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初授業

 授業の終了と共に、教室正面の巨大液晶――通称、『黒板』の文字が消去される。


『チョーク』と、昔ながらの愛称で呼ばれ続ける筆記具で教師が板書した内容は、適宜、ノートと総称される生徒用の端末に記録されている。


 放課後用のモードとなった黒板には、『補習受講者は第168番教員詰め所に出頭』などのインフォメーションが表示されている。


 片隅とはいえ『文房具は学園ご用達購買部、ふるい屋へ!』だとか『来たれ若き力! 第12番空手部へ!』などのCMが表示されているところまでいくと、流石にどうかと思うが。


 さて……。


 自分用の机の片隅にあるカードスロットから『生徒手帳』を抜くと、自動的にスロットの小さな窓枠に表示されていた『出席/HR』という文字が『放課後/不在』に切り替わる。


 ……こういった設備に関しては現代的なのだな。


 俺は旧世代のマンガだかにあるような、紙媒体の出席簿で一人一人出席を取るようなシステムではないかと、若干、期待していたところも無いわけでもないのだが。


 もっともひとクラス百名単位の規模であれば、さすがにそれでは出席確認だけで一時間はかかるか。


 同じく初日の授業は、拍子抜けをする程に『普通』だった。


 まぁ、学園の体裁であれば、いかな(いろいろな意味において)噂に高い天文学園と謂えど、それも当然と言えば当然なのだが。


 俺としては百キロの重さの劣化ウランを用いた鉛筆やら、設問に不合格の場合は膝の上に鉛を抱かせられる……などというギミックでもないかと期待していたものだが。


 それは兎も角、だ。


「はぁ……」


「椿芽、何故に溜息などをつく?」


「……自分の胸に手をやって考えてみろ」


「お前が言うなら一応は試してみるが……俺の胸にそんな便利な仕掛けはないぞ」


「……茶化しているのなら殴るぞ」


「斬ると言われないだけはマシ、か……」


「我々は、初日にして……あんな責任を課せられたのだぞ!? 考えるだけで頭が痛い……」


「しかし壊したモノは弁償する……確かにそれは筋だろうに」


「……なぜだろうな。正論の筈だが、お前が言うと、このはらわたが煮えそうになるのは……」


「心配するな」


「?」


「この学園は良くも悪くも実力主義だ。こんな程度はハンデにならない」


「そうは言うがな……」


 そこまで話していると……。


「アニキー!」


 どこかで見た顔が小走りに近づいてくるのが分かった。


「お前は今朝の……」


「もき! 無道茂姫もき。以後もお見知りおきを、もき。アニキ」


「……生憎だが、お前のような妹? を持った覚えはないんだが」


「……とりあえず妹、を疑問系にするのはやめて欲しいもき。モキは正真正銘のおにゃーのこもき。むしろ萌えキャラもき」


「わかったわかった」


それで? と先を促す。


「モキはアニキの今朝の闘いっぷりに心酔したもきよ。是非とも妹分としてお仕えさせてほしいもき」


「……相変わらず、おかしなのに懐かれる男だな、お前は……」


「相変わらず、ってのはなんだ。相変わらず、ってのは」


「モキはこう見えても、報道部随一の腕利きもき。この学園における派閥状況、ランカー生徒のデータ……全て把握してるもき。お役に立つもき。お買い得もき」


「……闘いに心酔したというなら、むしろ椿芽の方だろ。俺は今朝はあの軍馬だかに投げられただけだぞ、実際」


「……さり気なく押し付けようとするな」


「いや、そんなつもりはないが……」


「そうか?」


「ああ。むしろ積極的に押し付けようとしているつもりだ」


「いらんわっ!」


「……なんか、大概な扱いもきね。アニキ、ちょいお耳を……」


「兄貴ではないが……なんだ?」


 言われるまま、とりあえず耳を貸す。食いつかれるような事はさすがにあるまい。


「アニキ……あの時、何かをしようとしてたもきね?」


「なに……?」


「軍馬に投げられたあと、アニキの戦闘計測値が一瞬……急激にアップしたもき。アニキは、何かとんでもない実力を隠しているもき」


「なぜ……そう言える?」


 正直、この茂姫には武術などの心得はないように見える。


 いや、仮に多少あったとしても『アクセラ』のギアを上げたのならば兎も角、その予備動作だけでそこまで推し量れる達人には見えない。


「この、バイスたんが全部教えてくれるもき」


 言いつつ、抱えていた、例のでかくて気味の悪いぬいぐるみだか人形だかを、ずい、と差し出す。


「……これが?」


「これがもき」


「……教えてくれるって?」


「教えてくれるもき」


「………………うわぁ」


「引かないで欲しいもき。電波とか宗教とかメンヘラとかそういうんじゃないもき」


「……こちらとしても、全力でそう願いたい」


「このバイスたんはタダのぬいぐるみと違うもき。ほら」


 言いつつ……更にぬいぐるみをぐいぐい押し付けてくる。


「………………」


 俺が意を決してそれに触れると……。


「ん……?」


 綿かウレタンか……ぐんにょりと柔らかい手触りの下に、芯のような固い感触……。


 しかもそれは、よくよく注意してみると……内部から小さな機械の動作音がしていることが判る。


「バイスたんの中には、情報収集用の機材がみっしり詰め込まれているもき。この外装は偽装と衝撃吸収用の為もき」


「なるほどな……。みっしり、というアレな表現はともかく」


「一度、サーチを開始したら、その対象の体温、脈拍、筋肉動作に至るまでを逐一モニターするもき。対象の実力を正確に調査・分析する頼もしすぎるモキの相棒、それがこのバイスたんもき」


『コニチワー』


「……喋るのか」


「今のは腹話術もき」


「……いらん特技をいらんタイミングで披露するな」


「もき。まぁ……いずれ完全自立行動とかさせたいもきけど……さすがに今はこれがせいいっぱいもき」


「……そうか。調査用としては便利なのかもしれんが……今、俺はそこまでの技術がなかったことに安堵している」


 こんなのがよちよち歩いているサマは、普通にホラーだ。


「できても、せいぜいが床を這いずり回っての移動もき」


 ……もっと怖い。


「……前言撤回。早く普通に歩ける技術が得られるといいな」


「……何をさっきから二人で話している?」


 椿芽が怪訝そうな顔で話に入ってくるが……。


「いや……。確かに、こいつの調査能力は大したものらしい」


「もき♪」


「……物好きな……」


「しかし」


「もき?」


「俺に心酔したというのは……嘘だろう」


「も……もき?」


「少なくとも……それだけじゃないだろう。何か他に目的がなければ、な」


「もき……。さ、さすがはアニキもき……」


 茂姫はバツの悪そうな表情を浮かべつつ続ける。


「まー……正直なとこ、もきのような直接戦闘に向かないタイプは、そうそうこの学園じゃ上のランクになれないもき。どうにか非戦闘生徒枠からランクアップはしたもきけど……」


「今更、大きな派閥に入ってもランクは大差ないもき。だからといってこれ以上は一人じゃ望めないもき。だから……」


「なるほど。それで多少は使えそうな人材に擦り寄って、自分のランクも上げよう、ということか」


「もき……。で、でも……アニキに心酔したのも本当もき。天地神明に誓って、本当もき!」


「ふむ……」


「相手にするな、乱世。私は……そういう手合いは好かん」


「そんなこと、言わないで欲しいもき~。是非とも……アニキたち、天道組の一員に加えて欲しいもきよ」


「天道組……?」


「な……なんだ、それはッ!」


「もき? アニキたちは自分で派閥を作るんじゃないもき? 少なくともこれから別の派閥に頭を下げて入るようなタイプじゃないと思うもき」


「そ、それはそうかもしれんが……! なんで天道組なんだ! そんなものを結成した覚えはないぞ!」


「んー……。でも、この中でリーダー、と言ったら、やっぱりアニキもき」


「お前は知らんかもしれんが……いや! 今朝だけでも片鱗は見えたろう! 少なくともこの男に舵取りをさせれば、船が山に登るどころか、地中を潜ってマントルに付き抜けかねんのだぞ!」


「……しれっと珍妙な表現の評価をされたもんだな」


「正当な――いや、むしろまだまだ可愛い評価だ!」


「それなら……お前がやるか?」


「わ……私か……?」


「ああ。この学園のルールで高みを目指すなら、確かに他の派閥に組み込まれるなどというのは愚の極み。ならば独立してグループを作る必要はある」


「そ、それはそうだが……」


「少なくともそういうモチベーションは、お前のほうが高いだろう」


「う……」


 そう。


 俺に関して言えば自らを鍛えることさえできれば――。


 椿芽の言い方で言えば、『好きに暴れていられれば』、基本的には満足だ。


 学園のルール上での特典――在学中の地位や、卒業後の名誉などにはあまり興味がない。


 それがあるのは寧ろ、鳳凰院流の看板を背負っている椿芽の方だ。


 この学園を好成績で卒業できれば流派の名は確実に上がる。椿芽がここに来た理由はもちろんそれだけではないものの、その思惑が全く無いわけでもない。


 無いのだが……。


「わ、私は……そういう、リーダーというものには向かない……」


「……?」


 急に勢いを失った椿芽に、事情を知らない茂姫が怪訝そうな顔をする。


「では決まり、か」


「………………」


 椿芽も『事情』における部外者の茂姫が居るこの場では、込み入ったことを含めての話はしたくないようだ。


 黙して、一応の不承不承をする。


「一応確認するが……茂姫。お前は俺たちのグループに入りたいということでいいんだな?」


「当然もき! 何をいまさら、もき!」


「ふむ。グループは一蓮托生。結果的にどうなるかはわからないが」


「覚悟の上もき! 少なくともモキもこの学園に来た以上、低いところでくすぶってるのはイヤもき」


「そうか。ならばお前を一員に迎えよう。いいな、椿芽」


「あ、ああ……。少なくとも私とお前だけの状況では、どうにもならんのも事実……」


「やったもきー♪ よろしくお願いしますもき、乱世アニキ、椿芽アネゴ!」


「あ……姉御はやめろっ!」


「もき。ところで……アニキたちは、どのランクになってるもきか?」


「う……」


 一転、椿芽の表情が曇る。


「初期ランクは、事前のテストでの評価で決まったはずもき。アニキたちならさぞや……」


「ああ。Zランクだな」


「……………………もき?」


「ほら」


 きょとん、とした顔のまま固まった茂姫に、晴海先生から受け取った生徒手帳を差し出す。


「ぜ……Zって! そんな最下層ランク、ルール上でしか存在しないもき! 一応、そういうレベルもあるっていう程度で……実力ランクで言うなら、赤ちゃんか子供レベルの評価もき!」


「うう……」


「うっわ、マジモノもき! ちゃんと登録カードに表示されてるもき! 初めて見たもき! っていうかたぶん、学園初もき!」


「ううう……」


「今朝方、椿芽が両断した学園長の銅像だが……なんでも高名な彫刻家の遺作ということらしい。弁償としても値段が付かないほどのものだということだが、そこは情状酌量で安く見積もってくれたとのことだ」


「安くって……?」


「ああ。確か外での金額に換算すれば……6億だったかな」


「ろくおくっ!? 一円玉が六億枚っ!?」


「ゆるい換算をするな。それをランク評価に反映させると、このくらいになるらしい。いや、さらにオーバー分はオマケしてくれた、と言っていたか」


「……お前のせいだ……お前のせいだ……。うう……」


「というわけで俺たちはまずその借金を清算せねばならない。なぁに、3人となれば各自の負担もそれだけ減る。良かったじゃないか、椿芽」


「もう……もう、いい……。なんとでも言え……」


「……ええと。モキは……ちょっとアリエナイくらいに緊急の用事を思い出したもき」


「待て」


 くるりと踵を返そうとする茂姫の肩を、がっちりホールド。


「まずはグループの登録を行わなくてはいかんのだろう。メンバー立会いのもと、このカードに記録する手続きがあると聞いた」


「いや……でも……もき……」


「善は急げなどとも言う。早速、手続きをしてもらわねばならない。それに……今日から寝泊りをする寮の手配も、だ」


 俺は椿芽と茂姫を引っ張るようにして、手続きを承る事務煉に向かう。


「グループの住まいは、基本的にリーダーの寮に順ずるそうだな。茂姫、お前の引越しもある。できれば急いだほうがいい」


「も、モキはやっぱり……」


「はっはっは。笑えない冗談だな? 男に二言はないものだ」


「モキはおにゃーのこもきー! か弱くてぷりちーな萌えキャラもきー!!」


「……それは本気で笑えんな」


「ううう……」

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