表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
80/110

男子のメンツ、女子のプライド

 頼成のクーデターに拠る天文学園の暫定統一から数週間――。


 学園は表面上の平静を取り戻しては居た。


 一般生徒の平常授業は再開され、頼成組の統治下のもと、ポイントバトルランキングも同じく再開されていた。


 しかし――。


※        ※        ※


「くそッ……!」


 かつて牙鳴遥が座していた椅子に背を預けながら、頼成が苛立ったように机を叩く。


 クリスタルのグラスが転げ、中に湛えていた琥珀色の液体が机一面に零れ、むっとした酒のにおいを部屋にばらまいた。


「……荒れているな」


「当たりめぇだッ!」


 頼成は腹立ち紛れにそのグラスを投げつけてくるが。


「………………」


 軌跡を読むまでもなく、僅かに首のみを傾けてそれを避ける。


「我道や真島……それぞれの代表は未だに地下に潜ったまま、捕らえられもしねぇ。あの副会長……牙鳴遥もだ! それに……それに……ッ!」


「……乱世か」


 その名を自ら口にしたのは、何日ぶりのことであったろうか。


 ひどく懐かしく感じている自分が、堪え様もなく可笑しかった。


 その薄く笑んだ口から漏れた声音を、矢張り勘違いをしたのだろう。頼成は更に激昂する。


「そうだッ! あの……天道乱世だッ!」


 椅子から撥ねるように立ち上がり、つかつかと歩み寄る。


「……何を笑いやがる」


「……………………」


 正面に立ち、その手先で私の眦を上げさせる。


 不快ではある。


 あるが……今の私は、この男の道具だ。


 この程度の無礼さは飲み込んでもみせる。


「……笑うな」


わらってはおらんよ。ただ……無様では、ある」


「………………!」


 刹那、頼成の掌が頬を打った。


「…………」


 打たれてはみたが……。


 私はそれが驚くほど痛まぬことに気づいていた。


「てめぇは……俺に勝利を齎す女神なんだろうが」


「……………………」


「あの……停滞破壊者だって謂うんだろうがッ!」


 それは――。


 単に勝手にそう謂っているだけのことだ――。


 しかし、それは言わない。


 それが……そのことがこの男が自分に感じている価値だとすれば、道具にもそれを思わせる努力くらいは必要なのだろう。


「ああ、そうだ」


「だったら……!」


「だから……貴様に男を見せてみろ、というのだよ、私は」


「俺に……?」


「ああ、そうだ。お前にだ……頼成直人」


「ふん……」


 鼻先で笑うようにしつつも……。


「ン、む……」


 頼成は、私の唇を求めた。


 癖、なのだ。


 女に甘えるときの、この男の……。


 だから、まるで濡れた生き物のような舌先がねじ込まれる不愉快も、それはそれで受けてもやらねばならない。


「ふん……」


 同じように鼻を鳴らし、とりあえずの満足をしてみせた頼成は私から離れる。


「……いいだろうさ。やってみせる」


「……そうか」


「俺はな、こんな……」


 つかつかと先刻まで座していた椅子に歩み寄り――。


 ガシャン――!


 片手でそれを、窓の外に放り投げた。


「……こんな椅子に大人しく座ってる人生なんざ、望んじゃいねぇんだ」


「………………」


「だが……だがな、椿芽。てめぇにも仕事は果たしてもらう」


「……心得ている」


 私は背を向け、部屋を退出する。


 廊下に出る際、頼成が何か言おうとしている気配は伝わったが……私はそれに気づかない振りをした。


「……男の機嫌を取り成すのも、骨が折れる」


 廊下を行きながら、本能的な嫌悪に唇を拭う。


「キスなどという洒落たものは……私などではなく、誰か別の女にしてほしいものだ」


 征服欲と性欲を履き違えているのだ、あれは……。


 表現として近しい部分にないではないが、似て非なるものであると判る為には、熟し方がまだまだ足りていない。


「それとも……男子の面子メンツか革命闘士のロマンチシズムか? はンッ……!」


 吐き捨てるように嘲笑してみるが、特に心は晴れない。



 どちらにしても――。


(あれが私に飽きるのも、早晩のことか……)


 己の身を道具として扱われてはみたものの……。


「なれぬ、よ……。やはりな。私には……なれぬ」


 おまえのようには……やはり、な……。


「……それこそが、ロマンチシズム、か……? 似合わぬことを……」


 自嘲の笑みは、いはや私の癖だ。


「……………………」


 ふと――。


 窓の外に目を凝らす。


 寒梅がほころびを始めている。


 まだこよみに言う、冬至にも遠いというのに、だ。


「……ともすれば……もう、桜か。この国は、年を重ねるごとに暑くなる……」


 そういえば――。


 乱世は、蝉と桜が好きだ、と謂った――。


 否――。


 印象がふかい、というような言い方だったか……。


 どちらにせよ、失われた記憶にしては、いささかに欲張りなことだ。


 さすがのこの国でも、蝉は桜の樹にはとまらぬ。


 南にもなれば、北のほうでは桜がほころぶ時期に生まれ鳴く蝉もあるというが……。


 その二つが、時と場所、ふたつに重なり合うことは……ない。


「……すれ違い、か。感傷めいているのか? 私が……?」


 頼成が求めているのは――。


 おそらく……彼女、だ。


 勝利の女神だか、停滞破壊者だか……。


 どちらの名前も、私のことなどではあるまい。


(私は……確かにいずれ、未来を視ることはできよう……。しかし――)


 私の足は……自然と、あの場所に向いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ