黒衣の群れ
興猫を先導として、自転車で山道を行く。
「この先だニャ……!」
「こ、今度こそは……確かなんだろうな」
「どうした、我道。息が上がっているぞ。先刻の勢いはどうした」
「お、お前な……」
既に、興猫の言う『目星を付けてある』場所を数箇所は回っている。
数箇所とはいえ……この広大なコースの中に点在する、『集団が潜めそうな場所』だ。
それぞれが数キロの範囲にバラけてはいたのだが……。
「俺は連中に自転車も壊されてんだ、徒歩だぞ、徒歩! お前らのあとを走ってついてきてんだぞ!」
「仕方あるまい、お前のガタイでは二人乗りもできん」
「ちくしょう……容赦ねぇな、怪我人に……」
「しッ……!」
椿芽の声に、前方に目を凝らすと……。
「…………………………」
暗闇を、こちらに向けて歩いてくる数人の人影が見える。
統一された漆黒のスーツを纏い、マスクのようなもので顔を隠した集団は、身を潜めることもなく真っ直ぐにこちらに歩いてきている。
「……選手や聖徒会の連中……には少なくとも見えんな」
「ああ。この距離からでも匂い立つほどの殺気……。友好的でないのは確かだ」
「どうやらビンゴみたいニャ」
「へ……。そりゃ助かったぜ。このまま走らせ続けられたら、頼成の野郎にぶち込む『気』が残らねぇ」
「乱世……油断するな」
言いつつ椿芽が鯉口に手先をかける。
「ああ」
不意打ちや数に任せてとはいえ我道を圧倒した連中だ。
油断などありえない。
(ファースト……セカンド………………サード……!)
サード――場合によってはフォースかフィフスまで上げる準備は整えておく。
「……………………」
間合いが――『熟』した――!
「いくぞ――!」
連中と俺たちは、ほぼ同時に動いた。
自転車を破棄し、それぞれの構えを作りつつ走る。
敵は――。
「……………………」
(速い……! 速いが――!!)
無防備な速さ、だ。
(アクセラの領域においては充分に対応できる速度――!)
それは油断や見くびりの類でないとは思う。
思える。
が――。
「ば……馬鹿野郎っ!」
「なに――!?」
「……………………」
俺の突き出した拳は、『まるで見えていたかのように』あっさりとかわされ――。
「ぐっ……!?」
あざ笑うかのように繰り出された、大振りの蹴りが俺を襲う。
咄嗟に交差した両腕でガードしたものの……。
(これは……重いッ……!?)
衝撃を殺しきれず、そのままの体勢で数メートルを吹き飛ばされていた。
「……っと!」
弾き飛ばされる形の俺を、我道が受け止める。
「すまん……!」
「だから言ったろう。連中……普通じゃねぇんだ……!」
「む……」
我道の声からは普段の余裕が消えている。
「確かに……!」
あの体躯……そして攻撃に移る動作……。
どれをとっても、俺のアクセラの三段ギアに対処できる材料はないはずだ。
(あのとき、連中は確実に俺の動きは『見えてはいなかった』……!)
見えていないにも関わらず、それを避けた。
『見えている』……いや、そこに攻撃がくることを『知っていた』かのように……!
(鳳凰院流……七の段、無刹……!? まさか……!)
いや――。
あれが鳳凰院流においても、秘伝中の秘伝であることをさっぴいても……。
違う。ありえるはずが無い。
ないが……。
(同じものではないが……似たものでは……ある……?)
「……………………」
椿芽も同種のことを感じたのであろう。
わずかに緊張の面差しを俺に向けてきた。
(ありえるはずはない……ないが……!)
アクセラを四段ギアにまで上げる。
それも、いざという場合には五段まで瞬間的に上げられる体勢で、だ。
やはり油断はできない。
「へへ……本気だな、天道」
「ああ」
言う我道も『気』を昂ぶらせている。
「あんたもな」
「正直……ヤバいぜ」
「あんたらしくもない言葉だ」
「馬鹿抜かせ、勝てる勝てねぇじゃねぇ」
「ああ……」
我道の危惧する意図は分かっている。
少なくとも時間は稼がれてしまう。
この間にも拉致されている仲間は――。
(羽多野……!)
「ちぃッ……!」
椿芽が抜き放った太刀すらも、敵は容易く二の腕で弾いてみせる。
(手甲か何かか……!?)
それにしても、だ。
椿芽ほどの技量からすれば、防具の『硬度』などは問題にならない。
鳳凰院流の太刀は、それが正しく振られていれば……。
刀そのものの硬度より遥かに強固であろう材質も、苦も無く両断せしめる。
それが……その『技』が仮にも『弾かれる』などということは……。
(刀剣に対する対処もある程度は弁えている、ということか……)
しかし……。
「興猫ッ!」
「な……なにっ!? こっちもこっちで……忙しいンだけどッ!!」
興猫も、連中を二人ばかり一度に相手をしている。
いや……どうにか凌ぎきっている、というところか……。
「……………………!」
あった……!
連中が出てきたと思しき……そして、頼成が潜んでいるであろう、塹壕のように掘られた地下への入り口。
(地下か……! そこまでの用意をしていたとはな……!)
その入り口は、鉄製の門扉で閉ざされている。
「あそこだ、興猫っ! 突破口……開けるか!」
「気楽に言ってくれちゃってサ……!」
興猫は苦笑するようにしてから、相手をしていた連中から距離を確保する。
そして。
「乱世にもまだ見せてない……とっておき、なんだからッ……!」
両膝を半端な正座のように折ると、そこに人工的な断面が現れる。
そしてその両膝の先端、断面からせり出すように現れたのは、大口径の弾頭。
「あの中が広いってことを……願うわッ!」
射出された『それ』は、真っ直ぐに鉄製の門扉を目指し、
それを粉微塵にまで吹き飛ばした。
黒ずくめの連中を、2、3人は軽く爆風に巻き込みながら。
「す、すげぇな……」
「むぅ……俺も、あそこまでのものを持っているとは……」
興猫の体の大半が人工的なもの、というのは既に聞いて、知ってはいたものの……。
まさかあれほどの炸薬を積んだ隠し武器を体に搭載しているとは思ってなかった。
「あは♪ 軽くなった軽くなった」
当の興猫はさして気にもせず、小さく飛び跳ねてみせていたりするが。
まぁ……それはそれとして。
「椿芽っ!」
「む……?」
「行けっ! ここは……俺たちに任せろっ!」
「お、おい天道! 鳳凰院を一人で行かせるつもりかよ」
「いや……いける。椿芽なら……!」
この状況においては、俺たちよりも椿芽のほうが有利だ。
実際……黒ずくめの連中も、刀剣に対する対処は比較的専門外であるのか……。
椿芽や興猫には攻めあぐね、梃子摺っている。
「……わかった」
椿芽は然して迷わず、それに従う。
それに椿芽には『無刹』がある。
多用は禁物の奥義ではあっても、連中の『予測』などとは比べ物にならない。
俺のそういった意図も全て織り込み、椿芽が真っ直ぐに入り口に走る。
「………………!」
連中も即座に反応しようとするが……。
「ちっ、させるかよ……! これが正真正銘、本当のホンモノ……真・デス・ライト・ナックルッ!!」
我道の放った『気』の固まりが、連中をまとめて弾き飛ばした。
(これは……!)
水泳競技の時に遠目で見たものとは、威力そのものが違う。
「行け! 鳳凰院!」
「……すまない……!」
「天道、お前とぶつかるまでのとっておきだったのによ……!」
「……相変わらず、人が悪いな」
「抜かせ……! 見せた以上は……お前も手抜きは許さねぇぜ!」
「ああ、了解だ。……興猫っ!」
「なに?」
「お前も椿芽に続け」
「え……?」
「ここは俺と我道で充分だ。それより……」
ああは言ったものの、やはり椿芽一人では危険が大きい。
無刹を使うにしても、その予備動作を守る者は必要となる。
「わかった……!」
「頼んだぞ」
興猫はそのまま椿芽の後を追う。
「……………………」
連中も、椿芽と興猫に目を向けるが……。
(させん……!)
俺は連中をここに縫いとめねば……と動こうとする。
「……………………」
(…………む?)
連中は今度は一瞥しただけですぐさま俺と我道に向き直った。
(二人を……見逃した……? いや……)
中に待機している仲間に任せ、俺と我道の対処を優先したのか……?
(しかし……その割には……)
あまりに判断が早い。思い切りに時間がかからなすぎる。
違和感は、あったが――。
「来るぞ、天道ッ!」
「あ……ああ!」
俺は迫ってくる連中との間合いが満ちる前に……アクセラを五段ギアにまで上げた。




