頼成直人
しばらく進んだ後――。
「……………………」
俺と我道の目の前で牙鳴円がふわり、と着地した。
「ここか……?」
ちょうど、森林地帯コースの終端近く……本来のコースをやや外れた、不自然に開けた場所――。
「こんなところに身を隠せる場所が……?」
「おい……。乱世、アレだ」
我道が指したほうには、地面に半ば埋まった入り口のようなものが確認できた。
「地下……か?」
「ああ。見かけはショボくれちゃいるが……でかいぜ」
我道の言葉に頷く。
月が翳ったせいで、判り難さに拍車はかかっているが……。
周囲の造成などから、そうそう小規模なものでないことは、少し観察した程度で読み取れた。
「さっきの施設といい……随分と準備のいいことだな、頼成の野郎……」
我道が吐き捨てるように言ったとき――。
「まぁな。お前らがケンカごっこに現を抜かしている間に……やることはやってるんだよ、こっちはな」
「頼成……!」
近くの茂みから頼成が姿を現した。
「へッ……。大仰な準備をしてやがったんだ、てっきり中で待ち構えてると思ってたんだがな」
「そこは正直に言っておいてやってもいいか。正直……そうするつもりだったが、お前たちの動きが早くてな」
言いつつ……ちらり、と牙鳴円を見た。
「……なるほどねぇ、アンタが居たか。聖徒会の使命に目覚めたとも思えないが……」
「………………」
当の牙鳴円は、頼成の言葉を聞いているのか聞いていないのか……ただ、小さく首を傾げていた。
「まぁいいさな。ここまできて罠だか仕掛けだかでお茶を濁されるのも、お互い本意じゃねぇだろ?」
「確かにな」
「それに……俺の今の目的は、八割がた、果たしたようなものだしな」
「なんだと……?」
俺は焦燥が言葉を発させているということに自らで気付いている。
椿芽を誘拐した上で『目的は果たした』などと――。
挑発の類と思いはしても、厭な予感が抑えきれるものでもない……。
「へへ……来るかい? 王子様よ」
「……………………」
す……と、頼成の視線を受けたまま、一歩を踏み出す。
「余裕だな、頼成。この状況で……」
同じく、我道も踏み出そうとするのだが――。
「すまない、我道。ここは……俺にやらせてくれ」
「はァ?」
我道が声を上げるのも、心情的に無理からぬことではある。
「おいおい……冗談だろ? 俺だって……」
仲間であるシェリスにあんなことをされた遺恨はあるかとは思う。
思うが――。
「すまないが」
「おい、天道。勘違いをするなよ? 俺は……別にお前と仲間同士ってワケじゃねぇ。指図に従う謂われはねぇんだ」
「……………………」
「頼成の前にてめぇをぶっちめて……それからでもいいんだぜ」
「……………………」
「……強情……つーか、聞きもしねぇのなァ、お前はよ」
我道は呆れたように溜息をついてみせる。
「この我道様が凄んで見せてんだ。ちったぁ動揺くらいしてみせろよ、可愛げのねぇ……」
「すまん」
「うわ、ホントに可愛くねぇ……」
げんなりとした顔を見せる我道。
「ま……百歩譲って俺はいいとしてもだ。あっちの聖徒会のねーちゃんだって、頼成とやりあうつもりだったんじゃねーのかよ。なぁ、会長さん――」
「………………」
牙鳴円は相変わらずの無表情のまま……お行儀良く、その場に腰を下ろした。
ついでに、どこに持っていたのか……弁当とお茶を取り出して食し始めてる。
「いきなり観戦モードかよ!」
「………………ん」
牙鳴円は相変わらず小首を傾げるようにしつつ、握り飯の一つを我道に差し出した。
「……いや、欲しいわけじゃなくてだな」
我道がさらにげんなりした顔をする。
俺も……この女だけは良く判らない。
とりあえず殺気や闘気の類は微塵も無い。
俺の邪魔をするつもりも毛頭無いようではあるが……。
「ちっ。判ったよ。お前に任せてみるが……」
我道はやや、表情を厳しくし……。
「……意地でどうにかできる程、甘ェ相手じゃねぇぞ、頼成は」
小声で、そう続けた。
「ああ」
我道は、もう一度だけ『可愛くねぇ』と吐き捨て、牙鳴円の横に、どっかと腰を下ろしてみせた。
……別に、一緒になって座り込む必要はないとは思うのだが。
まぁ、いい。
「……待たせたな」
「お? なんだ……本気でてめぇ一人で来るってのか?」
「舐められたもんだ――とでも?」
「それも有るっちゃ有るがな。クク……」
「……可笑しいことがあるか?」
「ああ。こうも……思惑通りにコトが運ぶとな」
「……ほう」
「言っちゃなんだが……今のこの場においての闘いでは、俺は我道には興味が無ぇ」
「……ンだと?」
「意外性が無ぇからな。そういう意味じゃ……俺は天道乱世。お前の方に興味があってな」
「てめ……! ケンカ売ってやがんな?」
我道が腰を浮かせて立ち上がろうとするが。
「……我道、任せると言ったろう」
「わ、判ってるけどよ! ムカつくだろ、あの野郎はよ!」
「クク……。誤解すんなよ、我道。実力って意味じゃお前のが天道なんざよりぜんぜん上だろうよ。しかし……」
頼成は、再び俺を見る。
「しかし……意外性はねぇ。俺は天道、お前に……いや、正確に言や、お前の『アクセラ』に興味がある」
「……ほう?」
「ああ。それが……どうにも早道みてぇだからな」
「なに……?」
早道――とは?
「おっと、この辺だ。いつまでもギャラリーを待たせるワケにもいかねぇだろ?」
言いつつ頼成は、僅かに半身を開いて……俺を見据えた。
「む……」
それが……構えだと、気付いた。
(似ている――)
この学園に来てしばらくも経つが……。
この頼成という男の闘いは見ていない。
他者との小競り合いのようなものを目にした覚えこそはあるが……。
それは到底に闘いなどとも呼べない、お遊びの延長程度のものだ。
しかし、その少ない情報の中にも僅かに抱いていた違和感――。
(何かが……似ている。俺に――!?)
何れの格闘技にも属さない、その構え――。
いや、それはあくまでも外見のことだけだ。
そうではない……何か、根底にあるものが……?
「いくぜ……!」
頼成が無防備にも見得る態勢そのままに、足を踏み出した。