偽物のこころ
「……………………」
部屋に戻り床につき、電気を消したとしても……。
その意識の混濁と、心中の根底にたゆたう焦燥のようなものは消えてくれない。
(もう少し……身体を動かしてくるべきだったか……)
しかし、何故か体は妙に疲労している。
日中にそれほどの動きをしたこともないはずなのに……気だるくさが残り、『休め』と全ての細胞が訴えてくる。
俺が強引に目を閉じようとした寸前、部屋のドアがノックされる。
俺はその時、朝を連想して羽多野の顔を思い浮かべでもしただろうか……?
「……開いているぞ」
「……………………」
ドアを開けたのは……椿芽だ。
「椿芽……?」
なぜ、こんな時間に……と、俺は思ったはずだ。事実、そう言いかけた。
しかし……どこか予感めいたものがあったのも事実だ。
――なんの?
それは……混濁した意識の中、だ。
「椿芽……」
俺は……もう一度、問いかけた。
「乱世……」
椿芽は僅かに躊躇のようなものを見せつつ……。
俺の前で服を解きはじめる。
「……………………」
何を――と、俺ならば言うのだろう。
言ったはず、なのだろう。
しかし……。
「乱世……わたしは……」
乱れた衣服をかろうじてその四肢にまとわせるようにしながら……椿芽は半ば強引に俺の唇を奪った。
「………………」
俺は――椿芽の舌に身を任せつつも……応えつつも……。
どこかで……冷めている。
冷めつつも……椿芽に応えている。
「は……ぁ……」
ため息が唇から漏れ……頬をくすぐる。
椿芽と……こうするのは初めてのことではない。
俺が引き取られてそれ程の時間を経ていないあの夜も――。
『人形であるのなら……せめて私の人形になりなさい』
『わたしの……わたしだけの人形……道具に』
――かつての椿芽は……そう言って、俺を求めた。
俺は、やはりそれに応えた。
そしてそれ以来……俺は何度も、椿芽に応えた。
椿芽が女を捨てた――捨てざるを得なくなった、あの時まで、何度も。
それ以来にして、時間的には可也の時間を置いて再び求めてきた椿芽……。
それが以前のものと同質のものであるとは、俺は思っていない。
「乱世……」
唇を離し、俺を見詰める椿芽。
しかし……。
「乱世……。いい、か……?」
その実……椿芽は俺を見てはいない。
俺の瞳に映る、自分を見ている。
「お前は……」
「………………」
「お前は……いいのか」
「………………」
逡巡――。
そしてそれよりも僅かなほどの動揺――。
いや――悲しみ、に似ているの、か――。
「わたしが……求めている、のだ」
「………………」
「だから……いい。お前は……お前は、ただ……」
「………………」
俺は……椿芽のことを抱き寄せる。
「あ……」
軽い。
儚い。
それが……鳳凰院椿芽、なのか。
「ら、乱世……」
「俺は……お前に従う。ただ……望まれるまま。それが……」
「……………………」
「俺、だ……。天道乱世、だ……」
「……………………」
椿芽は……きっと、俺の腕の中では、笑んでいない。
悲しみに満ちた……『あのとき』と同じ、泣きそうな顔をしているのだ。
『そう……なさい……! あなたは……そうあるべきよ……!』
だから……俺はそれを見てはやらない。
分を過ぎたことは……しない。
して……やれない。
そしてそれは椿芽にもきっと判っている。
「乱世……」
だから……俺の名を呼ぶのだ。
俺を見ていない――。
俺を知ることもない――。
「乱世……。乱世……」
その、泣き笑いの言葉で――。