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爪痕

「はぁッ……! はぁッ……!」


 これで……最後の一人……っ!


 なんてヤツらだ……。


 いくら数で勝ってたとはいえ……俺がギアを六段シックスまで上げねばならないとは……。


「へ……へへッ……! 息が……ぜっ……あ、上がってんじゃねぇか、天道……。う、運動ッ……不足……かい?」


「ああ……あんたもな」


「お、俺が……? ぜはッ……ば、ばか……ぜッ……い、言うな……!」


「……いいから喋るな。余計に体力を消費する」


「可愛くねぇな……相変わらずよぉ……」


「……………………」


 俺は倒れている連中の一人のマスクに手をかける。


 今まで無名であったとはいえここまでの実力者だ。


 その顔を拝むくらいは勝者の権利として許されてもいいだろう。


「………………!」


「な……なんだァ!?」


 我道が素っ頓狂な声を上げたのも仕方がない事。


 マスクの下にあったのは……。


「お、おんな……!?」


「……のようだな」


 知らない顔ではある。しかし……女性であることそのものは見紛うこともない。


 よくよく見れば、スーツに浮いたボディラインは、確かに女性特有のものだ。


 一目してわかりそうなそのことに、今の今まで俺や我道までもが気付かなかったのは……。


(女性離れした……あの能力だ)


 もちろん、女だから非力、などと前時代的なことを言うつもりなどは毛頭ない。


 ないが……。


 女性であれば女性特有の特性、というものがどうしても見えるものだ。


 それは骨格や筋肉のつくり……その他からすれば、隠し様もないほどに。


 また、男性には男性の、女性には女性の鍛え方というものも厳然として存在する。


(この体躯で……あの剛性……? ばかな……)


 我道のように、『気』などを用いているというのなら、いくらかは納得もあるが……。


(そういうものでもない……? なんだ……これは……)


「こっちの奴も……こっちもか? 全員女……?」


「全員か……?」


「ああ。このおっぱいは……ホンモノだぜ」


「……揉むな」


「うわ……冗談じゃねぇぞ。俺は……オンナは本気で殴らねぇ主義だってのによ…………ん?」


「どうした」


「こいつ……見覚えがあるな」


「なんだと?」


「確かパンクラスの一年坊だな」


「間違いないか?」


「俺が一度目をつけたオンナを見間違うはずがねぇだろ」


「なるほど」


「……即座に納得されるのも、それはそれでナンだな」


「いや、あんたが目をつけるくらいなら、この強さも……」


 わからないものでもないのか――?


「いいや、実力はそうでもなかったはずだ。むしろ……贔屓目に見て十人並みってぇトコだったな」


「なに……?」


「ツラが好みだったから覚えてたんだよ、俺は。あー……俺、おもいっきり、顔面に入れちまったよなぁ……もったいねぇ」


「……………………」


 十人並み……これでか……?


「確か半年だか前に行方不明になってたはずだぜ?」


「半年……?」


「ああ。間違いねぇ。龍崎に頼まれて、ウチの店にも尋ね人の張り紙をしたもんだ。まさか頼成の手下になってたとはな」


 半年……? たかだか半年でそんなにもレベルアップするものか……?


「いや……あの美貌だったんだ。ともすりゃ奴隷生徒に成り下がってたのかもしれねぇな」


「奴隷生徒とは……あの、頼成の教室にはべらせられてた……女たちのことか?」


「ああ。あいつは目をつけた女をすぐに薬でぶっ壊して、自分の奴隷にしちまうからな。救えねぇぜ」


「それは俺も知っているが……」


 しかもそんな、薬で壊された女が……?


 いや――。


 薬――?


「我道……!」


「ああ。おちゃらけはココまでだ。俺だって気付いてるよ、この強さ……不自然だってぇことにはな」


「そうか。ちょっと心配だったが……」


「お前ね。言っとくが……俺は少なくとも、アタマじゃお前なんざより、ぜんぜん上なんだからな。忘れがちになってねぇか?」


「その博識なあんたなら、もうひとつのことにも気付いているな?」


「ああ……。この連中の異常なパワー。今回攫われたのも女ばかり。なぜ女だ、ってぇ理由まではわからねぇが……」


「頼成は意図的に女ばかりを集めている……?」


「趣味……じゃねぇな。むしろ、奴隷生徒に関してもカモフラージュかもしれねぇ。ここまでの『成果』を見せ付けられちまえば……な」


「さすがだな。本当に回転は速い。ということは……」


「ああ、鳳凰院と羽多野のお嬢ちゃん。それにあの興猫もか。あいつらを先行させたのは……ちっとヤバいぜ」


「椿芽……ッ! 羽多野っ……!」


 俺と我道はすぐさま、椿芽と興猫の突入したアジトに向かった。

※        ※        ※


 アジトの中で見たのは……。


「ひでぇな……こりゃ……」


 なんらかの形で陵辱を受けた女性たち。


 その中には……。


「ガ……ガドー……」


「シェリス……!? 畜生……ッ! なんてことを……」


 シェリスだけじゃない。龍崎志摩や……そのほか、顔見知り程度の女生徒たちも散見される。


「椿芽は……!?」


 俺が椿芽の姿を探していると……。


「ら、乱世……」


「興猫っ……!」


 興猫は両足を無残に粉砕され、床に転がされていた。


 一見、重症のようだが……。


「だいじょぶ。壊されたのは義足だから」


「だろうな」


 ざっと見たが、ほかに怪我らしい怪我は見当たらないようだ。


「追いかけられないように、足だけやってったんだよ。頼成の馬鹿、あれで結構アセってたんだろね」


「薬物は打たれなかったのか?」


「あたしもクスリをやられたけど……あいにく、あたしの中には抗薬物レセプターが馬鹿みたいについてるからね。この程度じゃ問題ないさ」


「羽多野は……!? それに……椿芽はどうした?」


「勇は……そこに……」


(羽多野……)


 見れば……羽多野は部屋の隅に倒れていた。


 失神はしているようだが着衣に乱れも無い。陵辱や暴行を受けた形跡も見られない。


「椿芽は……?」


「頼成が……つれてった……」


「なんだと……?」


「ごめん……あたしがついてながら……」


「いや……お前のせいじゃない。俺が判断を誤った」


「天道……! 追うぜ」


「ガドー……」


「俺はな……自分の女を好き勝手やられるのが……一番アタマに来るんだ」


 俺は……その我道の言葉に即座に乗ろうとした自分を理性で必死に押さえ込む。


「いや……。まずは聖徒会か、他の……パートナーを攫われた選手への連絡だ」


「バカヤロウっ! お前……そんなことしてるうちに、鳳凰院がどんな目にあうか……!」


「判っている!」


「て、天道……」


「乱世……」


「……すまん。わかってはいるが……」


 呼吸を整え、頭を精一杯にクリアにするよう務める。


「まずは……シェリスや龍崎、羽多野や興猫をはじめ……ここの連中の手当てが必要だ」


「し、しかしよォ……」


「あんたも無頼を気取っちゃいるが……その有様のシェリスを放り出していけるほど、割り切った関係じゃあるまい」


「う……」


「ガドー……あ、あたしは……平気……だから……」


「シェリス……」


 シェリスは我道を気遣って言うが、ただ陵辱されただけにしては、顔色やその他が異常だ。


 薬物を投与されたというのなら……過剰摂取オーバードーズの危険性もある。


「……頼成そのものが囮として動いている可能性だって捨てきれない。俺たちが奴を追いかけてここを離れた隙に……別の連中が再び彼女たちを捕らえるやもしれない」


「それも……わかっちゃいるがな……」


「……………………」


 正直を言えば……その可能性は限りなく低い。


 頼成が何らかの目的を持って嶽炎祭の途中などという目立つ機会にこんな大掛かりなことをしたのは……。


 奴の目的に見合った『女』を捜すことだった、と考えられもする。


 だとすればここを放棄した以上は、その目的は達せられた、ということになる。


 その目的とは――。


(椿芽……!)


 しかし……そうは思っても、だ。


(わずかとはいえ、見えている危険性を……私情で見過ごしては……いかん……)


「わかった……。聖徒会には俺が連絡してみる。本部が復旧しているといいんだがな……」


「すまないが……頼む」


 俺は気絶している羽多野に歩み寄る。


 どうやら自分で失神したか……薬物が用いられたとしても、軽度のもののようだ。


 顔色だけから察しても異常は見られない。


「……………………」


 安堵と同時に、圧倒的な焦燥と……怒りじみたものが胸を焦がしたように思えた。


(錯覚……だ。先の闘いの興奮でも……残っているか。俺が……)


「乱世……?」


 そう――。


 俺は――俺は――。


 俺は――こんなことでは――乱れない。


 乱れようも――ない。


「……………………」


「ら、乱世……その……カオ……」


「……平気だ、興猫」


「………………」


「俺は……冷静だよ。俺はな……冷静……だ……」


「乱世……」


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