強く、あるために
「ちょ……アニキ! おーちーつーくーもきー!」
「そ、そうよ! 天道くんっ! アナタまだ……重傷なのよっ!」
「うるさい。二人とも……離れろ」
「……ったく」
病室の出口までもう少し、という所で……ドアが開いた。
「乱世さんの意識が戻ったって――って! なんですか、この騒ぎ! 病室めちゃくちゃ……」
「あ、勇。まぁ……見てのとおりだにゃー」
「見てのとおりって……」
「……椿芽のこと。アレ教えたら乱世がさ……」
「あ……」
腰のあたりにぶら下がる晴海先生、茂姫をそのままに、また一歩踏み出す。
「とにかく……落ち着いてくれるまで死んでも離さないわよっ!」
「……死んでもか」
「う……。先生、前言撤回。殴られても離さないわっ」
「……殴られてもか」
「う……。お、お手柔らかに……」
ゴン。
「痛ぁ~い~! ホントに叩いたぁ……あたし先生なのに~」
「あっさり放してんじゃねーもき! ちょ……アニキ落ち着いてもきー!」
病室を出るまであと数歩……という所で。
「乱世……!」
興猫が立ちはだかった。
「興猫……」
「いい加減にしなってば。アンタ……ちょっとカッコ悪いよ」
「……どけ」
「どかない」
「……どけ」
「いやだね」
興猫は俺の目の前で、腕の刃を展開する。
どうも……本気らしい。
ならば――。
「乱世さんっ!」
今度は羽多野が歩み出る。
「羽多野……」
「………………」
興猫が腕を元に戻して……一歩、退く。
「落ち着いてください……乱世さん……」
代わりって羽多野が俺の前に立つ。
「……どいていろ、羽多野。俺も……あまり女には手を上げたくない」
「……あたしのことは顔色も変えずにどついたくせにぃ……」
「ま、警告はあったもきね……うわ、でっかいたんこぶ」
「乱世さん……!」
「………………」
邪魔をするのなら仕方ない。俺は――。
「……殴る? 勇のことも」
「………………」
「できるの? それ……アンタにさ」
「…………ああ」
俺は……いま、逡巡した、のか……?
何故……?
「ハァ……。いいわよ、振り上げた拳の納めどころを与えてあげる」
「なに? 俺は別に――」
俺が何か言う前に、興猫が病室の壁を蹴るようにして出口を塞ぐ。
「これ以上な、このアタシ様に、カッコ悪ぃ天道乱世を見せ付けるんじゃねぇってんだよッ!」
「…………」
「椿芽と……現時点、最後に会ったのは、勇だよ。彼女に……話を聞いてからでも、遅くはないだろ」
「え? あ……で、でも……」
(……いいから)
(興猫ちゃん……?)
「………………」
「女同士でしか出してない部分ってのがあるって……そういうのは判るだろ、アンタみてぇなポンコツだって! 理解じゃなくてもアタマの知識でさッ!」
「………………」
「失望……させないでよね、あたしを……」
「………………判った」
俺は一旦、拳を納める。
そして……。
「お? お?」
そのまま……(追いすがった姿勢の茂姫をくっつけたまま)ベッドに戻り、腰を下ろす。
「……聞かせてくれ、羽多野。その時のことを……」
「乱世さん……」
「……そんじゃ、あたしらは出てるから。いくよ、茂姫」
「え? あ……でも……もき?」
「いいのいいの、ほら……」
「もき? もき?」
晴海先生にこれまた引きずられるようにして、茂姫も病室を出て行く。
「………………」
一瞬だけ……興猫が、羽多野に視線をやったように思う。
「…………うん」
それから……。
「……べー」
俺に向かって、アカンベーをしてから……興猫も部屋を出た。
※ ※ ※
「そうか……」
一通りあの夜、嶽炎祭で見た最後の様子を羽多野から聞き終えた。
「乱世さん……。椿芽さんは……」
「ああ、判ってる……」
椿芽が自分自身の意思で、頼成の元に行ったのであれば……俺はそれはそれでもいいことなのだとも思う。
納得はしないまでも……理解ならできるのだと。
しかし……。
あの時は状況が状況だった。
俺はまず、椿芽が何らかの原因で頼成に操られているのではないかと、そう勘ぐった。
だからこそ……あそこまで無理を押しても、椿芽に真意を確かめようとした。
「しかし……そういう様子でも、なかったのだな」
「でも……! あの時は、そう見えた……少なくとも自分の意思で話をしているように、わたしには見えただけで……! 操られているかもっていうのなら……そうだったかもしれません! だったら……!」
「………………」
「乱世さん……?」
「もちろん、何らか……。頼成の手による、きっかけか……作為的なものはあったのだと思う」
「は、はい……! でもなければ、椿芽さんがあんなこと……!」
「俺が……」
「え……?」
「俺のことが理由と……そう言ったんだな、あいつは」
「は、はい。でも……!」
「……………………」
「乱世……さん……?」
「それならば……」
「え……?」
「あいつが『それ』を口にしたというのなら……思い当たる……いや、理解しうる部分が、俺には……ある」
「どういう……こと、ですか……?」
「そうだな、その前に……」
俺は、病室のドアに呼びかける。
「そこの連中!」
『………………!!』
「……気遣いをして席を外したフリをして、その実、外で立ち聞きするなら……いっそ全員入ってきてくれ」
「え? え? え?」
ドアが開いて……。
「ごめんもき、アニキ……」
「にゃははは……」
「ちょ、ちょっと……先生、知的好奇心で」
ぞろぞろと、さっき出ていった連中がバツ悪そうに入ってくる。
「み、みんな……!?」
「よ、よぉ……」
「我道さんまでっ!?」
「……イヤに大きい気配があると思えば……やはりか」
「シェリスの様態も確認したし、マジに見舞いに戻ってきただけだったんだが……。いや、正直言やぁ俺も鳳凰院のコトは気にかかってたのも確かだ」
「そうか……」
「悪いな。やっぱ部外者は出るぜ。ほら……先生よぉ」
「えー?」
我道は気を使ってそんな事を言う。
相変わらず、風体に似合わず細かな配慮をする奴だ。
「いや……折角だから、アンタも……それに他のみんなも居てくれ」
「あぁ? でもよ……」
「いいの?」
「他のメンバーと同じく、我道も俺と同じ当事者だ。それに先生には……」
「あ、あたし?」
「直接には関わりはないが……先を見据えると、ともすれば……聖徒会相手に動いてもらわなくてはならない可能性もある」
「聖徒会……?」
「ああ。遅きに失してなければいいが……」
頼成が椿芽を引き入れたのは……只の助平根性からなどではないだろう。
だとすれば、狙いは――。
「乱世さん……」
「……ああ」
ならば――。
俺は――強くならなければならない。
頼成に負けたのは、ただ実力の問題じゃない。
俺の……俺自身の理由に拠るものだ。
そのためには……。
「その為には……お前たちの協力が、必要だ」