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嶽炎祭のはじまり

 シャッ……。


 わざと勢い込んでツギだらけのカーテンを開けると……。


「う……」


 まばゆく差し込む朝日に椿芽が眉をしかめる。


「朝……か」


 いまだ寝ぼけ眼で身を起こす。


「お前が俺より寝坊するなんて、前代未聞だな」


「ん……ああ、そうだな……」


「顔を洗ってこい……と言いたいが、まずは何か着るのが先か」


「ん……?」


 そこでようやく椿芽は、自らが昨夜以降、一糸まとわぬ状態である事を思い出す。


「…………!」


 慌てて俺が愛用している襤褸ボロのタオルケットで胸元を隠す。


「す、すまん……」


「何を謝る?」


「いや……久しぶりに……お前に甘えてしまった……」


「……どうかな」


 もしかしたら……椿芽に甘えているのは俺の方なのかもしれない。


「ん、なんだ?」


「いや……気に負ってくれるな」


「しかし……な」


「このくらいの事なら、毎日だってしてやれる」


 俺は――そういう存在なのだから。


「ば、ばかっ」


 椿芽はそれをどう受け止めたか、顔を赤らめ拗ねたように睨んでみせていた。


「ま、毎日など……こっちの体が保つものか……」


※        ※       ※


「んで、メンバーはどうするもき?」


 放課後の教室、俺たちはまたオリエンテーリング――正式名称は『嶽炎祭がくえんさい』というらしい――についての相談を重ねていた。


「他のグループはどのくらいのチームが参加するんですか?」


「そうもきねー。男闘呼組やパンクラスみたいな精鋭主義はある程度、リーダーやランカーを中心んい絞ってくると思うもき。それでも末端も含めて10や20じゃきかないもき」


「そんなにか……」


「もき。構成員が肥大化してる怒黒組や乱獣はたぶんそれどこじゃないもき。ヘタすりゃ100や200チーム……もっともき?」


「その上で他のグループや個人参加もあるんですよね……」


 参加人数にすれば、数千……ともすれば万単位でも別段、不思議はないだろう。


「とはいえ、数そのものはそれ程の問題ではなかろう」


 椿芽はそれでも強気だ。


「ああ。所詮は人海戦術。雑兵は雑兵だ」


 しかし、俺もそこは同意ではある。


 恐らく、スタート直後は混乱をきたすかもしれない。巻き込まれれば、不測の事態は起こり得るとも思う。


 しかし、あくまでもそこまでの話だ。数が招く混乱に不覚を取るようであれば、我道や頼成などのトップランカーとの勝負ではまずもってお話にならない。


「そーにゃー……。ま、確かに例年のパターンだと、最初の競技でいきなり潰し合いがスタートして、日をまたぐ頃にはほぼほぼ有名所のランカーチームに絞られてくるニャ」


「だろうな。見境なしの潰し合いで潰れる程度の相手なら、何人いようとも、そうそう物の数じゃない」


「そうもきねー。そういうイミじゃ、ウチは1チーム精鋭に絞って、あとはバックアップに専念するほうが現実的っちゃ現実的もきね」


 そのとき……。


「なるほど、言うねぇ。天道」


「我道……」


 いつから聞いていたのか、シェリスを伴った我道が不敵な笑みを浮かべつつ、俺たちの輪に歩み寄ってきていた。


「……なんだ。偵察か?」


「冗談でしょ! だーれがアンタらごときに……!」


「まぁまぁ、よせって。ちょっと挨拶しに来ただけだ。お前らはそろって嶽炎祭は初参加だからな。センパイ様のアドバイス、ってヤツをちょいとな」


「随分と親切なことだな」


「まーな。ぶっちゃけ……今や俺のライバルは天道組、お前らなんだぜ?」


「これまた……随分と買われている」


 皮肉の類ではなく、これは正直な感想だ。


 俺はまたぞろ椿芽を目当てに声をかけてきたと思っていたのだが……。


 我道の表情には、これまでの浮ついたものは見えない。


「正直を言やぁ……頼成や秋津。真島あたりに比べりゃ、まだまだ鳳凰院も天道も、それなり……ってなレベルには違いねぇ」


「……それなり、か」


「睨みなさんな、鳳凰院。いやぁ、コレだって大したことなんだぜ? お前らここに来てまだ1年も経ってねぇ。しかもウチらんトコも含めて、いわゆる大派閥のように数も連れちゃいねぇ。異例だぜ。お前らが今の時点でここまで上り詰めてるのは」


「ふん。その点は評価してやるよ。確かに今のあんたらは脅威だよ」


 シェリスが憎々しげに、夏の間にようやく包帯が取れた腕……皿騒動で俺に潰された時の傷を見せつけながら、言う。


「これは……あたしらだけじゃなく、他の連中も思ってるだろうけどね」


「………………」


 なるほど……。


 今のは言外に『だから今のうちに潰しておこう』って考える連中は多い……と、そういうことか。


「だが、俺がお前らをライバル視してるのは、他の連中たぁ、ちょっと意味が違う」


「意味が……?」


「意味っつーのかな? 方向性か? まぁ、どっちでも構いやしねぇ。お前らは……俺たちと似ている」


「似ている……?」


「ああ。いろんな意味でな。だから俺はお前たちと戦うのが、正直に言って……その……なんだ、楽しみだ」


「我道……」


「だから……どうでもいい連中に、どうでもいい負け方をしてもらいたかぁ無ぇって、まぁそういうこったな」


「あたしだってそうさ。こないだの借りは……きっちり返させてもらいたいからね」


「ああ、それは俺だって楽しみだ」


「とりあえず、俺たち男闘呼組の代表は基本、俺とシェリスの二人のワンチームのみだ。下の連中には出たいなら個人参加で登録しろと言ってある」


「そうなのか?」


「ああ。元々俺たちはお前たちと同じく、5人だけでやってきたからな。今は下の数も増えちゃいるが……ありゃ、影や幽玄が、『組織として格好つかない』だかなんだか言って、勝手に増やした連中だ。俺たちにゃ、関係ねぇ」


「なるほど……」


 そういう意味においても……『似ている』ということなのだろうか。


「ジャドあたりは、また勝手に何か企んでそうだけどもねぇ」


「ま、な。あいつは……しょうがねぇ。やりたいようにさせとくしかねーな」


「気をつけなよ、アンタたち」


「……なんだか妙な気分だな。あのジャドもお前らの仲間だろうに」


「あいつや幽玄……いや、広義の意味じゃブラッドもそうか。とにかく俺たちは仲間の体裁をとっちゃ居るが、あくまでそれぞれが対等の位置だからな。いまのところは俺が連中よりも実力が上だからリーダーじゃあるが……下克上はいつでも受け付けるって公言してる」


 それはいつぞやも聞いたが、そこまで野放図とは正直思ってはいなかった。


「だからまぁ、命令ってのもねーし……それぞれが勝手にやってるのをいちいち管理もしてねーのさ。それこそ勝手に俺たちのフォローをする可能性もあれば、下手すりゃ、これを機に俺を倒そうって考えてるかもしれねぇ」


「なかなか……いい環境だな」


 それは皮肉で言った言葉じゃない。


 我道もそれを判ってか、


「だろう?」


 ニヤリと笑って、そんな風に返したものだった。


「あたしはガドーに絶対服従だけど♪」


「く、くっ付くなって。それで……お前たちは、誰と誰で行くんだ? まぁ……聞かなくても半ばは判っちゃいるが」


 おっと、そうだった。


 そもそもはそのハナシの途中だった。


「代表は……俺と椿芽が妥当だろうな」


「ま、そうもきねー」


 茂姫だけでなく、誰もがそれに異論を挟もうとはしなかった。


 もちろん、我道にせよシェリスにせよ、同じことでもあったのだろう。


「でないと面白くねぇ」


「アンタが逃げるとは思ってなかったけどね」


 などと、それぞれ言ったものだった。


 しかし。


「いや……」


「椿芽……?」


「乱世のパートナーは……勇のほうがいいかもしれない」


「…………もき?」


 素っ頓狂な声をしたのは茂姫だが、他のみんなも俺を含めても大同小異、ほぼ同様の反応ではあった。


 唯一……。


「……………………」


 その……指名された本人だけが、驚くでもなく、ただそれまでと同じく傍観者の顔で、きょとんとしていた。


 恐らくは一番に予想外の言葉であり、理解すらも働かず……それが言葉として耳に届いてからもしばらくは、脳にそれが伝達されなかったと見える。


「え…………と。どなた……ですって?」


「……どなた、とは?」


「いえ、ほら。いま……椿芽さんが言った、代わりの人。あはは。なんだかいま、ちょっと聞き逃しちゃったみたいで」


「お前だ」


「オマエさんですか? 初めてお聞きする名前ですけど」


「よーし、いいボケだ、羽多野。しかし残念ながら、今は誰も笑わない。笑えない。お前、だ、羽多野勇。椿芽はいま、お前の方がいいと、言った」


「…………………………わたし?」


「…………うん、お前」


「む―――――」


「む?」


「無理ぃ……ッ! 無理無理無理無理無理ッ! 絶対無理ですってぇーっ!」


「……だろうなぁ、そういうリアクションになるよな」


「ちょ……! つ、椿芽さぁーんっ! ななななななナニを言い出しますかーっ!? や、やめてくださいよ冗談わぁーっ! きにゃーっ!!」


「……半泣きで抗議するほどのこと………………だわね、やっぱ」


「しかも初めて聞く奇声でたもき」


「そ、そうだぜ、鳳凰院。冗談にしちゃ……」


「私は別に冗談で言ったのではないが……」


 椿芽は然して困った様子もなく、そう返す。


 付き合いの長い俺でもあれば、その表情が偽らざる本心であることも見抜けているが……。


 それでも何故この局面で羽多野を推すか。その真意はわからない。


「勇は先日来、めきめきと頭角を現している。今では無手の練習ならば、私でも容易に勝つことは難しいくらいだ」


「で、でもでもぉ~」


 それは……まぁ、事実だ。


 この間のパンクラスとのリベンジ戦のことだけではなく……。


 それ以降の闘いにおいても、羽多野は『あの必殺技くるくる』だけのことでなく、卓越した体術のセンスを実戦の中で開花させつつある。


 あるが……。


(それはあくまでチーム戦でのこと。俺や椿芽、興猫のフォローあってのものだ)


 闘いは持っている技術や能力……そういった本人の能力値パラメーターだけで決定するものではない。


 今のこの半泣きな反応ひとつ取ってもそうではあるが……羽多野には何よりも特有の精神的な部分の弱さがいまだに残っている。


 自分の能力に対する自信……信頼……ときに過信。そういった、経験に伴う類のものが、まだ成熟していない。


 闘争心の決定的な欠如、と言ってもいいのかもしれないだろう。


 実戦においては、何よりも肝要……と言っても差し支えはない。


 それを知らない、判らない椿芽でもない筈なのだが……。


「案ずるな、勇。経験や実績……自信。そういった現状でお前に足りないものは、実戦で養うものだ」


「う、うう~」


 羽多野は……ちらり、と我道やシェリスを見遣ってから。


「やっぱ無理ですよぉ~! あんな……人間の範疇を遥かに超えちゃったような怖いひとたち、私が相手になるわけないじゃないですかぁ~」


「……人類の範疇を超えちゃってるのか、俺ら……」


「怖いヒトって……。まぁ、あのコから見ればそうなっちゃうのかもしれないけど……なんか、ちょっと微妙だわ」


 行きがかり上、『怖い人』代表と指名された二人は、かつてないほどに味のある表情を見せている。


「それに……」


「はい~? それに……なんですかぁ~」


「乱世との相性という問題で言うのなら……今はお前の方が強い」


「椿芽……?」


 椿芽は何の淀みもなく、そう言ってみせた。


 それが……俺には何よりもの違和感だった。


「またぁ~。そんなこと言って椿芽さぁん……」


 勇はあくまで同じように何らかの冗談(?)とでも受け止めたのか、相変わらずの半泣きだ。


「どーするもき? 決定権はリーダー……アニキにあるもきよ?」

 これ以上は収集付かないと見たか、茂姫が俺に振り直してきた。


「ふむ……」


 椿芽がこうも言うのなら、そこには何か考えもあってのことなのかもしれない。


 しかし……。


「いや……やはり選手は俺と椿芽だ。それでいく」


「乱世……」


「ら、乱世さぁん……。はぁ……安心しましたぁ……」


「椿芽、お前が何をどう考えたかは判らないが……やはりまだ、羽多野には荷が勝ちすぎる」


「……………………」


「椿芽……?」


「うむ。お前がいいのなら……それでいい」


(………………?)


 またも――違和感――。


 椿芽の返答には、不満とか拗ねたとか、そういう響きすらもなかった。


 本当に、『あくまでそう言うのなら』それでもいいだろう……という、素直な響きのみ。


 これも……俺の知らない椿芽の表情。


 一体、椿芽は――。


「そうかい。安心したぜ。いやぁ……鳳凰院もすげぇ冗談を言うもんだな」


「で、ですよねぇ~?」


「うん? いや、私は……」


 椿芽は口を挟もうとしたが……。


「とにかく、この二人の選手で学園の山間部を回りきるのが嶽炎祭、なのだろう?」


 俺はあえて話を変えるように、我道に水を向ける形をした。


「ああ。発表されたとこによると……人造湖から山間部、それから学園中心にある壱番校舎まで続くロードコース。3セクションって言えば聞こえは簡単そうだが、なんせこの学園だ。距離がそれぞれ長ぇ。まぁ……独走で走り抜けてもまる一日は確実にかかるわな」


「それを48時間……2日でか」


 妨害その他を鑑みれば、ゴールさえギリギリと思える。


「……お前、本当……ルールとか読まねぇのな」


「そういうことは実地でやってみたほうが早いからな」


「嫌いな考え方じゃねーけどな。それ。まぁともかく……選手以外は本部で待機、サポート役だ。羽多野のお嬢ちゃんも、選手じゃなくなっても、そうそう楽はできねーぜ?」


「あ……いえ! そういうことなら、むしろがんばりますし!」


「ああ、その意気だ」


「途中での交戦は基本的に自由。通常のランクバトルのように、ルールで拘束されることもねぇ。相手を倒すまでやるも良し、適当にダメージを与えて足止めをするもよし、まぁ逃げるもアリだ」


「あくまで基本はレースだからねぇ」


「むしろ……妨害をいかに退けるかが肝要……というところか」


「まぁ、そうなるな。なにせ、順位で得られるポイントのほうがケタ違いにでかいからなぁ。よほどの遺恨か何かが無い限り、そうそうガチなバトルはねーってこった」


「逆を返せば……理由があれば、それもありうる……?」


「ふふ……そうなるな」


「なるほど、面白い」


「楽しみにしてるぜ。じゃあな」


 言いつつ我道とシェリスは去っていく。


「ら、乱世さん……」


 羽多野が今の空気を察して、心配そうな顔をするが……。


「心配するな、羽多野。少なくとも……我道はそうそう仕掛けては来ないだろうさ」


「そうもき?」


「ああ。あいつは……もっと、『食事コース』を楽しむタイプだ」


 恐らくは俺や椿芽がもっと成熟し……真実の意味でライバルとなったときに、改めて本気で仕掛けてくる。


 だからこそ、今回はこちらに塩を送るような真似をしてきたのだろう。


「ま、いいもき。とりあえずアニキとねーさんで選手登録はしとくもき」


「ああ。頼んだ」


「サポート側にも、これからいろいろしなきゃいけないこともあるもきからねー。忙しくなるもき」


「ふふん♪ あたしもなんかちょっと楽しみになってきたにゃー。やっぱ参加するほうに回っておけばよかったかにゃー?」


「がんばってくださいね、乱世さん……椿芽さん!」


「ああ」


「そうだな。選手として決まった以上は全力を尽くす」


 羽多野に返した椿芽は……もう、俺の知っている彼女に戻っているように見えた。


(しかし……)


 やはり俺の中には、さっきの椿芽の言動も含め何やら得体の知れない違和感――。


 いや、もっと言えば……いやな予感と言って差し支えないものまでもが浮かんでしまっていた。


(椿芽……お前は……)


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