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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあること、強くあるべきこと
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対パンクラス戦・勇の異変、乱世の異変

「な――――ッ?」


 刹那、羽多野のマウントを取っていた男の身体が回転(・・)した。


そう、表現としては、まさに回転した(・・・・)としか言いようがない。


まるで、目に見えない手か何かに持ち上げられ、ぐるりと中空でひっくり返されたかかのように、男の身体が羽多野の上で回転(・・)したのだ。


※        ※        ※


「なに……いまの……?」


「合気……? 投げ……? ちがうもき……。バイスたんも計測できてないもき!?」


※        ※        ※


 俺も最初は羽多野が力技で男を持ち上げ、投げたのだと思った。


 しかし、いかな羽多野の怪力とはいえマウントを取られたままの態勢で、しかもあんな不自然な投げ方ができるとも思えない。


 いや……どんな人間にもあんなものは無理だ。


 ふんわりとした軌跡は一種、合気に近いものがあるが……合気はそもそも相手の力を利用し投げるものだ。


 まずもってその根本から異なる。


「……………………」


 羽多野はどこか虚ろな表情のまま、まるでそうするのが自然というような所作で……。


「ぐっ……!?」


 うつ伏せに地面に付して、未だに何が起こったかも分からないままでいる男の腕を固め、押さえ込む。


※        ※        ※


「すげ……。なんだアレ。天道クン、これってまたダマシ?」


「いや……あれは……」


 あんなものは――。


 あんな技は、俺も知らない――。


「またまたぁ……」


 鳥喰が、苦笑するように言う。


「ん……?」


「天道クン、あの女の子があの……なんかだよくわからない投げ技を使うの、知ってたんでしょ?」


「俺……が?」


「うん。そういう……なんつーか、確信めいた? あのコがマウントを跳ね除けるのがさも当然? そんな風な顔してたけどなぁ」


 俺が――?


 俺が――羽多野のあの技を――?


※        ※        ※


「あ……? あ、あれ? わたし……どうして……


「ち、ちくしょう……! 放しやがれぇっ!」


「わ……わわっ! あ、暴れないで……くださいよぅっ!」


「い……いででっ!」


「あ……す、すみません……」


 羽多野の表情が、いつもの俺が知る弱気な少女のものに戻る。


 様々な疑問は残るが……。


「羽多野っ!」


 今はまず、この状況をどうにかするのが先決だ。


「ら、乱世さん? あ、あの……コレ、どうしたら……」


「折れっ! そのまま折れッ!」


「え…………ええええええ!?」


 羽多野は一転、動揺して情けない声をあげる。


「む……無理無理っ! そんなの……無理ですってば!」


 羽多野の相手は、鳥喰のように自らギブアップしてくれるような素直な男には見えない。


 折る、までは無くとも戦闘力を奪わない限りは勝利たり得ないだろう。


「でなければ……なんでもいい! とにかく……ダウンさせるんだ!」


「え? ええ? で、でも……」


 俺の中に僅かな苛立ちのようなものが芽生えた。


 あの態勢ならば、首筋に軽く当てるだけでも意識は刈れる。


 いや……むしろ、羽多野の腕力を鑑みれば、頚椎を折らないよう、そちらを心配するべきな状況だ。


 しかし……。


「え、ええと……で、でもでも……」


 羽多野はそれでもどうしていいかわからず、まるで、捕まえた虫の処遇に困る子供のように狼狽している――。


(蟲――――)


 みぃん――。


        そんなふう、だから――。


 蝉、が――。


        そんなにも、よわいから――。


 桜、が――。


        あのときの、ように――。


 あか、が――。


        死が――――。


「…………?」


 な――んだ――?


 いまのは――。


 ちがう――。


 俺の中にあったのは――苛立ち、じゃない。


 そもそも――そんなものは俺にない。


 だったら――。


 いま、のは、なん、だ。


※        ※        ※


「乱世……さん……?」


「ちっ……」


※        ※        ※


 俺が……得体の知れない感覚に意識を飛ばしていたのは、ほんのわずかの時間だったのだと思う。


「…………!」


 しかし、その僅かな瞬間に……羽多野に組み伏せられている男は、決められていない方の腕で、ポケットから何かを取り出していた。


 ぎらり、と光る『れ』は――。


※        ※        ※


「舐めるんじゃ……ねぇっ!」


「きゃあっ!?」


 男は不自由な体制のまま、組み伏せている羽多野に小型のナイフで切りつけていた。


「…………ッ!!」


 あか――が――。


 血の――赫――。


「あ……うぅっ……」


 でたらめに切り付けたものであろう。勇の太股あたりを掠めた刃はそう深くもないが……かすり傷と言うには出血が多い。


「この……!」


「きゃあっ!!」


 そしてそれは、男が羽多野を振りほどくには充分すぎるほどの隙を生んでいた。


 そのまま距離を離し……ナイフを構えたまま、勇を威嚇する。


「あ……う……」


 勇も反射的に対峙はするものの、痛みのせいか、出血を見てのショックのほうが大きいのか、完全に腰が引けてしまっている。


「なめやがって……なめやがってェ……!」


「あ……」


 羽多野の太腿を伝う……あか……。


 それは――。


※        ※        ※


「あらら……。あいつ、完全にキレてら……。しょうがねぇな、もう……」


「……………………」


「悪いね、天道クン。メンバーのシツケがなってなくて……。パンクラスに武器はご法度ってぇのにさ。ちょっとまってて。今、あいつ止めるから」


「……問題ない」


「え?」


「あの……あかは……俺のモノだ」


「……なんだって?」


 刹那――。


 刹那、だ。


 俺は。


 俺、は。


※        ※        ※


「もう……試合がどうとか知るかっ! やってやるっ!」


「ひ……ひぃっ……!」


 羽多野が恐怖に目を閉ざす――。


 その、刹那なのだ。


「…………え?」


「………………」


「らんせ……さ……ん?」


 男の――脇腹、というのか。


 その部位に突き刺さった俺の拳は。


「乱世さん……?」


「………………」


 確実に。


 砕いている。


 砕いている。


 そのカタイもの。


 内側に守られた。


 やわい部分も。


 多分。


 おそらく。


 確実に。


「あ……ぐ……ぁ……」


 なんだ。


 まだ。


 動く。


 ぞ。


 泡も吹いているから。


 もう。


 動かないと。


 動かなくなると。


 そう。


 思ったのに。


「乱世さん……! ちょ……!」


 殴りつける。


 もう、一度。


 足りない。


 歯車が。


 いちまい。


 にまいか。


 とにかく。


 たりない。


 たりないと。


 また。


 また、まもれない。


 だから。


「だ……だめっ! 乱世さんっ!」


 触れる。


 暖かいもの。


 とめる。


 僕を。


「だめっ……! それ以上したら……死んじゃうっ! この人っ!」


「……なぜ?」


「な、何故って……」


あかは……きみのものだろう?」


「え?」


「きみのために……作ったもの、だろうに」


「え? な、何を……」」


「僕を」


 あ――。


「僕をつくったのは、きみ、だろうに――」


 これは……。


 この、手は……。


 この、あたたかいもの、は……。


「乱世さんっ……!」


 知っている。


 ああ……知っている、ぞ。


「…………羽多野……?」


 そうだ。


 羽多野……勇、だ。


 知っている、問題ない。


「乱世さぁん……」


「どうした、羽多野」


「どうしたって……」


 今にも泣き出しそうな顔をしている羽多野を怪訝に思うが……。

(そうか……まぁ、太腿をナイフで斬られれば、それは怯えるか……)


 その時俺は、羽多野の未熟さ云々よりも、俺の見込みの甘さで怖い思いをさせてしまった事を申しわけなく思っていた。


 俺は……ぐったりしている男を、そのまま横たえる。


 ふむ。


 まぁ、咄嗟だったのでちょっとやりすぎたが……せいぜい肋骨がイッたくらいだろう。


 もちろん羽多野を助けに割り込む段階で、ちゃんと手加減はするつもりだったが。


※        ※        ※


「……勝負、ありましたわね、椿芽さん」


「な……! ま、まだ私たちの勝負は……!」


「ルールはおわかり? あなたたちの2勝でしょうに」


「そ、それはそうだが……」


「ふぅ……。あの名前も知らないバカはともかく、鳥喰はもうちょっと持ってくれると思いましたのに。ちょっと……遊びが過ぎましたわね、お互い……」


「そ、そうだな……」


「勝負はおあずけ……それでいいかしら?」


「む……。し、仕方あるまい……」


「ふふふ……」


「な、なんだ」


「挑戦は……いつでもお受けいたしましてよ? いずれ……また」


「う……うむ……」


※        ※        ※


「ら、乱世さん……。あの……いま……?」


「……平気か?」


「え? あ……だ、大丈夫ですっ!」


 羽多野はまるで今、気付いたかのように、太股の傷を拭おうとする。


「よせ。そう浅くもない……」


 俺はハンカチを裂いて、羽多野の傷に巻いてやる。


「あ……」


「傷むか?」


「い、いえ……」


「そうか……それじゃあ」


「え? あ……っ」


 俺はそのまま羽多野を背中におぶってやる。


「このまま保健室まで行くぞ」


「え? あ、あの……でも……」


「消毒はすぐしたほうがいい。いくぞ」


「は、はい……」


 どのみち2勝でこのバトルは俺たちの勝利だ。


 俺はそのまま負傷した羽多野を連れて、保健室に向かった。


※        ※        ※


「あー! あー! いいなぁ、勇ぅ……。あたしも乱世におんぶしてもらいたいなぁー!」


「アニキも過保護もきねー。あのくらいの傷、舐めときゃ治るもきよ」


「……お前じゃあるまいし。そんなザツな真似はできまい」


「あ、椿芽。おつかれー」


「ちゅーてもねぇ。勇ねーさんも一応レギュラーもき。もちっと逞しくしてもらわんとー」


「ん。でも……あの投げはちょっとびっくりしたな。どうやったんだろ? あとで勇に聞いてみるかにゃー?」


「……………………」


「椿芽ねーさん、どしたもき?」


「あ……いや。なんでも……ない」


「?」


(さっき――)


(さっきの乱世……。あの頃に戻ってしまったように見えたが……)


(あの様子なら大丈夫のようだな……)


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