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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあること、強くあるべきこと
46/110

それぞれの、強さ

 一週間後――。


 夏季休暇は終わっていないものの、そろそろ補習や帰省などの期間も終り、通常通りにランキング戦が活発に行われ始めている。


 もちろん、俺たち天道組もご多分に洩れるというワケにもいかない。


「ちょっと……まだですの?」


「天道クン……もう、1時間も待たされてるけどー……」


「あ、ああ……すまない」


 パンクラスの連中にリベンジ戦を申し込まれたはいいが……。


「茂姫……椿芽はまだか?」


「むー。依然、連絡ナシもきよ~……」


「そうか……」


 椿芽が未だに来ていない。


 あいつの性格で遅刻ということはありえないと思うのだが……。


「興猫……お前、知らないか?」


「あたしが知ってると思うぅ?」


「……そうだな……」


「おいおい……いいからもう始めちまおうぜ? なんなら……今から2対2に変更するからよ」


「そうね。鳥喰……アナタ、抜けなさい」


「え……ええええええ!? なんで俺がぁ?」


「い、いや……それは悪い。3対3の条件を提示したのはこちらなのだしな……」


「しかしこのままじゃ…………うん?」


 軍馬が俺の顔を怪訝そうに覗き込んできた。


「……なんだ?」


「いや……。気のせいかもしれねぇが、おぇ……」


乱世:「?」


「いや……なんでもねぇ。とにかく……こう待たされるほうが、むしろ迷惑だぜ」


「そうだな……仕方ない、茂姫、お前が入れ」


「……は? はあああぁぁぁぁぁぁ!?」


「いいから」


「良くないっ! ゼンゼンちっとも全くもって良くないもき! 無理無無理! 無理中の無理もきーっ!」


「当面、だ。椿芽が来たらすぐに交代してもらう」


「うう……でも……」


「それでいいのではなくて? 私も彼女との決着を付けたくて、こうして提示したのですもの。彼女が来るまでは、そのおチビちゃんに手出しはしませんわ」


「ちょっと変則だけど……まぁ、ウチらも天道組も、結局は1対1でやりあうのが芸風だしねぇ」


「……芸風とか言うな。とりあえず……俺は天道。お前とやりあえればいい」


「え? ちょ……軍馬クン!? 乱世クンは俺がリベンジを……」


「おめぇにゃ荷が重いってんだ。ほら……あっちのネコを相手してやんな」


「にしし♪ お相手するにゃー?」


「は、はぁ……」


「だいじょぶだいじょぶ♪ 地下の試合とかじゃない公式戦なら、殺すとかそんな物騒なことまでしないから♪」


 興猫がそれそのものが凶器たりえる手刀を翳して、笑う。


「……手足の一本か二本くらいで勘弁してあげるから。にひひ……」


「う……。な、なんか……むしろ荷が重いような……」


「……それじゃ……手続きするもきー……」


 いまだ不承不承という感じで……茂姫が登録を行う。


『バトル承認。パンクラスVS天道組。3on3にて承認。選手はフィールド内にて準備を――』


 すぐさまアナウンスが流れ、試合開始が成される――。



※        ※        ※



「おらおらっ! こんなものか……天道乱世っ!」


「く……!」


 組み付こうとする軍馬をどうにか捌いてはいるが……。


(足が……!)


 既に3度、軍馬の技に捕らえられた俺は……結果としてかなりのダメージを被ってしまっている。


 ことに完璧に近い形で極められた足首のダメージが酷い。


※        ※       ※


「あれが……天道乱世ですの? まさか……?」


「……………………」


「鳳凰院椿芽が来ない今……軍馬が倒されたら私が愉しもうと思っていたのに、これでは失望もいいところですわね……」


※        ※        ※


「乱世クン……不調なのか? だったら……ひゃあっ!」


「ほらほら鳥喰……よそ見してると、バッサリ行くにゃー?」


「や……やっぱり荷が重いかもーっ!?」


(乱世……!)


※        ※        ※


「ちぃっ……!」


 どうにか距離を開けて……態勢を整える。


「ふん……。まさかと思ったが……」


 軍馬は構えを崩さないまま……その間合いをあえて詰めずに居た。


「……なんだ」


「お前……弱くなったな」


「な――ッ!」


「確かに……ポテンシャルそのものは上がってる。技のキレも増しているか……」


「………………」


「しかし……そんなスペックや、小手先の技が天道乱世の強さ……脅威じゃあなかった。今のお前は『ただそこそこに強い』程度だ」


「……言ってくれるな……」


「こっちも楽しみにしてた分、業腹ごうはらなんだ。言うだけは言わせてもらうぜ」


「………………」


「休みボケか何だかしらないが……それで手を緩める俺じゃない」


 軍馬が態勢をぐぐっと沈める。


 これは……!


「俺を失望させる程度に堕ちたんなら……いっそ、ここで俺がトドメを刺してやる。それが……」


 これは……あの時の……。


 俺が学園に来た時に喰らった、タックルからの必殺連携……!


「それが……天道乱世という漢を……その実力を最初に味わった俺の責任、ってものンだ……!」


「………………!」


「……行くぜ」


 刹那、軍馬が突進してくる。


(相変わらず……速い……! しかし……!)


 一度喰らった技を、二度も喰らうほど、酔狂ではない……!


 俺はカウンターを決めてやろうと突進してくる軍馬を確実に捉え――。


「甘ぇっ!」


「なっ……!?」


 刹那……軍馬の巨体が、幻のように消えた。


(勢いを一切消さず……いや、むしろそこからスピードアップしてのサイドステップ……!?)


 サイドステップ、などという可愛いものなんかじゃない。


 ギリギリの刹那で捉えた軍馬の気配は――


「後ろだとッ!?」


 正確には背後まで回られたのではない。


 斜め45度……一度の跳躍で、そこまで跳んだ。


(しかし……捉えたッ!)


 軍馬の狙いは俺を捕まえること。


 あの勢いでは、俺と組むために回頭するのにも隙が生じるはずだ。


(ならば――!)


 俺のバックナックルなり……蹴りのほうが速い……!


 俺が秒間の刹那に足に負担をかけないバックナックルを選択したそのとき――。


「な……!?」


 正面から……突風が襲った。


(走りこんできた軍馬の起こした風ッ……!? いや……風などではない……これは……むしろ衝撃波……ッ!!)


 それでも、態勢を崩させられたのは、ほんの数ミリ。


 しかし。


「ぐっ……!!」


 ダメージの残る足首に激痛。


 それが――。


「遅ええええぇぇぇぇっ!!」


 ――致命的な――隙――!!


「にゃっ!? 乱世っ!」


「ア……アニキっ!?」


 次の刹那には――。


「あ……ぐ……っ……」


 俺は……真ッ逆様の態勢で、後頭部から地面に叩きつけられていた。


※        ※        ※


「……終わり……ですわね。天道乱世……」


「いいえ。天道組……」


※        ※        ※


「終わりだ……。乱世……」


 そのまま地面に大の字に倒れた俺を……軍馬が複雑な表情で見下ろしていることは……気付いた。


(だめ……だ……)


 立たねば……と思うも、思考はまとまらない。


 完全に……意識と身体が分断されている。


 俺が――。


 この――俺が――。


(やはり……俺は……)


 俺は――弱くなっていたのか……。


 羽多野がどうの、ではなく……。


 俺の……俺自身の理由において。


(俺は……それを羽多野に押し付けようとしていた……。俺自身の弱さを……認められなかった……)


 だから――負けた。


 それだけの……ことなのか。


(ならば……これが答え……)


(羽多野を悪戯に傷つけ……泣かせた俺の……)


(天道乱世の……答え……末路……)


 終りか……。


 ここで……。


 こんなところで――終わるのか――。


(…………………………)


(……いや……だ……)


 それは――。


 そんなことは――。


(羽多野……)


※        ※        ※



「乱世さんっ!!」


(羽多野の……こえ?)


 それは、俺の混濁した意識が見せた幻覚でも、妄想でもなかった。


「茂姫、すまん、交代だ!」


「あいさー! ねーさん了解もきー!」


「興猫ちゃん、代わって……!」


「にしし。おっけーおっけー♪」


 ぼんやりとした視界のなか……茂姫と興猫が椿芽と羽多野と交代したのが見えた。


「……待たせたな。龍崎……志摩」


「本当に。でも……少し遅かったのではなくて?」


「ん? ああ、乱世か。問題ない。鳳凰院流は、あいつをあの程度で壊れるほど、ヤワに育てていない」


「そうかしら……?」


「おい! 乱世! 何を昼寝をしている! だらしないにも程がある!」


 あいつめ、遅れてきて好き勝手に……。


「……………………」


 気づけば羽多野は鳥喰と対峙していた。


「ふぅ……。あの殺人鬼よりは……マシになったかも…………って? あ、あれ? ちょ、キミ……どちらへ!?」


 いたが……そのまま素通りした。


「……貴方の相手は、後でします。そこで待っていてください」


 羽多野はそのまま鳥喰を無視して俺の方に向かってこようとする。


 俺もさっきの椿芽の渇が効いたとも思えないが……。


(意識は……明瞭になってきている。しかし……)


 ダメージは甚大だ。まだ……指一本も動かせられない……!


「へ? ちょ……! それは……ないんじゃない? そこまで馬鹿にされちゃ……!」


 鳥喰いが羽多野を遮るようにして、立ちはだかった。


「……どうしても、ですか?」


「まぁね。キミみたいな子にまで舐められちゃ……流石にさ」


「……そうですか。では……」


 羽多野は鳥喰を見据え、構える。


(なんだ……あの構えは……?)


 それは……俺や椿芽が教え込んだ合気や柔術などとも異なる。


 やや半身に身体を開き、両手をやや下向きに差し出した構え。


 それは俺の知る限りのどんな武道の構えにも合致しない。


「……………………」


 羽多野自身の表情が真剣でなければ、只の棒立ちとも取られかねない構え。


「すみませんが……すぐに終わらせます」


「な……っ!?」


 鳥喰も俺と近しい印象を受けたのだろう。


「……さすがにそれ……冗談になってないよ」


 彼はそれを自分への軽視と受け止めた。


 パンクラスの中にあって、気性の穏やかな方である鳥喰ではあっても……内に秘めたるものは、軍馬や志摩に劣らない。


 そしてその二人や真島などには劣るのだろうが、その実力は軽視できるレベルではない。


(羽多野……!)


「すぐに終わらせる……ッてのは同感だけど……」


 鳥喰が得意のステップを踏んだ。


「悪いけど……それはこっちがさせてもらうってことで、ひとつ……!」


「……………………」


 鳥喰が動いた。


「………………っ!」


 羽多野に拳が伸ばされかけた次の刹那――。


「………………はいぃ?」


 間の抜けた鳥喰の声が羽多野の足元から聞こえた。


 踏み込んで必殺のストレートを繰り出した鳥喰が、その態勢、まさに拳を突き出したそのままのカタチで地面に転がっていた。


 踏み出した足もそのままの姿勢で、爪先を虚しく天に向けている。


「え? え? えええっ?」


 その足先がそこで初めて踏みしめていた地面がなくなっていることに気付いたように、中空を虚しく掻く。


「な……んだァ……?」


 気の抜けた声をしたのは、何も鳥喰だけではなかった。


 羽多野が俺の救援に来ると見て、ある程度警戒をしていたはずの軍馬までもが口をあんぐりと開けて空気交じりの声を漏らした。


「なに……なんですの、あれは……」


 同じく、椿芽と対峙する龍崎志摩も、また。


「ふっ……」


 唯一、椿芽だけが小さく笑みを漏らしているのがわかった。


(なんだ……? いまのは……?)


 合気――?


 いや……羽多野は鳥喰に触れてすら居ない。


 鳥喰の身体の一部分にでも触れて、それを受け流したりしたのであれば、そもそもあんな態勢で転がるはずもない。


 そう。


 それよりも何よりも――。


(投げた過程が……見えなかった……?)


 速い、というのではない。


 どんなに速い動きでも、少なくとも光よりは確実に遅い。


 光よりも遅ければ……どんなに速くとも、その残滓は目に映る。


『動きが見えない』とは言うが……。


 それはあくまで『早く動いている』ということに関しては認識している上での、便宜上の表現だ。


 それが……。


(『無かった』……。鳥喰を投げた所作そのものが……抜け落ちたかのように、『無かった』……!)


※        ※        ※


「あ……ありえないもき。そんなの……あるわけないもき」


「どったの?」


「いや……いやいやいやいや。きっとバイスたんの故障もき。だ、だって……」


「だから……なにが?」


「記録……されてないもき。バイスたんの……千分の一秒までモニターできるカメラに……」


「勇の投げたモーション……。いやいや……それどころか投げられた鳥喰の動き……姿……全部……ぜんぶ、記録されてないもき!」


「ふうん」


「ふぅんって……」


「それくらいはやるわよ。今の勇なら」


「へ?」


「恋するオンナノコは、そのくらいの超常現象なんか、サクっと起こして見せるモンにゃのよ♪」


「んなアホな…………もき」


(勇は……やっぱり『答え』をみっけた。あとは……乱世……)


(あんた次第……!)


※        ※        ※


「あ……あれ……?」


 立ち上がる鳥喰は、自分にまるで……かすり傷ひとつもダメージが無いことに、怪訝そうな顔をする。


「まだ……やりますか?」


「そ、そりゃあ……!」


「およしなさい、鳥喰!」


「し……志摩サン……」


「……貴方……今の彼女の技を、理解できて?」


「そ、それは……」


「わからないなら……何度やっても同じこと。無意味に消耗するだけだわ」


「う……」


「……すみません」


 羽多野は鳥喰と志摩にそれぞれ一礼をしてから……。


「乱世さん……」


「は……羽多野……?」


 俺は……どうにか動かせるようになってきた体に鞭を打ち、緩慢に起き上がる。


「ふん……。お嬢ちゃん、どうやらこいつを、天道を助けようって腹らしいが……」


「はい。乱世さんを……わたしの王子様を苛める人は……許しません」


「お……王子様ぁ?」


「……………………」


「ま……まぁ、それはいいや。だけど俺も、はいそうですか……と引き下がりはしないぜ」


「……でしょうね」


「正直いまのあんたの技にも興味がある。ちょっとは遊んでもらうぜ」


「もとよりそのつもりです」


 羽多野は例の構えをとり……軍馬と対峙する。


「……………………」


 軍馬もまた、油断なくそれに応じる。


「羽多野……! 無茶をするな……!」


「………………」


 笑っ――た?


「行くぜっ……!」


 軍馬が走りこんだ。


 例の……低い態勢で。


「まずい……!」


 羽多野のあの投げの正体は俺にも判らないが……。


 鳥喰くらいのウェイト差であればまだしも、軍馬とでは体格差が大きすぎる。


「嬢ちゃんがどんな手品を使ったか知らねぇが……!」


「……………………」


 いかな相手の力、勢いを利用する合気であっても、体格差が開けばそれは難しくなる。


 体重……ウェイトというのは、そのままにエネルギー。破壊力だ。


 全く力というものを介在しない、させない達人の合気であればともかく……。


 投げ、という行為である以上は、多かれ少なかれ、その相手の運動エネルギーを身体のどこかに接触させねばならない。


 そして軍馬ほどのウェイト、そしてそのエネルギーの扱い、制御に長けた者が……。


 その接触を最小限で済ませてくれるはずもない。


「あんたに投げられる前に……俺はお前を掴むぜ! お嬢ちゃん! それで終りだ!」


「……貴方は」


 軍馬が――羽多野の身体に接する。


 羽多野は動かない。


「勘違いをしてる」


「な……に?」


「わたしは……『投げてなんかいない』」


 なにかが――おこった――。


「……は?」


 次の刹那、軍馬は鳥喰と同じように、気の抜けた声を上げさせられていた。


 しかし……鳥喰の時とは違う。


「な……なんだこりゃあっ!?」


 軍馬の声は空中、おおよそ数メートルの高みから聞こえた。


 軍馬は鳥喰と同じように、『倒された』。


 羽多野に駆け込んできた態勢そのままのカタチで……。


 ただ方向が違う。


 正面には空。背中には地面……。


 そこまでは鳥喰の時と同じ。


 しかし……。


 羽多野に向かっていた筈の軍馬はその駆け込んだ勢いそのままに、『空に向かってそのまま突進を続けていた』。


 まるで……何も無い中空を駆け上るように。


 まるで本当に何がしかの手品のようだ。


 空に向かっていたのは、あくまでそれまでの突進の勢い……慣性のみ。


 駆けるべき大地は既に失われ、軍馬の足は虚しく空を掻いている。


「お……おわっ……!」


 勢いが消えたところで、軍馬はそのまま、重力に引かれて地面に叩きつけられる。


「ぐはッ……!!」


 あまりの異常な状況に、受身を取ることもできず、地面で悶絶をする軍馬。


(そう……異常。まさに……異常だ)


 先の段階で、見逃せない……見落とせないことがあった。


(軍馬は……その勢い……その慣性『ごと』投げられた……!)


 いや……それはもう、羽多野本人が言っていたように、『投げ』などではない。


『捻じ曲げられた』とでも言うべきだ。


「ぐ……ああ……」


「……ごめんなさい。だけど……そういう『加減』はできないんです」


 鳥喰は踏み出した段階で『捻られた』ため、そのまま地に転がっただけで済んだ。


 しかし……軍馬は、なまじ突進をしていたがゆえ、その勢い、慣性ごとに『捻られ』空に放り出された……。


「乱世さん……」


 羽多野は、まだ立つことが出来ない俺に駆け寄り……。


「……………………」


 手を差し伸べようとした。


 したが……。


「………………」


 思いとどまったように……その手を引っ込めた。


「立って……」


「羽多野……?」


「立って……! 乱世……さんっ! 自分で……自分の両足で……!」


「…………羽多野……」


「あなたは……わたしの王子様だもの……!」


「……ああ」


 俺は……まだ覚束ない足を踏ん張り、身を起こした。


「そう……あなたは……天道乱世だもの……!」


 壊された足首が悲鳴を上げる。


 しかし……!


「だから……立って……! 乱世……ッ!!」


「………………!」


 両の足を踏ん張り……踏みしめる。大地を……今しがた舐めさせられた、大地を。


「乱世……さんっ……!」


「く……くそったれ……!」


 ダメージから回復した軍馬が立ち上がる。


「………………!」


 咄嗟に羽多野が身構えるが……。


「下がっていてくれ、羽多野」


「乱世さん……?」


「元々は俺の相手だ。それに……」


「それに……?」


「……お姫様にそうそう何度も助けられる王子様というのは、たぶんあまり格好よくない」


「乱世さん……!」


 正直を言えば、さっきのダメージはほとんど抜けていない。


 身体はミシミシと音を立て……いくつか折れている骨もあるのだろう。


(アクセラを――!)


 しかし……。


 背中には羽多野が居る。


 僅かな躊躇――。


「乱世さん……。大丈夫……」


 背中に……羽多野の掌の感触。


 暖かく……柔らかい。小さな……ひどく小さな掌。


「羽多野……」


「わたし……前に言いました。乱世さんが……戦っている乱世さんが怖いって……」


「……………………」


「でも……! でも、今は違う。違います……。違うって……思えます」


「違う……か」


「はい……! だって……」


「今は……一緒に闘う……仲間、だから……!」


「…………ああ」


 迷いは切れた。


 いや……そもそも、何が迷いだったのか。それすらも……今はおぼろげだ。


(そうだ……。できる……。俺の力は……アクセラの歯車ギアは俺を裏切らない)


「ちっ……。油断した……」


「強さとは――」


「……あ?」


「強さとは……己の限界を、弱さを知ってこそ生まれ得るもの。自らの弱さに目を瞑り、そこから逃げ続けるほどに萎え、衰えるもの……」


「ふふ……。いいツラに戻ったな、色男」


「しかし! この世にひとつ。変わらない強さがある。世界にひとつ……その強さを貫く故の輝きを持つ者が居る」


「それはお前か……? 天道乱世」


「残念ながら……違う」


「違う……?」


「俺は……その輝きに触れ、怯えていた。その光を受けるに値しないと、自らに目を閉ざしていた」


 俺は……羽多野を見遣った。


「乱世……さん?」


「自らの強さを示し、俺の弱さをも破るもの……羽多野勇。俺たちの……天道組の誇るべき仲間だ……!」


「乱世さん……!」


「へへ……。流石は『王子様』だ。こっちが照れくさくなっちまう……。だが……」


 軍馬もまた……羽多野を見た。


「え……?」


「俺も……嬢ちゃんには感謝だ。乱世を……俺のライバルを、こうもあっさり復活させてくれちゃあな」


「わ、わたしは……」


「いつか……お嬢ちゃんとの決着もつけさせてもらうが……まずは……!」


「ああ。これからが……本番だ」


 ファースト――セカンド――サード――。


 軍馬と対峙しつつも……俺は段階的に歯車ギアを上げていく。


 視界があかに満ちる。


 アクセラの領域が……俺を包む。


「……いくぜ」


「ああ」


 動いたのは――同時――!


 あの不規則なステップで惑わされない為には、こちらからも仕掛ける……!


「それで打倒したつもりか! 甘ぇな!」


「………………!」


 軍馬の姿が消えた――。


(いや……!)


 無数に……『ぶれ』た。


 高速……! そして断続的に……!


 その不規則な軌道が、相互の速さの残像も手伝い……無数の分身かのように見せ付ける。


 あの巨躯で……こうも動くか……!


 ならば……!


「フォース……フィフス……シクス……!」


 あかが密度を増す。


 心臓が轟轟ごうごうと血液を送り出す。全ての血管が軋み唸る。


 領域が広がるごとに……軍馬の残像がひとつ、ひとつと消えゆく。


 まだだ……!


「掴んだッ!!」


 軍馬の両腕が……俺を捕らえる。捉えようと迫る。


 ヤツの掌と俺の皮膚に――その刹那、隙間は概ね数ミリ――。


「ギア…………セブンスッ!!」


「なッ……!?」


 ごう――。


 軍馬の両腕が空を掴んで交差をした。


 軍馬が捕らえたのは、おそらくは俺の残像。そして――。


「ぐをあっ……!?」


 ごうごう――。


 直後に軍馬を襲うのは、叩き込まれる俺がセブンスの領域で生み出した空気の塊と、伴う衝撃――。


「こ……これはっ……俺の……!」


 その隙を……当然、俺は見逃さない。


「…………………………」


「…………………………」


 重なり合うようにもつれた……俺と軍馬。


「……悪いが……お株を奪わせてもらった」


「ちっ……。きったねぇなぁ……。まぁ、いいさ。復活祝いにくれてやらあ」


「ありがたく受け取っておく」


「へ……へへ……。それでこそ……俺の……」


 ずるり……。


 軍馬の身体がゆっくりと崩れる。


 その腹には……俺の拳が突き刺さった跡。


 当然、加減はしている。


 軍馬の動きに追いつくが為のセブンス領域……。


 破壊力の制御を誤れば容易に人間の内部に壊滅的な損傷すら与えかねない。


「正直を言えば……試合前には使えると思っていなかった。お前という好敵手が相手でなければ使おうという考えにも至らなかったろう」


 軍馬との激突直前で切り返しをしてみせたお陰で……足首は皮膚が破れ、血が吹いている。


 もちろん、反動は、これ以上、軍馬の身体を抱えているのも難しいほどに俺を襲ってきている。


 俺はその場に失神した軍馬を横たえ……自らもへたり込むようにその場に座す。


 自滅への畏れ……恐怖があればこそ、逆にここまでの精度でセブンスの領域を制御できた。


 恐怖が……弱さが、逆に俺を強くした。


(そうか……これも……同じ事……なのか)


「乱世さん……」


 羽多野が改めて俺に手を差し伸べた。


「羽多野……」


 俺はその手を握り返す。


 この……儚く小さな手が、俺を強くした。


 強さを……与えてくれた。


「ありがとう……羽多野。それに……」


「ふふ……。すまなかった、はナシ、ですよ?」


「ああ……しかし……」


「わたし……謝られることなんて、乱世さんにされてないですから。仲間、ですもんね? ふふ……」


「羽多野……」


※        ※        ※


「やれやれ……また決着はおあずけね」


「ふふ……。お互いに見入ってしまったからな、あの……二人の対決に」


「それだけでも収穫ですわ。いいとしましょう…………鳥喰! 軍馬を運んで」


「お、俺っすかぁ……?」


「貴方以外に居ないでしょう」


「へぇい……」


「また……寄らせてもらうぞ。お前の店の餡蜜あんみつはこの学園で一番に美味い」


「ふふ……。お得意様でも、勝負の時に手心は加えなくてよ?」


「そんなサービスはこちらからお断りするつもりだ」


「ふふ……」


※        ※        ※


「あにきー!」


「おにーちゃーん!」


 茂姫と興猫のヤツが救急箱を持って駆け寄ってくる。


 そうだな……興猫にも後で礼をしなくちゃな……。


「それにしても……何時の間にあんな技を……」


「ふふ……椿芽さんにずっと特訓してもらったんです」


「そうか、あいつが……」


「『くるくる』っていうんですよ」


「……ん?」


「私のひっさつわざ♪ 可愛いでしょう?」


「そ……そうだな」


 可愛いかどうかはともかくとして……。


 羽多野のあの技に関しても、興味は尽きない。


 しかし……まずは一息をつきたいものだ。


「行きましょう、乱世さん……!」


 俺は……。


「ああ……」


 羽多野の復帰のお祝いなどもしてやらねばな、などとも思っていた。


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