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遙の思惑、円の思惑

「こっち、要救助者だ!」


「奥もだ、担架回せッ」


 聖徒会の連中は、我道の連絡によって驚くほど呆気なく……驚くほどに早く、現場に到着していた。


「……………………」


 龍崎やシェリスをはじめ、心身共に早急に処置が必要な被害者たちを、てきぱきと救助し、搬送していく聖徒会の制服たち。


 まるで――。


(まるで……全て準備や用意を整えていたかのように……)


「ガドー……」


「心配すんな。お前のカタキは……俺がとってやる」


「ん……」


 担架に寝かせられたまま、弱弱しく我道に笑んで見せたのが見えた。


 そのまま聖徒会の医療車両に乗せられ運ばれていく。


「……………………」


「……我道」


「あれは……ダメだ」


「……………………」


「医者でもねぇ素人にだって判る。少なくとも……あいつはもう、闘えねぇ」


「……だろうな」


「ちッ……!」


 我道は手近な樹を力任せに殴りつける。


 そうそう細くも無いその樹木は、真っ二つにへし折れて倒れていく。


 救助などの処理を行っていた聖徒会の連中が、何事かとこちらを見てざわついていたが……。


「見てんじゃねぇっ! 仕事しろ……仕事ッ!」


 我道に一喝され、慌ててそれぞれの作業に戻っていった。


「……落ち着け」


「ああ。わかっちゃ……いるがな」


「………………」


 言うが……到底にも判っている顔ではない。


「あいつは……シェリスは、俺がこの学園に来たばかりの頃からの……仲間だ。他の連中が適当にやってるばかりの中で、あいつだけは……組のためにって意識で働くことも多かった」


「……正しくは組のために、ではないだろう」


「ああ……判ってる。俺のため、だ」


 我道はそのとき、笑んだろうか。


「俺も多分に漏れず、適当だからな。アイツはその分を補おうってのか……俺にしたら鬱陶しいって思うことも考えたりもすれば、思い余って先走っちまうことも有る」


「そうだな。知っている」


 皿騒動の時も、そうだ。


 シェリスはただ我道の為にと、俺たちとの闘いに命さえ賭けてみせた。


「だけど……だけどよ……!」


「……………………」


 我道は、何度も手近な樹木を殴りつける。


「タチの悪ぃイタズラじゃあ済まさねぇぜ、頼成の野郎……!」


「……………………」


「乱世……」


 興猫が、破壊されて歪んだ両足を不自由そうにしながらも、俺に声をかけてきた。


「興猫……お前も一緒に乗ったほうが良かったんじゃないか」


「あたしのは……治療とかそういうんじゃないし、さ」


「かもしれんが……」


「いちお、ある程度は自分で直したしよ、ほら」


 確かに彼女の義足は、一応歩ける程度には修繕してあるようだった。


「いま、茂姫に頼んで新しい義足を運んでもらってる」


「茂姫は無事だったのか」


「まるっきり無傷、ってワケでもないみたいだけど……なんとか隠れてて無事だったみたい」


「そうか……」


 忘れていた訳でもないが……あいつはあいつで相当にしたたかなところがある。


 むしろ、このアジトに連れ込まれていなかった以上、どこかに逃げおおせていたのだろうとは思っていた。


「届いたら追いかけるよ、あたしも」


「ああ。頼む」


「やれやれ……あたしには『無理すんな』とか『大事をとって』とか言ってくれないワケにゃ?」


「お前がそんなにヤワな女だとは思っていない」


信頼シンライ、って……思っておくけどね?」


 心情的には、興猫にも休めと言ってはおきたい。


 しかし……当の頼成がどれだけの戦力を隠しているか判らない。


 我道とそして俺だけで椿芽を救出できるものか……。


「もっともあたしの場合、仮に乱世が止めたって、追いかけたろうけどね」


「ああ。それも……知っている」


「ン……」


 興猫にしてみれば目の前で頼成にいいようにやられたようなものだ。


 それではプライド、というものが許すまい。


「……羽多野は……?」


「まだ目を覚まさないけど……大丈夫、怪我とかはないから」


「そうか……」


 頼成がさらった女性たちに、何らかの目的をもって薬品の投与をしたこと……。


 ともすれば陵辱においてをや、何かしらの意図があったとするのなら、それが行われるまでは、ある程度は大事に扱うものであろうとは思っていた。


 ならば、それをされる前だった羽多野が案ずるほどの容態でないということも半ば判っていたはずだが……。


(安堵を……しているか、それでも俺は……)


 そこに――。


「天道……それに我道。お前たちにも事態の収束のため、聴取を行いたいところだが……」


「牙鳴……遥」


「どうも……素直に従ってもらえそうにはないようだな」


 肩を竦めながら、言う。


 それは……芝居がかかった態度だ。


「判ってるじゃねぇか。だったら……無遠慮に話しかけてきてんじゃねぇッ!」


 我道の苛立ちは尤もだ。


 もっと聖徒会が迅速に動いていれば……こうはならなかったろう。


 いや――。


「ふん……」


 俺の視線を受けて、牙鳴遙は口の端を歪めてわらう。


「……わざと……動かなかった、か?」


「なにィ……?」


「……………………」


「聖徒会は……わざと動かなかったな」


 なぜ、そう思ったか……。


 自分でも明確な理由はない。


 ないが……。


「聖徒会の末端が烏合としても、頼成の隠していた手勢が予想以上だったにしても……」


「……………………」


「少なくとも……あんた自身がそれに遅れを取るようには思えない」


 聖徒会自身の被害を慮ったか、それとも何か他に意図があったか、それは判らないが。


「てめぇ……」


「憶測でものを言ってもらうのは困るな」


「言うさ。この状況でもあればな」


「見てのとおり……執行部は動いているよ。事後の処理にな」


「事後、だぁ? どのクチで終わったとか言いやがる」


 やはり。


 そしてそれを……いまや俺たちに隠そうともしないのか。


「ああ、事後だ。嶽炎祭は『多少の』トラブルはあったものの、例年のとおり、最後まで実行される」


「……助力の意思はない、ということだな」


「生徒間……選手間でのトラブルは、そちらで始末をつけてもらわないとな」


「けッ……! 頼むかよ! 天道、行くぜ。頼成の野郎も足で逃げてやがんだ。そうそう遠くには行けやしねぇ」


「ああ」


 しかし、俺はもう一度、牙鳴遥に向きなおり……。


「最後にもうひとつ聞く」


「許可しよう?」


「これは……聖徒会の総意、か」


「ふん……」


 牙鳴遥は、俺や我道を嘲るような笑みを見せて……。


「総意である」


 遙は今やどこか愉快げにさえ、見える。

 

「私が……私自身が聖徒会なのだからな」


 それだけ……言った。


※        ※        ※


 それから……俺と我道は競技用の自転車を使い、頼成の足取りを追う。


「ちっ……! とは言っても……!」


 明確な当てがあるということでもない。


 ただ……頼成も己の足で逃走しているのであれば、この山道ならば経路は限られてくる。


 もっともそれも、拓かれていない山中にあえて足を踏み入れたのであれば、絶対のことではなくなる。


 しかし頼成も追跡は考慮しているはずだ。


 競技のために仕掛けられたトラップやコース管理のためのセンサー類をいちいち処理しての足止めなどのリスクを犯すとは思えない。


(だとすれば山中のコースが終了する砂丘地帯までは順路のままに行く……と、思いたいが……)


「鳳凰院の生徒証の反応は……ないか」


「ああ。その辺は当然の対応だろうな」


「ちっ……。いま、ウチの連中もそれぞれに向かっちゃいるが……」


「……………………」


 興猫も、恐らくはそろそろ……出た頃だろう。


 無線はまだ生きているが、それこそ逆に頼成に傍受でもされれば、手を見透かされる。


 興猫も判っているから、あえてそれをしてこないのだろうが……。


 羽多野の容態も依然として気になりはする。


 この状況で俺が案じても意味がないと知ったうえで……。


 そして――。


(椿芽……!)


 焦燥――なのか。


 俺は、また……。


 自らの胸中に生じた、『有るはずのない』混乱、困惑……動揺……。それらに気づいていた


(無視ずべきだ……いまはそういう類のことも……!)


 と、考えた刹那――。


「む……?」


 並走する……何者かの影……。


 いや――?


「なんだ……ァ?」


「……………………」


 我道が声をあげたのも、むべなるかな。


『それ』は……並走などはしていない。


 走る素振りはおろか、ろくすっぽ動きのそぶりすらもなく直立したままのような、この状況ではある種異様な、不自然な体勢のまま……このスピードと平行してついてきている。


 まるでモノの本などに言う、幽霊の類のように。


「物の怪……いや、違いは無い、か……」


 俺達がその『異様』を警戒し、止まると……。


「……………………」


その『異様』――――。


「牙鳴……円……?」


 彼女もまた、俺たちの数歩先に『着地』した。


(長く……早い、跳躍か……)


 それで俺達に並走してきた。


 しかも、あの体勢の乱れの無さからすれば、最低限のみの脚力のまま、他には多少の微力もたたえずに。


 それでいて彼女はまるで重力すらも感じ得ないほど、ふわりとした着地をしてみせた。


 真実、幽霊や物の怪などと言っても、それは果たして差し支えのある表現とも思えない。


「なんだ……? 聖徒会は……関与しねぇんじゃねえのかよ」


「……………………?」


 牙鳴円は我道の言葉の意味が判らないとでも言うように、小首を傾げた。


(いや……)


 まるで、言葉を――言語そのものをせてはいない、とでも言うような態度で。


かれた、か。お前は……」


「……………………」


 首は傾げない。


 っと……俺を見据える。


「頼成に……いや、それだけではない悪鬼羅刹あっきらせつの影にでも……」


 俺のそれは予感だ。


 敵は……おそらくは頼成そのものではない、と。


「い、る……」


 薄い朱を筋に引いただけのような唇が、緩緩ゆるゆると開く。


「きこえる……」


「……………………」


「……満ちる……おと……」


 哂う。


「満ちる……?」


 こくり、と頷く。


「雑っした……血、が……」


 薄く、笑む。


「どういう……こった?」


「何かの気配を感じた……とでも言うのか」


 いや……それも御幣まみれの表現か。


 しかし、俺はそのままに続ける。


「頼成の強さか……もしくはその悪意に、か」


「うン? そんで……俺たちを?」


 助けるため――ではあるまい。


 あるまいが……。


「わからんさ。この……物の怪の考えることなど……」


「……………………」


「はぁ……。まぁ、な」


「しかし……」


「…………」


 再び……跳ぶ。


 相変わらずに、重力や大気の抵抗すらも感じさせないままに。


 それは、真夏の逃げ水のようにも見えた。


「しかし……少なくとも方向は同じなようだッ」


 その物の怪――生徒会長なる幽霊の背を見失わないよう、自転車に飛び乗る。


 恐らく彼女は、頼成の行き場所もっているのだろう。


 俺たちは、その……ともすればすぐに闇に溶けがちになってしまう背中を、追う。


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