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鳳凰院家の秘密

「鳳凰院流は……女児が家と流派を継ぎ、男児が血を遺す」


 俺はざっと、自分と椿芽の出会いを話した後で、そう切り出した。


 出会いといっても語るべきことは、そうそう多くもない。


 環境兵器災害に被災し孤児となった俺は、鳳凰院の家に貰われ……そこで椿芽と出あった。


 災害以前の記憶も記録も持たない俺からすれば……ともすればそれが全てだ。


 あとは鳳凰院の流派のもつ特殊性だけが、俺と椿芽の関係の全てになる。


「フツー、逆じゃねぇか?」


「そうよねぇ。普通は、男の子が家名を継ぐものだって思うけど……」


 我道と晴海先生が顔を見合わせるようにして首を傾げた。


「男子が生まれた場合は、そうだ。実際……椿芽の父親も、現在の当主であるには違いない。しかし……鳳凰院の奥義は、女性しか獲得できない」


 当主が男である場合は奥義は、ただ奥義のままとして次代に持ち越される。


 そして、一子として女児が生まれた際に、その奥義の伝授が行われる。


「女しか覚えられない技……? 女にしか教えねぇとかって……そういうんじゃなくてか?」


「……我道、エロい想像とかしてない?」


「し、してねぇよ!」


 興猫にジト目で睨まれ、我道が狼狽する。


「まぁ……それだけ聞くと、房中術の類とかって思っちゃうわよねぇ」


 房中術がお得意そうな、どこぞの教師が言う。


「だ、だよなァ?」


「……やっぱりしてたんだ」


「語るに落ちたもき」


「う、うるせぇ。ちょっと連想しただけだ」


「我道の予想を裏切って申し訳ないが……残念ながら、そういうつやめいた話ではない」


「……お前も、ついに俺をそういうキャラ位置に据えたままにしやがったな……」


「男女の体質差……いや、遺伝子的な差異か」


「い、遺伝子ィ?」


「また……流派とか奥義とかの流れとしては、イキナリなハナシになってない?」


「現代の知識で鑑みれば、そうなる……ということだ。鳳凰院流が生まれた当時にすれば、単純に男子では極めることができなかった……と、そういうことだったのだろうが」


 古代を紐解けば、流派そのものの始祖も女性だった。


「俺も、仔細に知っていることでもない。とりあえず……鳳凰院流の技は、女性にしか極められない……そう思ってもらえればいいだろう」


「まぁなぁ……。しかし、それがどう……お前と鳳凰院との関係に繋がるんだ?」


「すまんな、もう少し……迂遠な説明が続くかもしれん」


「いや……興味のねぇハナシでもねぇからな。マボロシの流派、鳳凰院流の秘密ってのも」


「あ、でも……それじゃ、血を受け継ぐのも、女性ってことになるんじゃないんですか?」


「そうよねぇ。さっきの言い方じゃ、女性だと流派は継げても血は遺せない的な言い方に聞こえたけど……?」


「ああ。言い間違いじゃない。奥義を極めた当主……女性は、血を残せない」


「なにそれ。今度は流派的なシキタリ……とか?」


「まぁ……そうも言えるか。半分がたはその通りだ」


「半分……?」


「少なくとも……流派が生まれた段階ではそういう意味の方が強かったろうな。鳳凰院家では古来から、女児が家を継いだ場合……血を残すため、男子が貰われてくる」


「さっきは遺伝子とか出たと思ったら……今度は家のしきたり?」


「しかもそれって、厳密には血が残ってないもき」


「そうよねぇ。女の子が生まれるたびに、余所から養子を貰ってくるんじゃ……」


「まぁ、そうなるな。鳳凰院的には……流派、奥義のほうが後に残すべきこととして優先ということだ」


「でも、それなら……その、女性の当主が子供を残すことのほうが、自然じゃないんですか? やっぱり……」


「だから、その辺は……シキタリがどうとかってんじゃないの?」


「旧態依然な伝統ってか……。まぁ、古流にゃ、ないでもないことだけどな。そういう合理的な理由の無い伝統デントーってのもよ」


「いや……理由はある」


「え?」


「決め事ではないが……血を遺せない、具体的な理由は、ある。だからこそ先刻は、半分は、と言った」


「子供を残せない……理由……?」


「ああ。鳳凰院の奥義を極めた者……女は、子を産めなくなる」


「ハァっ!?」


「そ、そりゃまた……なんかイキナリな……」


「仔細な理由は判っていない――いや、調べようと思えば調べられもするのだろうが、鳳凰院の奥義のいくつか……もしくは全ての技を極めた者には、著しい遺伝子の変質、変容が現れる」


「へ、変質……!?」


「……詳しくは俺は知らないが……少なくとも『まともな子供』は産めなくなるのは確かだ」


 記録は見ようと思えば、見ることもできた。


 過去はともかく、近代においては、それなりに記録も残ってはいるのだから。


 そも……今も、鳳凰院の始祖の女性が産んだ『子供』の木乃伊ミイラは、道場の奥に安置されている。


 俺も幾度かは目にしているが……『あれ』を見れば、わざわざ記録を深く紐解いてみようとする気は、ある程度失せる。


「我道、あんたは……鳳凰院流を幻の流派と言ったな?」


「あ、ああ……」


「それが……まぁ、理由だ。古来から、あまり表立って外に出る……いや、出られる流派じゃない」


「それが本当なら、そうだろうな……」


「でも、そんな……遺伝子に異常ってそんなことあるの? 言ってはなんだけど……たかが剣術の技でしょ?」


「理屈までは判らん。いや……わかろうと思えば判るのかもしれないが……」


 ともすれば椿芽の親父殿は、調べたりもしていたのかもしれない。


 なにしろ先代の奥義伝承者は、彼の義母……つまり、椿芽の祖母でもあるのだから。


 だからこそあの人は、畢竟ひっきょう……人間であり、父親でもあったのだ。


 しかし、椿芽は――。


「……なにしろ、外に出ない……幻の流派だからな」


「つっても……遺伝子に異常を及ぼす技て……。なんかむしろオカルトもきよ……」


「いや……そこは頷けるまでってワケじゃねえが、オカルト的な要素はあったぜ」


「……そうね。ひょっとしていつか見た、あの……無刹ってヤツ?」


「え……? そ、それって……」


「そ。勇も椿芽に見せられたやつ」


「…………」


「ああ。アレが代表的な奥義の入り口だな」


 脳の処理領域を最大限に用いて、相手の数手先をほぼ確実に読みきる。


 一応の理屈ではそうなっているが……。


「実際に俺も試してみたことがあるが……ああはできない」


「やってみたの?」


「奥義を受けた訳じゃない。あくまで見よう見まねだが……」


 一手か二手ならば、近いことはできなくもない。


 しかし……それも確実じゃない。


 相手の気まぐれから、瞬きや咳などの不随意に近いものならばまだしも……。


 相手のものでない要因、数瞬先に流れる風などの天候……。


 木々にとまり、飛び立つ鳥の羽ばたき……羽虫程度の動き……。


 そういった、おおよそ不確定の要素まで、確実に認識し、それが及ぼす『偶然』に等しい影響までをも読みきることができる――。


 あれは、『技』などという領域のものではない。


 むしろ……。


「……超能力チョーノーリョク、の領域だわね」


「ちょ、超能力……もきか」


「まぁ……実際に、鳳凰院の技を見たヤツでないと、ピンと来るもんじゃねぇけどな」


「う、う~ん……」


 先生はいまだ、納得のいかないようではあるが……。


「因果や原因などは論じても仕方ない。なにしろ……当の俺がそもそもそういうことに興味を及ぼさなかったのだからな」


 確たる理由をっていたのなら――。


 恐らくは、彼の人――親父殿は、そこで娘を止めることもできたのだろう。


 この学園に寄越させる、その前に……。


「とにかく……結果的に、そういうことになる、ということだ。そして、近代でも実例はある。だからこそしきたり、などという前次代の慣例も今に生きている」


「ま……チョーノーリョクなんだから、遺伝子がオカシクなっても仕方ない……って、そう考えるしかないってワケよね。乱世ですら、そういう認識なんだから門外のあたしらがなんやかんや言ってもさ」


「まぁ……そうなるわよねぇ……」


「………………」


 正直を言えば――。


 そういったことに興味がなかったかといえば、嘘だ。


 椿芽のことであれば……尚のことに。


 しかし――。


 俺がって、どうなる。


 なにより椿芽はそれを望むまい。


 俺は……椿芽の望まないことは、しない。


 少なくとも、あの頃の俺は――。


「乱世……さん?」


「ん? いや……」


 羽多野の言葉を、曖昧に流し、続ける。


「それじゃ、もしかして椿芽は……?」


「そ、そうよね……むしろ、そっちが重要よね。彼女も、もう……?」


「いや。椿芽はまだ奥義を極めたわけではない。先の無刹にしても、鳳凰院流の奥義としては、まだ入り口程度のものだ」


「そ、そうなんですか……?」


「ああ。無刹も確かに奥義の一端ではあるが……あの程度では、そうそう影響もない」


 もちろん、椿芽自身がそういう検査を受けている訳ではない。


 断言まではできないが……少なくとも、その危険があれば、親父殿はもっと、強硬に何らかをしたのだろう。


 俺に命じたこと以上に……。


「鳳凰院流の奥義は学園を卒業してから伝えられる筈だった」


「そうなんですか……」


 羽多野が安堵したような言葉を吐く。


 恐らくは……椿芽を案じて。


「っていうか、アレで入り口……。なんかもう、そっちのほうが非現実的だわ……」


「そうもきねぇ……」


「卒業してから……。成る程な、それであの嬢ちゃんは、来た当初、あれほど躍起になってたのか」


「ああ。伝授の条件にはこの学園での成績も含まれているからな」


 学園を主席での卒業――。


 それが最大の条件ではあった。


 俺には、それをサポートする……そういう目的があった。


 少なくとも……椿芽にはそう望まれていた。


 表向き――には。


「ンなこと聞いちまうと……俺的には、どうあってもそいつを阻止したくもなっちまうがな」


 我道が苦虫を噛み潰した表情で、吐き捨てる。


「もしかして……椿芽さん……それで、乱獣に……?」


「成績が重要なら……それってあるかもね? 椿芽の性格なら」


「天道組はマイペースもきからねぇ……」


「そんな……!」


「いや……嬢ちゃんの意思にしちゃ、なんつーかカゲキすぎる。何らか……頼成の横槍はあったんだろうさ」


「うん。いちお、あたしもそれは踏まえて言ったんだけどさ」


「催眠……暗示……薬物……? どれにしても頼成のお得意だわな。あの短時間と混乱の中で、ってのは……解せねぇが」


「それじゃ、椿芽さん……! 乱世さん、助けなくちゃダメですよ、それ……!」


「………………」


「乱世さん……?」


「いや……まぁ、それはそうなんだがよ。もうちょい、続きがあるだろうな? 天道」


「…………」


「まだ……お前と鳳凰院の関係にハナシが来てねぇぜ? つーか……」


「………………」


「お前は……鳳凰院の……ナニ、だ?」


「え……?」


「……そうね。今の話の流れだと……乱世は、椿芽の手助けをして……奥義を伝授させるのが目的って思えたけど……」


「ああ。ハナシがそうシンプルなら……俺としちゃ、もうちょいこいつの退院を伸ばしてやるだけで済む」


「ちょ……! 我道さんっ!?」


「鳳凰院にとって……その奥義だかを得るのは、確かに本心からの望みなのかは知らねぇ。だけど……俺は、ちょっと納得できねぇわな」


「……関係のない第三者が口を挟んでいい問題か、ということは抜きでか?」


「お前ね。俺にそんな理屈が通用すると思うか?」


「思わんな」


「だろ?」


「ちょ……ちょっと待ってくださいっ! だからって、こんなときに……」


「安心してって、勇。我道も判ってやってるから」


「え?」


「まぁな。だからこそ……お前さんは、俺まで招いて、ンなショッキングなハナシをしたんだろ?」


「まぁな」


「え? え?」


「だから……乱世のいました説明を抜きにして……天道乱世って人間で考えてみればいいの。あたしたちの知ってる、乱世で」


「あ……」


「ね? 乱世が……いくら椿芽が望むからって、素直にそんなコトに……結果、椿芽が不幸になりそうなコトに協力するヤツじゃないってさ」


「乱世さん……」


「過大評価が含まれているな。俺は……そんなに優しい人間じゃないぞ」


「あたし、『素直にはしない』って言ったよ?」


「……まぁな」


 それでも……興猫や我道の解釈は、善しに過ぎているとは思う。


 少なくとも俺は迷っていたはずだ。


 この学園に来たばかりの時には……確実に。


 椿芽の命に従うか……それとも『親父殿の命』に従うか、を。


「それに……その目的からしたら、後押しすべき乱世の行動には無駄が多すぎるもん」


「無駄、か。上手く言うな」


「そりゃそうでしょ。最初のうちは……椿芽にも秘密にしてたことも多かったし……」


「アクセラのこともきね?」


「ああ。俺は最初は鳳凰院はこいつのスペックを知ってて、隠し玉として扱ってるのかって思ったんだけどな」


「ねーさん、当初はアニキのことをかなり過小評価してたモンねー」


 確かに……。


 この学園に来た当初、俺は意図的に椿芽の足を引っ張った。


 それこそ今にして鑑みられれば、あからさまに過ぎるくらいに。


 椿芽は当初は一年でこの学園を卒業するプランですら、居た。


 勿論、それは我道や頼成、秋津や真島といった上位ランカーやそのグループの存在によって、そうそう容易でないということも、早期に判ったものでもあるが……。


 俺にしてみれば、ある程度の『猶予期間』が欲しかった。


 椿芽か親父殿……どちらの『めい』に従うべきか――。


「順序だてて話そう。まず、椿芽が卒業をした場合……彼女は奥義を伝授され、同時に伝統、しきたりに従うのであれば、去勢を為される」


「え……!?」


「そ、そこまですんのか」


「まぁ……例の遺伝子異常ってのがホントなら、合理的って言えば合理的だけどさ……」


「実際には近代における女性当主でも、そこまでをした者はいない……というか、現実問題としては奥義を伝授されたはいいが、そうそう使いこなせた者までは居ないのだがな」


「そうなの?」


「奥義を知ることまではできたにしても……そうそう素質に恵まれたものばかりが生まれる訳でもないからな。それにいかな幻の流派とはいえ、現代に生きる家でもあれば、しきたりもある程度は形骸化する」


「まぁねぇ……」


「しかし……鳳凰院は、その素質ってのがあったわけだ」


「ああ……」


 ここ数代で、無刹まで使いこなせた者は……椿芽のほかには、彼女の祖母ぐらいのものだ。


 その先代の継承者ですらさすがに去勢までは為していない。


 もっとも親父殿にとってみれば、それが……むしろ悲痛であったのかもしれないのだが……。


「去勢……子を肉体的に残せなくする処理は、あくまで古来から伝わる伝承……まさにしきたりや因習に近いものではあるが……」


「あるが?」


「その伝承には、子を成すことを失くすことで、奥義は更に高みに極められる……とされている」


「またそんな……」


「もちろん、今度こそ根拠はない。ないが……」


「……あの嬢ちゃんは、するな。しちまう……な」


「……ああ。ともすれば……仮に奥義を使えなかったとしても、だ」


「え……!? な、なんで……」


「……そうすれば、使いこなせるとかって……そう思うわよね、椿芽は」


「そんな……!」


「そりゃ、なんか……本末が転倒してるもきよ……」


 茂姫の言葉も、一種……真実ではあるだろう。


 しかし実際、椿芽は無刹を使いこなすまでには至っている。


 本末が転倒しないことは間違いのないことだが……それそのものは今は問題ではないだろう。


「俺は……椿芽に奥義と伝承者の名と引き換えに、女を……女性としての人生を奪う手助けを命ぜられた。その……椿芽本人の願いとして、だ」


「乱世……さん……」


「そしてその後……俺は、椿芽と婚姻を結ぶことになる手はずだった」


「え……ええええっ!?」


「さっきも言ったろう。女性が当主となった場合……子を残す為に男児が貰われてくると」


「そ、それが……乱世さん……?」


「もちろん……俺が子を造るのは、違う女性……別の産み役の者、とだが」


「そんな……! そ、それって……!」


 羽多野の動揺は……今の俺にすれば、もっともと感じられる。


 しかし椿芽はそれでいいと……。


 それでもいいと……願った。


 だから、あの時の俺は――。


「俺は……椿芽の道具としてもらわれてきたのだからな」


「乱世さん……」


 無論……あの親父殿であれば、そういう意図なのではなく……。


 俺を引き取るが為の方便に近しかったのだろうと……これも、今の俺ならば判りもする。


 鳳凰院家が男児を引き取るのであれば……そのしきたりに沿った、『産ませ』の男でしか方法はないのだから。


 その中に……親父殿の、本意――。


 父性として椿芽に家族を持たせたかったとか……因習を終えようとしたか……。


 それとも、己の母親の苦悩や懊悩おうのうを見て育ったことに拠るものが基であったのか……。


 そういった意思、真意がどこまで反映されていたかについては……俺には想うでしかないことではあるが。


 だからこそ、しかし――だ。


「しかし……」


「……?」


「俺は……当主、つまり椿芽の親父殿に、仰せつかった命があった」


「椿芽さんの……おとうさんに……?」


「そうだ。椿芽がもし、条件を満たすようであれば……その腕を断て、と」


「う、腕……!?」


「ああ。そうして……奥義伝承を断念させよ、と」


「な、なんもそこまで……」


「……ううん。そこまでしなきゃ……」


「まぁな。あの嬢ちゃんは……諦めなかろうな……」


「そんな……」


「もちろん、それについては椿芽は知らないが……。とまれ、俺はそういった……二律背反する命令を受けて、この学園に来た」


「もしかして……それに気付いたこともあって、鳳凰院さんは、天道くんの元を……?」


「その可能性も無いではないが、な……」


「うん……たぶん根底の原因は……」


「え? 二人とも……何ですか……?」


 我道と興猫に視線を向けられ……羽多野が戸惑った顔をする。


「いや、そういった事よりも――」


 俺が言葉を継ごうとすると――。


「ちょっと待った!」


 興猫がいきなり声をあげて、俺を制止した。


「ど……どうしたの? 興猫ちゃん」


「はぁ……。相変わらず、乱世は……そういうトコまでオープンにしようとすんだから……」


「…………?」


「はいはい、こっから先は……勇と二人で話して頂戴」


「ああ。相変わらずこの馬鹿はそういう部分にゃ、気がまわらねぇのな。ほれ……先生、それとちびすけ。出るぞ出るぞ」


「もき!? な、なんで……?」


「なんで、じゃねーっつーの」


「ちょ……我道くんっ!? せ、先生まだ……天道くんに頼まれごとをされてないんだけど……」


「いいからいいから。そーゆーのは二人の話が終わってからでも間に合うって」


「え……ええええー?」


 我道と興猫は……それぞれ先生と茂姫を引きずるようにして出て行こうとする。


「おい……二人とも。まだ俺のハナシは……」


「だーかーらー」


「そういうのは……まず、嬢ちゃんとハナシをしてからにしてやんな。正直、興味がねぇでも無いが……」


「がーどーおーっ!」


「……にらむなっつの。冗談だって。おい天道!」


「……なんだ」


「お前はどうか知らんが……その嬢ちゃんはあくまでフツーの嬢ちゃんなんだ。ちったぁ……空気、読んでやれ」


「が、我道さん……!?」


「……そもそも、お前たちが盗み聞きしていたからだと思うが……」


「あーあーあー。悪かったって。こっからはマジで一度、どっか行くからよ。まずはきっちり嬢ちゃんと話してやって……それから、改めて呼びかけてくれ」


「そーそー。乱世が平気でも……勇はそうでないんだからさ」


「ちょ……我道さんっ!? 興猫ちゃんも……!」


「…………?」


「どっちこっち……お前がそんな有様じゃ、すぐさまにゃ、動けねぇだろ。安心しな。頼成や鳳凰院のことは、俺たちで探り入れて見らぁ」


「事情はシンプルでしょ? 捕らわれたオヒメサマを救出するってさ!」


「あ、ああ……しかし……」


 椿芽のことは、あくまで俺と彼女のプライベートな事情を前置きにして話しただけのことだ。


 むしろ……あいつを手に入れた頼成の目論見……そういうことのほうが本題であって――。


「それだけじゃねぇって……俺たちが判ってねぇとでも?」


「舐められたモンねー? 我道?」


「……ああ。そうだな。すまなかった」


「すまん、じゃないでしょ? こーゆーときは」


「……そうだな。ありがとう、か……?」


「そーそー。そういう方向の謙虚さが、乱世には必要!」


「もっと人間関係をよくする努力もしなくちゃな? 色男」


 言いたいことを言って……連中はドアの外に消えた。


 残されたのは……。


「あはは……」


 俺と……羽多野の二人。


「……今度こそ気を利かされた……というのかな、これは」


「も、もおっ……! 乱世さんまで……」


「いや……冗談で言ったのではなかったんだが」


「……ですよねー……」


 しかし確かに、そう、かもしれない。


「羽多野……」


「は、はい……?」


 俺は……羽多野のことを避けて通ってはいけないのだと、思う。


「もう少し……こちらに来てくれ」


「は、はい……」


 この学園にきて……俺は恐らく、変わった。


 時にそれに戸惑うこともあったりもしたが……。


「もう少し、だ」


「はい……」


 そしてそれが……この、羽多野勇という少女が原因であることを……。


「………………」


「……乱世……さん……?」


 彼女の存在を……俺は、認めなくてはいけない。


 また怯えて――。


 逃げたりをしない、ように――。


「話を……聞いてくれる、か……?」


「………………」


 羽多野は、僅かに緊張した面持ちを見せて……。


「はい……!」


 俺を真っ直ぐに見つめて……しっかりと頷いてみせた。


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