対パンクラス戦・勇の危機
「乱世さんっ!!」
羽多野が叫んだのと、俺に鳥喰の追撃がヒットしたのは、ほぼ同時のことだったろう。
そして――。
「人を心配できる格かよ、手前ェっ……!」
「え……? あッ……!」
それは……羽多野にとっては、致命的な隙だった。
「あ……ぐっ……!?」
パンクラス生徒が走りこみ、羽多野の腰に低い重心からのタックルを決める。
「あ……ぁっ……!」
そうなってしまえば羽多野に抗う術はない。
あっという間に引き倒されマウントの形を取られる。
※ ※ ※
「ナニやってんの、勇……」
「あれは……マズいもきねー」
茂姫の憂慮は当然のことだ。
ああまで完璧なまでにマウントを取られてしまっては、余程の実力差があっても、返すのは難しい。
「……なっさけないなー……」
「まー、そんな吐き捨てがちにゆわなくても。勇ねーさん的にゃーがんばったほうもき」
「違うよ。マウントを取られるとか……そもそも消極的なやりかたとか……そういうのは責めない。でもね……」
「でも?」
「おにーちゃんを……天道乱世を、過小評価してるのはいただけないにゃー」
「過小評価もき?」
「うん。だって今のって、乱世がやられたかも、って注意を反らしたワケでしょ? ありえないなー、そんなの」
※ ※ ※
「あ……ぅ……」
羽多野は怯えつつも、俺に教わっていた通りにガードを固めようとする。
「そんなチャチな防御でなにができるってんだよ……!」
「う、うぅ……」
「真島サンや軍馬サンは女にゃ甘いが……俺はそうはいかないぜ。今まで虚仮にされた分、きっちり返してやる」
「ひっ……!」
※ ※ ※
「……アイツ、イヤなタイプだけど……あいつがあの子をダウンさせてくれれば、2勝で決着かな?」
「……計算がおかしいぞ」
「な……!?」
鳥喰が驚愕の面持ちで振り返る。
そこにはダウンを奪われた俺が倒れ伏しているハズだったが――。
「それとも早々と勝利宣言か? 見かけによらず、ダイタンだな」
既に俺は立ち上がり、構えを直している。
「ばかな……? いまのは……確実にクリーンヒットしてたでしょ!」
「ああ。確かに。脳を揺らされてれば、しばらく立てなかったかもしれない。いい剄だ」
ぷっ……と、俺は口に溜まった血を吐き出す。
「揺らされていればな」
ヒットの瞬間に俺は咄嗟にアクセラのギアを発動させた。
アクセラの時間感覚の中でならば、剄を込めることでスピードの落ちた打撃であれば打点を逸らすことはそうそう難しいことじゃない。
もっとも……ギアを瞬時に1段から2段まで上げられるようになっていなければ、危ないところだった。
「く……!」」
「欺瞞のためにボクシングスタイルで手数を増やしたことと……グローブ越しのせいで、打点を逸らされた事に気付くのが遅れたな」
「効いてた……フリをしてたね……?」
「お株を奪わせてもらったかな」
打点を逸らせたとはいえ、咄嗟のことだ。まるで効いていなかったということはない。
もし鳥喰が俺を倒しきれてないことを察して、2撃目3撃目を打っていれば、瞬間的に無防備だった俺は確実にダウンさせられていたに違いない。
「ちぃ……っ!」
鳥喰は慌てて態勢を立て直そうとする。
普段であれば、その隙も見逃す俺ではあるが……。
「折角、上げた――いや、アンタに上げさせられたギアだ。使わせてもらう!」
いまはそんな余裕はない。
「わっ……!? ちょ……ちょ、まって……!」
瞬時に間合いを詰めた俺に、鳥喰は慌てた声を上げるのが精一杯。
「すまんっ! 待ったは……ないっ!」
そのまま……間合いを一気に詰めつつ――。
※ ※ ※
「ひ……ぃっ……!」
「さぁて……! どこから打ってほしい? 顔を守るか? それなら……腹に行くぜ?」
「や……やだぁ……」
「くくく……。選んでもいいぜ? その可愛らしい顔をボコボコにされるか、内臓滅多打ちにされて、ヘド吐き散らしてKOか……」
「ど、どっちも……やだぁ~っ!」
「わがままな嬢ちゃんだねぇ……」
「う……ぅ……」
※ ※ ※
「……あれは本気でマズいかも」
「もきねー。最悪、タオル……ギブアップ宣言の用意しとくもきかねー」
「……それで止めてくれるほど、キモチイイ相手には見えないけどね」
「……補欠の乱入は強制的に敗北になるもきよ?」
「しかたないでしょ、あの子がやられると……乱世が悲しむんだし」
「……もきねー」
※ ※ ※
「決めた……! 両方してやるよっ……!」
パンクラス生徒が、両手を組み合わせるようにして振り上げる。
羽多野のガードごと、粉砕する構えだ。
「ひっ……!」
反射的に怯えて目を閉じてしまう羽多野――。
「羽多野っ!」
「え……?」
「目を開けろ! 敵を見ろっ!」
ミリ単位の寸止めで鳥喰の顔面に拳を突きつけたまま、羽多野に叫ぶ。
「怯えるなッ! 闘いの中で目を閉ざせば……それは単なる敗北以下だッ!」
「ら、乱世さん……!」
「ちっ……! あいつダウンしてなかったのか! 鳥喰め、なにがランカーだ!」
「いいけど……打たないの?」
俺の拳をあごの先端に見据えつつ、鳥喰が問う。
「あんたの出方次第だ。アクセラは解除してない。ここからまま打ち抜いても、意識くらい、刈れる?」
剄は鳥喰の専売特許じゃない。俺も彼ほどのコントロールは無理かもしれないが、密着してからの寸剄ならば真似事ぐらいはできる。
「うん。だと思う……。意識程度で済めばいいほうかなぁ……とかね」
「すまん、それは俺も自信がない」
「……ぎぶあっぷー」
鳥喰が諦めの表情でグローブの両手を上げる。
『鳥喰実、ギブアップ承認』
「よし……」
判定コールと同時に、俺は拳を鳥喰から離した。
「……随分とお優しいねぇ、天道クンは」
「あんたに情けをかけておけば、仮に羽多野側に乱入しても、気が咎めない」
「……なーるほど。でも別にルールとしては1対1が原則じゃないんだから、そんなの気にしなくていいのにサ」
「主義の問題だ」
「はは……それもなーるほど、ね」
椿芽と龍崎の闘いに加わって強引に2勝を上げ、試合を終わらせる手も有るかもしれないが……。
それこそ、やはり主義ではない。それに椿芽に怒られる。
(それもあるが……)
※ ※ ※
「ちっ……! 勿体ねぇけど……とっとと潰させてもらうっ!」
羽多野の顔に狙いを定めた男は、そのまま両の拳を叩きつけようとする。
「ひっ……!」
それを受け……また、羽多野は目を閉ざそうとするが……。
「羽多野――! 羽多野……勇ッ!」
「…………っ!!」
俺が再度、羽多野に激を飛ばした刹那――。