嶽炎祭の幕
嶽炎祭の閉幕から3日後――。
「どうだった? 乱世……」
病室を出てきた晴海先生に、興猫ちゃんが心配そうに声をかける。
「心配いらないわ。身体的な怪我に関しては、2、3日で全快する程度。ドーブツ並の回復力だって、保険の先生、驚いてたわ」
「そうですか……」
わたしは、ほっと胸をなでおろす。
「そんじゃ、アニキは?」
「まだ眼を覚ましてはないから……もうちょっと、会えないとは思うけど」
「そうもきかー」
「むしろ……怪我そのものは我道くんのほうが深いんだけどね。鎖骨が一本、折られてたから」
「……そうは見えない勢いで、さっき飛び出してったけど」
「まぁ……彼もドーブツ並だから。ううん、動物以上、かしら?」
「………………」
結局――。
嶽炎祭は、あのまま……ほとんどうやむやに終わった。
頼成とチーム乱獣には、あの日から三日が経過した未だに学園行事妨害の嫌疑がかけられているようではあるけど……。
聖徒会がそれを追求しているかどうかは怪しいと、興猫ちゃんは言っていた。
「勇……?」
「うん……」
もっとも、わたしはそんなことよりも……。
あの日以来、椿芽さんがわたしたちの前から姿を消してしまったことのほうが……重要だった。
あの時のことを含めて……いったい、乱世さんになんて説明したらいいんだろうか……。
わたしたちがそれぞれに沈痛な面持ちで考え込んでいると……。
「天道乱世は……まだ入院中か?」
「なによ。聖徒会副会長が……殊勝にお見舞い?」
興猫ちゃんが、いきなり現れた生徒会副会長、牙鳴遥さんにも物怖じすることなく、言う。
「馬鹿な。我が君……会長じきじきに保健室まで運んで戴けたのだ。むしろ礼を言ってほしい程の事だな」
「……そんなこったろうね、あんたらは」
「それじゃ副会長、なにしに来たもき?」
「ん……。まぁ、ちょっと確認事項を、な」
「確認……事項?」
「お前は……?」
なんだろう?
副会長さんは……なぜか、わたしの顔を見て、ちょっと驚いたような顔を見せたような気がする。
「え? あ……天道組、羽多野勇、です」
わたしは……そういえば直接、お会いするのは初めてだったかも、と一応、名前を名乗ったのだけど。
「いや……それは……知っている、が……」
「……?」
「いや……いい。まぁ……お前たちから確認してもらえばいいだろう」
「なによ。副会長がじきじきに確認事項って」
「異例なのでな。この按配では……天道乱世も知らぬことであろうと思うが」
「……?」
なぜかわたしは……そのとき、嫌な予感がしたのだと思う。
「天道組、鳳凰院椿芽から……チーム乱獣への移籍届けが提出されているが……これは正規のものか?」
「え……ええええええっ!?」
※ ※ ※
私と――。
「……………………」
「………………」
龍崎志摩の体が、その刹那の間に交差を、して抜けた。
「……貴女……ッ!?」
「………………」
背に……龍崎の鋭い聲。
苛立っているような……厳しく棘のある声音。
だが……今の私には、いっかな届くものでもない。
「何時の間に……こんな邪道な剣を……!」
「……邪道?」
私は――。
そのまま……小豆長光を鞘に戻す。
「ぐっ……!」
龍崎志摩の体が斃れた気配を、背に感じる。
「し……志摩ーッ!!」
勝者のアナウンスもままならぬまま、軍馬銃剣がそこに駆け寄った。
体も癒えぬまま、リベンジの約束などを突きつけられても困る。
私はそのまま……振り返りもせず、歩み、離れていく。
「邪道、と言ったか?」
『しょ……勝者ッ! チーム乱獣……鳳凰院椿芽ッ! 試合決着時間……に、二秒……っ!』
くだらぬ。
くだらない……相手だ。
「違うな、龍崎。これは……覇道の業、だ」
そのまま……頼成の元に戻る。
「やるじゃねぇか」
「試しのつもりか……くだらぬ闘いは御免だ」
「へへ……。そう言うな」
頼成の手が肩に触れようとするのを、私は避けた。
小さく舌を打つのが聞こえた。
「……いつ、奴との試合を組んでくれる」
「焦るなよ。組織にゃ……やり方ってのがある」
「……くだらんな」
「おい……椿芽っ!」
私は……少しだけ歩みを止める。
「私を女として用いようというのなら……器を示してもらおう」
「器? 言うモンだな、お前……」
「価値があるなら……抱かれてもやるよ」
どうせ……その程度のモノだ。
私はそのまま、その場を後にしていった。
「ちっ……」
(ちいと……自由意識を残しすぎたか……)
(だが……それでないと、意味がねぇんだがな……業腹だぜ)
(もっとも……『リンク』が完全に済めば、それで用済みだ。あとは……お望みどおり、人形として扱ってやるぜ。クク……)