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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあること、強くあるべきこと
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勇の過去、乱世の過去

「こっちです、乱世さんっ」


 羽多野に連れられて来たのは俺たちの通う校舎の裏手にある小山だった。


 ちょうど、俺と椿芽が毎晩、沐浴をする泉の少し先……。


 先日、俺があの幽霊じみた男に遭遇した丘の近くでもある。


 もっとも、俺や椿芽の住んでいた里の山々に比すれば、小山どころか土手と言っても差し支えない程度のものだが。


「悪くない場所だな」


「ふふ……そうでしょ?」


「ああ。素直にそう思う」


 学園の近代的な施設は便利ではあるが、やはり俺は緑や土がないとどうしても落ち着かない。


 ランクも上がってきて、今やある程度はちゃんとした寮に引越しができる状況ではあるものの……。


 いまだにあのボロ寮から越さないのも、あそこがまだ自然に近しい場所でもあるからだ。


 椿芽は未だにそのボロさに文句を言っているが、それでも独断で引越しを強行しないのも、やはり俺と同じような感覚があるからなのだろう。


「ここ……わたしのとっておきの場所、なんです」


「そうなのか、ちょっと意外だな」


「え? そ、そうですか?」


「ああ。羽多野は俺や椿芽からすれば、まだしも普通の学生に見えるからな」


「普通……ですか?」


「ああ。同じデートならば市街地かそれに近い場所に誘われると思っていた」


「デ……デートっ!?」


「あ……。すまない、そういうものだと思っていたが……違ったか?」


「い、いえ……あの……その……」


「?」


「そ、そう……なんです……けど……けどぉ……」


「そうか。安心した」


「あ、安心……?」


「ああ。俺はどうにもこういう事柄の経験が乏しいからな。見当違いなことを言っていたらどうしようかと思っていた」


「ぷっ……」


「……なんで笑う?」


「ご、ごめんなさい……。でも……乱世さんってば……」


「……むう。やはりどこか見当違いだったのか……」


「あ、違います違いますっ! そうじゃ……ないですけど……ふふっ」


「難しいな……」


「あ、ほら……ここ! ここですっ!」


 羽多野に先導されるようにして、開けた場所に出た。


「湖……か?」


「はい! ここが……わたしの一番のお気に入りの場所、なんです」


 こんな小ぶりな山の中腹に湖、か……。


「人造湖か?」


「さすが乱世さん。正解です。ええと……ほら」


 羽多野がひときわ高くそびえる山を指差した。


「あそこ……見えますか? やっぱり湖があるんですけど」


「ああ、わかるな」


「あの水源から、ずーっと水を引いてきてるんです。非常用とか……手近な訓練用とか、理由はいくつかあるみたいなんですけど」


「ほう……」


「ふふ。学園の伝説じゃ、学園長が一人で引いた、なーんてこともいわれてますけど。こことあの山の途中にももうひとつ山があったんですけど、それを素手で吹き飛ばしちゃった、とか」


「それはまた……すごいな」


「あはは。もちろん、伝説、噂話ですよぉ。いくらなんでも人間にそんなことできるわけないじゃないですかぁ」


「そうか……。そうだな」


 周囲をぐるり、と見渡す。


 ふむ……。


「いいな、ここは」


「ふふ……そうですか?」


「ああ。確かに特訓にも手近だ。今度、俺も利用させてもらおう」


「もー。乱世さんってば、やっぱりそういう考え方、なんですねぇ」


「す、すまん……」


 やはり……こういうのは難しいな。


「ふふ……。いいんですよ。そういうところが……乱世さん、ですし」


「そう言ってくれるなら救われるが」


「あはは」


「しかし……悪くない、というのは素直な実感だ。やはりこういうところのほうが、俺は落ち着く」


 俺は手近な場所に腰を下ろした。


「うふふ。ですよねぇ」


 羽多野もそれに倣うようにして、俺の隣に座る。


「とはいえ……折角の夏休みなんだ。買い物とかそういうのでなくて良かったのか?」


「うーん? 別に……買うものもないですし」


「それは……そうなのかもしれないが」


 年頃の女子は、別に買うものがなくても、そういうことを好むと思っていたのだが……。


 あの椿芽ですら、買出しで麓に下りると、妙に浮かれたりもしたものだ。


「……やはり何事も、実際に経験をしてみないとわからないものか……」


「え?」


「い、いや……なんでもない」


「ふふ……。わたし、そうでなくても実は、市街地とか苦手なんですよ」


「苦手……? しかし……」


 学園に来た当初、買出しをしてくれたのも……。


 そして、勉強会のときも、茂姫と一緒に案内をしてくれたも羽多野だったのだが。


「無理……してました。えへへ……」


 羽多野は苦笑するようにして、言った。


 乱世:「そうか、それは――」


「すまなかった……ってほどじゃないですけど。あくまでもちょっと苦手……ってくらいですし」


「そうか」


「なんとなく……人ごみって、苦手なんです」


「ん……?」


 もしかしたら羽多野は無理に俺に合わせてれているのかとも思ったが……。


「なんだか……大事な人とはぐれちゃうかも……迷子になっちゃうかも、って……」


 その、どこか寂しげな表情はそういったものを演じている様子には見えなかった。


「………………」


 はぐれてはいけない――。


 それは――その想いは――。


「一人の時でも……思うんですよ? 隣に誰もいないのに……一人ぼっち、なのに」


「……………………」


 それは――やはり俺の――。


「っていうか、乱世さんに天道組に入れてもらうまで、実際のとこ一人だったんですけどね、わたし」


 その羽多野の言葉は――俺の言葉、だ。


 俺がいつも抱いていた、不安――だ。


 一人で居るときも、誰かと居るときも。


 常に抱いている、漠然とした不安、だ。


「羽多野は……」


「はい?」


「家族は……居るのか?」


 俺は何故か、そんなことを聞いた。


「……え?」


 考えて口から出た言葉ではない。


 ただ自動的に口から出た言葉。疑問。


「育ててくれた人たち、なら……居ますね」


「……もしかしたら悪いことを聞いた、か?」


 俺は羽多野が見せたことの無いような寂しげな顔をしたことに、少しだけ胸を痛めた。


「あ……いえっ! そういうことじゃないですけど……」


 羽多野は慌てて取り繕うように笑う。


「車の交通事故で、って聞いてます。本当の……両親」


「………………」


 車――くるま――。


 自動車は――ちから、だ――。


 圧倒的な――暴力的な――。


「わたしもその事故には巻き込まれたらしいんですけど……。記憶だけで、命までは持っていかれなかったみたいです」


「記憶……?」


「あ……はい。覚えてないんです。子供の頃のこと……」


「……そうか」


「ただ……」


「ただ?」


「ただ……。男の人のぼんやりした顔だけ……覚えてるんですけど……」


「男……の」


「たぶん、わたしを助けてくれた人……。その交通事故から救ってくれた人……」


「……………………」


「あとで聞いたらそんな人はいなかった、って警察の人とかは言うんですけど、わたしは、覚えてるんです」


「………………それが」


「え……?」


「それが……俺に似ていた……か」


「あ……!」


 羽多野が……何故、俺を「王子様」などと呼んでいたか。


 そして、ただ一度助けただけの俺に、そこまで執心するのか。


 その謎は――いや――。


 謎などと呼べない程度の、ほんのささやかな秘密は、あっさりと解けた。


 そして、同時に――新たな――。


 あらたな、疑念、が。


「あ、あの……!」


「残念だが……その王子様、は俺じゃないのは確かだ」


「乱世……さん……」


「まず、年齢が合わない」


 子供の頃というのが、どのくらいかは判らないが……。


 ある程度の余裕を設けても、10年かそこいらの話だろう。


 その頃の俺に、交通事故から女の子を助けるなどという真似ができたとは思えない。


 仮にできたとしても……だ。


 いかな羽多野の中で美化や誇張がなされていても……同年代の俺を『男の子』ならばともかく、『男』とは認識しないだろう。


「そして……すまんが俺にはその覚えが無い」


 そんな記憶は、俺にはない。


 俺にあるのは――あの、あかい記憶だけ……。


 人を傷つけることはあっても、守った――ましてや助けた記憶など、俺にあるはずもないのだ。


 俺は――。


「………………」


「……すまないな。俺は……」


 俺は自分の気持ちが萎えていくのが不思議だった。


 なぜ――失望している?


 なぜ――?


 わからないもどかしさ、なのだろうか。


 それとも――?


「俺は……お前の王子さま、とやらではない」


「乱世……さん……」


 なんだこの感情――は。


(感情……?)


 いや――。


 そんな上等なもの、俺には――。


「乱世さん……!」


 俺に――。


 あろうはずもないのに――?


「乱世さんっ……!!」


「え――?」


「……………………っ」


 羽多野――。


 泣いて――?


「ふ……ふたつ……ありますっ……!」


 羽多野は鼻をぐずらせながら、それでも俺をまっすぐに見つめて言う。


 その……潤んだ瞳のまま。


「あ――ああ」


「ひ、ひとつ……! 確かに……そう、なんです……」


 羽多野はただ、ただ……俺を見つめる。


「わ、わたし……! 最初は……そうだった……。乱世さんが……そう……その人に……。その人に見えて……」


「………………」


「運命だって思って……会えたんだって思って……」


「羽多野……」


 また、だ――。


 また――この、痛み――。


 しかも、さっきのものとも違う――。


 この――この、心の『はたらき』は――なん、だ。


「でもっ!」


「………………」


「いまは……たぶん、違うんです……! わたし……わたし……っ」


「羽多野……」


 いたみ――は。


 更に――強くなる。


 こんなことが――あるか。


 どんなダメージも、苦痛も堪えきれるはずの俺が――だ。


 なぜ――。


 なぜ、こんなにも――。


「わたしは……今の乱世さんが好きっ……! それは……それは本当ですっ……!」


「羽多野……」


「本当……本当なんです……!」


 痛みが――消えた。


「………………」


 苦痛から開放されたはずの俺は……。


 むしろ、不安を――畏れを感じている。


 こんなものは……こんな『はたらき』は、俺のこころに――。


 心、などという臓器には、ありえない反応――。


「いつからかなんてわからないけど……本当……本当なんです」


「ああ……。わかってる……わかっている、羽多野……」


「乱世さん……?」


 その実で、俺は……判ってなど、いない。


 ただ……この不安から逃れたいばかりに言っただけなのだ。


 なん――だ?


 なんなんだ――俺は――今の俺は。


「乱世さん……わ、わたし……」


「羽多野――」


 俺は羽多野に向き直る。


 その潤んだ瞳を見れば、むしろどこか安寧あんねいを得る自分がいる。


 委ねれば楽になるという、実感が……。


「乱世……さん……」


 その体温を手にすれば、全てが安寧に包まれるという――。


 確かな実感が。


「羽多野……」


 だから。


「乱世さん……?」


 だから、俺は。


「俺は……お前に言わなくてはならない事がある」


「え……?」


「とても……とても大切なことだ」


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