなれば、その衝撃は甚大だ。


 ただでさえ限界を超えて動かされていたシェリスであれば致命傷になってもおかしくはない。


 それに――。


「覚悟が……足りないな?」


「ですね。顔……狙わないようにしてあげましたね?」


「い、いや……」


 ごまかしはするものの……今の勇に隠しごともできまい。


「……すまん」


「ううん。それが……乱世さんだもの」


「慰めてくれる、か」


「ふふ……どうでしょうね? でも……」


「……ああ。もう油断はしない」


「はい……!」


 今や……こと、覚悟という点においては、勇は俺の上、だ。


(いかんな、俺は……)


 心中で苦笑をする。

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