囚われる翼
「……………………」
地下通路の中を進む。
何か、またぞろ仕掛けでもあるかと思っていたのだが……流石にそこまでの準備はできていなかったようだ。
「やっと追いついた……椿芽、ちょっと待ってってば!」
「興猫? お前まで……どうしてついてきた」
外の連中は、存外に手強い。
乱世に我道まで加わって遅れを取るとは思わないが……それでも楽勝とまではいくまい。
「なんでって……椿芽、あんた一人じゃ……」
「余計なお世話だ」
「うっわ、椿芽ちゃんってば可愛くなーい」
「……………………」
「なによ」
「……余計な世話だ、と言っている」
「なに? けっこー気にしてることだった?」
「……うるさい」
相変わらず……こいつは苦手だ。
私は半ば無視をして先を急ぐ。
外見からはそうも見えなかったが……そこそこに大きな施設のようだ。
「たぶん、昔の嶽炎祭で使われた施設かなんかを改造したモンだね、これ」
「……そうか」
「あのさ」
「……なんだ」
「焦る気持ちはわかるけど……それじゃ、余計にドツボにはまるだけだにゃ?」
「焦りもする。こうしている間にも勇たちは……」
「いやいや、そうじゃにゃくて」
「なんだ、なにが言いたい」
「乱世おにーちゃんのこと♪」
「なッ……!?」
思わず……足が止まってしまう。
「にゃはは♪ 図星ぃー」
「う……うるさい」
「や、マジなハナシ」
興猫はたまに垣間見せる、妙に大人びた表情で私を見た。
「乱世の心が他の誰に向いてたとしたって……椿芽は椿芽なんだよ」
「な、なにを……」
「椿芽が椿芽をやめる理由にはならないんだ。それが楽に思えたとしたって……」
「興猫……」
「それは……結局、逃げだよ」
「……………………」
「そんなんじゃ……あたしと同じ、だ」
「え……?」
どういう――意味か、と問おうとしたとき。
「……………………」
黒服の一団が私たちを遮る。
やはりこの連中は、中にも配備されていたようだ。
狭い通路の中では、そうそう強引に通過はできまい。
「……おしゃべりしている余裕は無さそうだな」
「うん。ここはあたしが……」
興猫が前に出ようとすると……。
「……………………」
「……にゃ?」
なんだ……?
連中は、まるで私たちを奥に導くように、道を開けた。
「通して……くれるって?」
「罠だと思うか? 興猫……」
「十中八九ね」
「しかし……」
「うん。ココは素直に通してもらったほうが、ハナシは速いみたい」
互いに周囲を警戒しつつ……私と興猫は、奥へと向かった。
※ ※ ※
「これは……!」
その開けた部屋の中にむせ返るように満ちていたのは……。
「あ……ぅ……」
「た……すけて……」
全裸かそれに近しい姿に剥かれた女たちと……淫臭の不快な匂い。
明らかな陵辱の痕跡も生々しく、無造作に放置されている彼女たち。
「……相変わらず、わかりやすいマネするわ、あいつ……」
興猫すらも、不快そうに眉をひそめる。
「あれは……!」
他の女たちと同じように、汚されつくして倒れている者の中に、知った顔を見た。
「う……」
「龍崎志摩……!? お前まで……」
駆け寄り、抱き起こすが……。
「あ……ぁ……。あは……ぁ……」
龍崎の顔には普段の凛とした表情は見えず、ただ呆けたような……壊れた笑みで私のことすらも見えていないようだった。
「薬か……!?」
「シェリス……!? ちょっと……しっかりしなってば!」
「う……。油断……した……よ。ちくしょう……」
興猫が助け起こしているシェリスも、龍崎ほどではないものの、薬物を投与されているようで、呂律が回っていない。
まさか……勇まで……?
「ふん……おあつらえ向きじゃねぇか。まさかお前だけ先行してくるとはな」
「頼成……!」
そして……。
「勇っ!」
頼成の腕には……ぐったりとした勇が抱かれている。
「貴様……! 勇に何をした……!」
「ふん……。存外にお前らの動きが速くてな。残念ながらまだ何もしてない。薬がキマってるだけだ」
「貴様……っ!」
刀の鍔に手をかけ……臨戦の構えを取る。
が……。
「にゃっ!? は、離せぇっ!!」
「興猫っ!?」
見れば……興猫は例の黒服連中数人に取り押さえられ、組み伏せられていた。
「おっと……鳳凰院。お前もその刀を捨てな」
頼成は勇の首筋に手をかけつつ、厭らしい笑みを向けている。
「まだ試しちゃいないが……どうもこいつも『違う』。この女も含めて、攫った連中にいまさら未練はないんだぜ?」
「う……」
頼成の指が勇むの首筋に食い込む。半ば朦朧としているのであろう勇も、僅かに苦悶の声を漏らした。
「くっ……」
奴の力ならば、薬で半ば意識を奪われている勇の頚骨を損傷せしめるのなどは、容易いことだろう。
「……分かった」
腰に差していた小豆長光を鞘ごと床に捨てた。
人質などという手段に大人しく従ったところで、どうせ事態は好転しない。
それならばいっそ……と理性の部分は思うのだが……。
(しかし……それでは……)
仮に勇が僅かでも傷つけば、乱世は――。
「これで……よかろう」
「ふん……」
頼成はつかつかと私に歩み寄り……。
「いい覚悟だ」
私の顎を掴むようにし、顔を無理矢理に上げさせる。
「……やはりな」
「なんだ」
「こうして視ただけでも、素質を感じる……。お前ならあるいは……。クク……」
頼成は意味ありげな表情で笑い……。
「おい」
囚えていた勇を、傍らの部下に預ける。
(迂闊な……!)
勇さえその手になければ……と、私が動こうした刹那。
「甘ぇな」
「く……!?」
首筋にちくりとした痛み。
同時に……。
「な……に……?」
がくり、と膝が折れる。
全身を襲う倦怠感と痺れ――。
「つ、椿芽っ……!?」
これは――。
「くく……」
笑みを浮かべる頼成の手には細い注射器のようなものが――。
(薬物……!? しまった……)
「まだ意識があるか……。やっぱりな。お前こそが俺が――」
頼成が何かを言っている。
言っているが――。
「俺が捜し求めていた……『素材』だ」
薄れる意識の中で、その声は、あまりに遠く――。
(乱世……!)