僕の全てを、きみの全部を
ちょうどその頃――。
俺と羽多野は学園奥地の山岳地帯を二人で登っていた。
「乱世さん……どこまで行くんですか?」
「もう少し……奥まで行く」
「でも……特訓なら、学園か寮でも……」
「いや……それでは意味がない」
「え?」
「できるだけ……他の人間との接触が無いほうがいい。いや……可能な限り、ゼロな状況が必要だ」
「え……そ、それって……」
「これからしばらく……お前と二人っきりだ」
「え……ええええっ!?」
「特訓だけではない。他の誰もいない状況で……当分、俺と共に生活してもらう」
「えええっ!? で、でもわたしっ! いきなりそんな……こ、こころの準備が……」
「………………」
「……乱世……さん?」
「すまない、羽多野」
「え……?」
「そういった……お前の心根の部分を、俺は好いている」
「え……!」
「前に言おうとしたことは……決して嘘じゃない。俺は恐らく、人間としてお前に愛情を持っている」
「ら、乱世さん……?」
「お前の――」
俺は……足を止めて、羽多野に振り返る。
「お前のそういう部分……俺には無い、人間の部分……それを、俺は何よりも尊いと……どんな犠牲を払っても守りたいと思っている」
「………………」
「そして……少しでもお前に応えてやりたいと……そうも思う」
「乱世さん……」
「……上手くはできない自分がもどかしくも思う。出来うることならば……全てを放棄して、それのみをしてやりたいとすら、思う」
俺は自嘲的に笑んだのだろうか。
「自分でも……不思議なのだがな……」
「不思議なことじゃ……ないですよ。それ……」
「羽多野……」
「わたしだって……そうです。そうしたい……。このまま乱世さんと、何もかも忘れて……ずっと二人っきりでいたい。わたしにあげられるもの、全てを……そして、乱世さんにもらえるものすべてを……大事にしたい……」
「…………」
「でも……でも、なんですよね?」
「……ああ。状況はそれを赦してくれない」
「………はい」
「すまない、羽多野……。俺に……しばらく、お前の心を……そして、命を……共に預けさせてくれ」
「乱世……さん……」
「捨てろ、などと……言わない。それは……俺も……厭だ。ただ……預けてくれ。そうでないと……俺は恐らくお前を守りきれない」
「……………………」
「……厭、か」
羽多野は……小さく首を振った。
「ううん……。むしろ……嬉しいんです」
「嬉しい……?」
「逃げろ……とか。隠れていろ……とか。そういうことを……言ってくれなくて」
「………………」
それは喉元まで出ていた言葉だ。
否――。
正直を言えば、今の今でも……俺は自分に疑問を持っている。
何故……こうしている?
こうして……羽多野と共に……山道を登っている?
何故、彼女に……特訓をしようとしている?
何故……椿芽との闘いに彼女と共に望もうとしている?
何故……守るべきものを闘いに持ち込もうとしている?
……と。
「乱世さん……」
「………………」
「言葉で……言葉に、してくれますか……?」
「………………」
「わたしを……羽多野勇を、必要としてくれるって……!」
「羽多野……」
羽多野は……真っ直ぐな目で俺を見詰める。
やはり巻き込むべきではない――。
椿芽との決着は、俺が自分で付けるものだ――。
そういう、確信と決心が、共に心に満ちる。
そして――。
「羽多野……俺は……」
俺の口から出た言葉は――。
「お前が……必要だ」
その……俺の心に浮かんでいたものとは、全くの正反対の言葉、だった。
「乱世さん……!」
「自分でも……よくわからない。論理的でも……整合性も、ない。正気じゃないとすら……思える」
そうだ。
きっと正気じゃない。
「しかし……俺は、そうしか……いえない。脳でも……心というものですらもない……もっと深いものが……俺にお前を求めさせる。凡そ正しくもない選択をさせる」
「乱世さん……」
「お前とでなければ……だめなんだ。平和であろうが……死地に赴くのであろうが……」
こんな気持ち――想いは、正気ではありえない。
「どんなときでも……お前を共にしたいと……そう考えている」
だから――。
だからこそ――。
「わたしも……わたしも、そう……! そう、だから……」
「羽多野……」
「はい……!」
「俺は恐らく……これから、この世で最も傲慢な……強欲にも過ぎる要求を、お前にすると思う」
「はい……!」
「お前を……」
「………………」
「羽多野勇を……」
「………………」
「お前の全てを……俺に、くれ」
「はい……! 乱世さん……!」
羽多野は……眩しいくらいの笑顔で、俺に即答を返してくれた。




