乱獣、鳳凰院椿芽
与えられた個室の中、瞑目する。
瞼の裡で繰り返し斬るは――ただ一人。
何度も、何度も……。
ただ、ただ、斬る。
「……………………」
気配を察し、実の腕で鯉口に手をかけた。
「おいおい……俺だよ。刀から手を離せって」
気配の主は頼成直人。
「貴様だから構えたまでだ。黙って私の間合いに入るなと、何度言わせれば気が済む」
「そう、殺気立つな。相変わらず……可愛げの無ぇ……」
「可愛げとやらを買われて……ここに居るのではないと思っていたがな」
「そりゃあ道理だ」
「……用向きを話せ。くだらぬ会話に付き合わされる時間はない」
「瞑想……イメージトレーニング……か?」
「……そうだ」
「クク……その、イメージの中じゃ……天道乱世は斬れたのかい?」
「愚問だな。既に……幾度となく、だ」
「ほぉ……。それで現実の天道も斬れる……ってかい?」
「無理だな」
「……即答しやがる」
「当然だ。こちらの思惑通りにならぬが……乱世だ。イメージ上での訓練など、それこそ意味を成さない」
「その無意味な訓練を……なんでそうも続けてる?」
「あくまで覚悟、の問題だ」
「覚悟、ねぇ……?」
「現実もイメージも……自分の内面のものとすれば、如何様にも同一のものとできる。自らに躊躇いや戸惑いさえ無ければ、あとは現実……実際に相対した時の……勝負ごとの問題のみ」
「ほう……?」
「無論……勝負は水ものでもあれば……乱世こそ、そのあまた不確定な状況の中では最も侮れぬ相手。それに……」
「ん……?」
「……いや。それより用向きは何だ。いい加減に……堪忍袋もそう長くは持たぬ」
「ふん……。まぁ、その天道のことだ」
「……乱世、の……?」
「ああ。ついさっき、届け出があった。天道組は……お前の移籍を正式に認めたぜ」
「……………………」
「ちったぁ……ショックかい?」
「……侮りをするなよ?」
「ふぅん……?」
「そも……本人が希望すれば、団体側には引き止める手だてなどはないはずだ。それに……」
鯉口にかけた指が、かちりと鍔を鳴らす。
「……とうに覚悟は決めたと……今しがたに言った」
「へぇ……」
「……私を御しようとするなら……もう少し、上手くしたらどうだ。それでは操られているという気分はおろか……唆されたとすら感じ得ぬ」
「勘違いしてるのはお前だぜ? 俺は……何もしちゃあいない」
「……判っている。あくまで……これはわたしの意志だ」
「クク……。そうそう。そう……判っていりゃあ、いい」
頼成は尚も歩みを詰める。
「……触れるな」
手を伸ばそうとするのを、抜刀し止めた。
「…………」
「私の……『力』を求めたいのならば、な」
「………………」
「『女』を求めてくるのであれば……いっそ、心を殺せばいい。他の者にしているようにな」
「……かもな」
「欲しいならくれてやるに吝かではない。ないが……私の『力』と一緒くたに得られる程には安いものではないと……それは覚え置くがいいだろう」
「ああ」
刀を鞘に収める。
「確かに……そりゃあ……欲が深いってモンだわな。ククク……」
「………………」
「お前は……俺に勝利をもたらせば、それでいい。安心しな……俺は天道とは違う。用済みでも……必要としてやる」
「……下世話な言い方だな」
「そうかい?」
「それで……何時だ。いつになれば……私は必要とされる」
「焦るなって……こないだも言ったな?」
「………………」
「お膳立ては順調だ。そうだな……力が余ってるなら……先にこそこそと嗅ぎまわってる、でかい鼠でも退治してもらうかな」
「……くだらぬ」
「『必要』と……してるつもりだがな?」
「………………」
「それに……鼠たぁ言っても……ちっとデカいヤツだぜ? そこらの猛獣より手に負えねぇ」
「どうだかな……」
頼成を無視し、部屋の外へと向かう。
「どこへ?」
「……斬ればいいのだろう、それを」
「クク……そうだ」
「功績を立てたいのなら……素直にそう言え。いくらかは貴様を可愛くは見てやれるかもしれん」
「そうだな。覚えておくとするわ」
「ふん……」
そうして……そのまま部屋を出た。
頼成のことだ。狙うが誰であるかは、既にIDカードのメールに送り置いてあるのだろう……。
※ ※ ※
(ふん……。キーワードにゃ、反応している、か……)
(まぁ、いい……。現実問題、焦って能力を引き下げるのは馬鹿のやることだ)
(勝利の女神とでも……? いや、停滞破壊者って、あの鼠は呼んでたか? クク……どちらにしたって……言い得て妙には違いねぇ……)
※ ※ ※
廊下を歩みゆく。
この淀んだ空気の建物を離れるまでは、標的とやらを確認する気にもなれぬ。
「………………」
そう、か――。
乱世は……私を切った、か……。
それに寂寥などを感じているわけでは本心において、無い。
むしろこれは高揚、か。
(恐らくは……勇にあの時の状況を聞いたのだな……)
ならばこれは、覚悟……か。
どういう類のことであれ……私を打倒せねばならぬ状況ではあると……。
そう、乱世の中で至ったに違いはあるまい。
(だが……)
覚悟という部分においては恐らく、こちらが上であろう。
乱世や勇の中では、恐らく……私というものは、奪還すべき対象物……。
それが甘さとは思い得ては居るまい。
勇からの口伝であるとすれば……その可能性は高い。
(いや……)
それは……油断か。
今しも頼成に自らの口が語ったことではないか。
あの男……天道乱世に、定石はもとより己で決め付けての優位など、如何程の意味があろうものか。
「……多少は……頼成の誘いにも乗ってやらねばなるまいか……」
利用が利用でなくなる程が、丁度いい。
もっとも、いずれあの男ならば、私をもっと便利に……自由に扱おうとの欲を抑えきれはすまいが……。
「ふ……」
失うべきものは……既にない。
なれば畏るるものも、斯様に些少なものとなる。
(だが……どうだ? 乱世……お前は……)
この後において……まだ守るか。
勇だけでなく、この私をも、だ。
その欲こそが弱点となろうことを知った上で……。
未だ、守るものを増やすか、お前は。
(何かを得ようとするなら……それまでの何かを手から離さねばなるまいよ。乱世……それを判っているつもりか……?)
私はそこで考えることを止め……『鼠』とやらの元に向かう。
雑念を抱えたまま、どうこうできる相手でもなかろう。
なれば……斬るのみ。
ただ……斬るのみ。
(来いよ……! 乱世……! 私は……ここで、こうも邪まなことをしているのだぞ……!)
ただ――。
――――。