意志のチカラ
俺の姿を認識した刹那、シェリスと龍崎が勢い込んで間合いを詰めてくる。
「…………!」
「…………!」
「乱世ッ!」
「気をつけろ、天道ッ! そいつらは……以前のシェリスや龍崎じゃねぇっ!」
興猫や我道を追い詰めていたにも関わらず俺の姿を見るや、そちらを無視して向かってくる……。
「やはりな……ターゲットに優先順位が設けられているか。そして……俺は相当に頼成に目をかけられているということらしい」
「アイツ、何をノンキに……!」
「勇ッ!」
「はいっ!」
俺の声に従い、勇が即座に飛び出す。
「志摩さん……!」
「……………………」
指示をされるまでもなく龍崎志摩の前に立つ。
俺のはシェリスと対峙。彼女とはかつて闘い、ギリギリではあったものの撃破している。
この組み合わせはスタイル的な相性もあれば、当然の流れではあるが。
もっとも――。
※ ※ ※
「天道……!?」
「勇を……一人で志摩に当たらせるつもりッ!?」
ちぃっ……! 舐めているのか、あいつ……」
「いや……。どうだろうな」
「我道……?」
「違うぜ、あれは……。天道も、あの嬢ちゃんも以前とは」
※ ※ ※
「………………ふっ」
「え……?」
龍崎の顔に、それまでは見えなかった感情のようなものが浮かぶ。
「大きく出たものね、羽多野さん。この私を一人で引き受けるおつもり?」
「……! 志摩さん……!?」
「アンタもだよ、天道乱世……! アタシだって……あのときのアタシじゃないんだ。二度も勝てるって思わないほうがいいさ」
同じく、シェリスの顔にも、また。
「……………………」
※ ※ ※
「あの二人、意思が!?」
「傀儡……人形ではなかった……?」
「いや……」
※ ※ ※
「うろたえるな、勇っ!」
「ら、乱世さん……」
依然として、二人に『元の』意識が戻っているとは思えない。
頼成の人形であることに違いはない。
おそらくは……相対した相手を動揺させるため、そういう真似もできるようにされているだけのこと。
「前に言ったとおりだ。お前は……『いつものように』すればいい」
「はいっ!」
勇の『能力』は、その時々の精神状態に大きく左右される。
もっともこの程度の揺さぶりで、彼女がかつての彼女に戻ってしまうのならば――。
もしもその優しい心根を弱みとした、かつての娘に返ってしまうようなほどのヤワな特訓であれば――。
(興猫や我道たち、そして何よりも椿芽をこれほどまで待たせてする必要など、なかった!)
俺も勇のことだけを案じている場合ではない。
集中をし、シェリスと対峙をする。
「ふん。問答無用ってかい!」
「人形と話す時間など、ない」
「人形だぁ? ふふん、アタシは望んでこの力を得たんだ! 人形なんかじゃない」
「……そう考えるようにされているだけのことだ」
「どうかな……?」
龍崎との連携を諦めていないシェリスは威勢の良い言葉とは違い、冷静に間合いを維持している。
(本来のシェリスであれば、この流れであれば何も考えずに攻め込んでくるはず)
そういう点を見れば、やはり良くも悪くも彼女らは『人形』であることの確信は持てるというものだ。
※ ※ ※
「羽多野さん、思い上がりを思い知らせてあげますわっ……!」
先に龍崎が動く。
「………………」
勇は走りこみ間合いを詰める、志摩を見据えつつも……。
「………………」
ぎりぎりまで、反応をしない。
それはかつて、同じくパンクラスの鳥喰を相手にした時よりも緩慢で無防備に見えるほど。
「ちょっ! 勇っ!?」
興猫もそんな勇の様子を見て慌てた声をあげるが。
(よし……!)
やはり勇は冷静だ。
「舐めないでいただけますッ……!」
いや――。
「舐めて……ないッ……!」
志摩の腕が勇の体を捉えようとする。
一度捕まれば勇の技量――純粋な格闘の技術では、そこから繋がる技を回避することはできない。
しかし――。
「舐めてないからこそ――」
しかし、勇は動かない。
「勇っ……!?」
「だからこそ……動かない……!」
勇が志摩に腕を取られ、引き倒される――。
その場の全員が、そういった展開が見えていたはずだ。
「取った……!」
当の、龍崎志摩ですらも、だ。
「いいえ」
しかし――。
「倒れるのは……あなた」
「え――――?」
結果として地面に倒れていたのは、その龍崎のほうだ。
「………………」
勇は両の平手を地に伏した龍崎に向け、まるで彼女を押さえ込むかのようにしている。
龍崎に触れてはいない。足元の彼女に掌を向けているだけだ。
「ば……馬鹿なっ……!?」
志摩は、驚きの表情のまま……それでも尚、起き上がろうとするが……。
「無理。あなたは起き上がれない」
「それこそ……馬鹿なことを……! この私が……この程度のダメージで……!」
「いいえ」
ぐっ……と、勇の掌が龍崎を押さえ込むかのように、押し出される。
「え――?」
身を起こそうとした志摩の体が、ぐらりと揺れる。
「立ち上がれない」
そして、そのまま……。
「わたしがそう『決めた』から」
尚も……今度は決意の顔をもって掌を押し込む。
「ひ――?」
ぐるり、と……龍崎の目が裏返る。
彼女はそのまま倒れ伏し、今度こそ意識を失って沈黙をしたのだ。
※ ※ ※
「あの龍崎が……瞬殺……!?」
「しかも……!」
「……ああ。俺にも全く見えなかった。あの嬢ちゃんが……何をしたのか」
(あたしの『目』にさえ……!?)
※ ※ ※
「できているな、勇……」
「は、はいっ! やってみましたけどっ!」
「しかし……」
「え?」
「まだ……手加減ができていないな」
「あ……」
龍崎は白目を向いたまま、口からは泡さえ吐き出している。
『立ち上がれない』という勇の意志が強すぎた結果だ。
「そのままだと、危険だ。志摩を、我道たちのところに……」
「は、はい……!」
勇は慌てふためいて志摩を抱え上げ、いったん戦列を離れる。
「さて……」
「ぐ……」
シェリスは、あっという間に相棒を倒され、動揺をしているかに見える。
「そこまでの感情、反応ができるか……。頼成め……」
ともすれば実際には元の感情、意思を利用をしているのかもしれない。
だとすれば――。
「早々に開放をしてやらねば……無体な事だ」
「…………!」
シェリスの前で、構えを取る。