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期末試験特別戦・前夜

 夜中、いつもの鍛錬を行う寮から少し離れた校舎裏の芝生にて……。


 カンッ!


 軽い音をたて、打撃を受けたアルミ缶がはじけ飛ぶ。


「…………ッ!」


 ファースト……問題なし。


 次いで――。


「セカンド……!」


 コココッ! 背後に立てた缶に指先で穿うがった穴が開く。


 セカンド――問題なし――。


「サード……!」


 最後に、ガッ、とこれまでより重めの音を響かせ、最後の缶が『立てた場所から動くことなく』ぺちゃんこにひしゃげる。


 サードまで……問題なし……!


「………………ふぅ……」


 ゆっくりと、アクセラ領域を解除する。


周囲にターゲットとして配置した空き缶の成れの果てを拾い、チェックする。


 破壊力、反応速度……そして体力の消費に関しても予測の範疇内。なにひとつ、異常な要素はない。


「……………………」


 過去に何度か起こったアクセラの不調……。


 もちろん俺が気付いていない体調や精神状態の影響が及ぼしただけのものと考えるのが妥当なのだろうが……。


 この学園での戦いにおいてはその数度の不調、しかも原因不明のものであれば、それは重大な不安要素だ。


(そして……俺の『弱点』か……)


 あの興猫という少女は、紛れもなく『一流』の戦士だ。


 その彼女がああもあっさりと指摘する以上は……もう、それは他の同様の強敵たちにもいずれ見抜かれる――。


 いや、ともすれば既に見抜かれているかもしれない重篤な要素には違いない。


(なるべく早期に……例の補習バトルまでには解決しておかねば……)


 俺は、再度アクセラの鍛錬にかかろうとするが……。


「誰だ……!」


 気配を察し、背後の木陰に声を投げる。


「あ……す、すみません……」


「なんだ……羽多野か」


「あ、あの……お邪魔でした?」


「いや……」


「特訓、ですか?」


「ん? ああ……そういえば、しばらく羽多野に稽古をつけていなかったな。すまない」


「い、いえ……わたしはいいんですけど……」


「うん……?」


「なんだか……乱世さん、ちょっと無理してるように見えて……」


「無理……? 俺がか?」


「はい」


 羽多野は……珍しく、きっぱりと言い切った。


「そうか……。そうかもな。ちょっと……スランプだった」


「わかりますけど……無理はしないほうがいいですよ」


「しかし……」


「二つ、ありますっ」


「む?」


「ちょっとは休憩しないとダメですよっ」


「………………」


「もうひとつ! 夜食……お弁当、作ってきましたけど……どうです?」


 言って、背中に隠していた弁当箱の包みを差し出してきた。


「ああ……そうだな。そうしよう」


「ふふ……」


※        ※        ※


 俺はそのまま……羽多野の弁当をいただきながら、休憩をした。


 月明かりにも恵まれず、ちょっと暗いのが難点ではあるな……。


「不調って……あの、乱世さんのひっさつわざ、ですか?」


「ああ。不調……というほどでもないのかもしれないが……」


「うーん……」


 羽多野は少し難しい顔をして、腕組みをしてみせた。


「どうした?」


「あ……ええと……ちょっとしたことなんですけど……」


 羽多野はちょっと言葉を選ぶように、口ごもる。


「いや……好きに言ってくれていい」


 今はどんな小さな事でもヒントにしたい。


「あ、はい……。わたし……その、乱世さんの……」


「アクセラ、だ」


「はい、それ……こないだ、ほら……あそこの闘技場で見ただけなんですけど……」


「ああ、そうだったな」


「わたし……あれを使ってるときの乱世さん……ちょっと、怖いんです」


「怖い……?」


「はい……」


「まぁ……羽多野のような子には、そう見えてしまうものかもしれないが……」


「あ、そういう意味だけじゃなくて……ええと……なんていうか……」


 羽多野はまた少し、口ごもりつつも、続ける。


「なんだか……あのときの乱世さん、死ぬことすら覚悟してるような……そういう……怖さ……」


「俺が……か?」


「はい……」


「そう、か……」


 確かに……ギアを使うとき、というのは、俺にとって何らかの覚悟があっての状況だ。


 命まではともかく片手、片足くらいは持っていかれる覚悟の上でなければ……。


 そのくらいの覚悟を基にでもなければ、使えない隠し玉だ。


 だからこそ、椿芽にすら隠していた。


 椿芽を危機から守るため――その最後の手段として――。


「死んじゃう……っていうのも、本当はちょっと違うかなぁ、って思うんですけど……」


「違う……?」


「ええ。なんだか……乱世さんが、わたしの……わたしたちの手の届かないどこかへ行ってしまいそうな……。


「………………」


「そんな不安……感じちゃうんです」


「羽多野……」


「普段の乱世さんは……」


 羽多野は……月明かりの下、俺の顔を覗き込むようにしてくる。


「こんなに……穏やかで……優しいのに……」


「……………………」


「ご、ごめんなさい……わたし……変なこと……」


 羽多野は急に我に返り、顔を赤らめて身を離す。


「いや……いい」


「乱世さん……」


 俺が羽多野に何か言おうとした、そのとき――。


「…………ッ?」


「乱世……さん?」


「羽多野……俺から離れるな」


「え? え? あ……は、はい……」


 俺は羽多野を庇うようにして……。


「………………」


 周囲を取り囲むように現れた無数の『気配』に気を配る。


「……………………」


 気付かれたことを悟ったのか、その連中はそこかしこから姿を現す。


 全身を黒いライダースーツに包み、フルフェイスのヘルメットで顔を隠した一団……。


 ざっと見ただけでも十人からの数が居る。


「……穏やかな用件じゃ無いようだな」


「……………………」


 連中は何も応えない。


 その物腰や、じわじわと油断なく包囲をつめてくる様子から、只の偶発的な襲撃者ということではなさそうだ。


(特別戦で戦う乱獣の連中か? 予想くらいはしていたが……よりにもよって……)


「ら、乱世さん……!」


「離れるな」


 まさか羽多野が一緒の時に、とは……最悪のタイミングだ。


 充分に包囲が詰まったところで……連中は一斉に動いた。


「きゃあっ!?」


「くっ……! ままよっ……!」


 羽多野だけを庇うことに専念し……ダメージ覚悟で一角に突っ込んだ。


(ちっ……!)


 警棒のような得物の一撃を、右腕で受け止めつつ、そのまま押し切った。


 早い判断が功を奏してか、俺にタックルをくらった襲撃者の一人は、そのまま吹っ飛ぶ。


(包囲が崩れた……!)


 今の感触から、襲撃者はそれほどの実力ではないと見た。


(羽多野を庇いつつでも、どうにか裁ききれるか……?)


 そう判断をしたのだが……。


「きゃっ!?」


 迷うこと無く羽多野をも狙おうとする一団に、慌てて後退し、牽制する。


「くっ……」


 訓練されている……! こと襲撃に於いては……!


 連中は、一人が倒されても、怯むことなく攻撃をしかけてきた。


 それも数に任せ、こちらが裁きにくいタイミング、方向、全てを鑑みつつ……。


 ガッ! 羽多野に向けられた警棒の一撃を左腕でかわしたところ……。


「ぐっ」


 そこに生まれた隙を狙い、脇腹めがけて振り抜かれた別の男の警棒をかろうじて膝で弾く。


 羽多野に被害が及びそうな打撃があれば、俺はどうしてもそちらを優先して受け止めてしまう。


 手も足も限られた数しかないのであれば……自然、俺も直撃まではいかないまでも多少はダメージを受けてしまうものだ。


(さして大きなダメージでないにしても……こう、立て続けに喰らってしまっては……!)


 羽多野の足を考えれば、このまま逃げ切るのは難しいか……。


「ならば……!」


 半歩、踏み出し、あえて奴らの間合いの内側に。


「ぐふっ……!」


 そのまま振り抜かず、ほぼ体の勢いだけを当てる形で鳩尾を打ち抜く。


「ならば……手早く打ち倒すほうが早い……か!」


「ぐぅっ……!」


 密着しての打ち抜きで制動をかけた俺は、相手の体を突き飛ばすような形で反動をつけ、背後の別の男の喉元近くへ、伸ばしたつま先をめり込ませる。


 共に大きく残るダメージは与えにくいものの、コツさえつかめば瞬間的に意識を刈り得る部位だ。


 狙いは当たり、ほぼ同時に二人の男が倒れた。


「…………!」


 立て続けに二人を倒され、流石に襲撃者たちも間合いを取る。


(気配からすれば……あと10人はいない。しかし……!)


 2陣、3陣も無いとは考えにくい。


 少なくとも俺はそこまで過小評価はされていないと思っている。


(アクセラか……!)


 セカンド程度でもいい。


 いま、俺達を包囲している連中を打ち倒せば……少なくともそれ以上に無理な追い込みをかけてくる気勢も削がれるだろう。


「乱世さん……!」


 月がかげった闇の中でも、羽多野が心配そうな視線を向けるのが判った。


「心配ない。俺が飛び出したら……羽多野は自分の身を守ることに専念しろ」


 アクセラのギアを上げている最中は、自分でも力の加減ができない。


 今のように羽多野を庇うような態勢では彼女を巻き込む危険性もある。


 一時的に彼女が無防備になるが、その僅かな時間で羽多野を狙うか人質にするかができるほどには、この襲撃者が器用には見えない。


「え? で、でも……」


「できるな? 羽多野……」


「は、はい……!」


 よし……!


 俺はわざと羽多野から距離を取るようにして、包囲の中に飛び込んだ。


(まずは……ファースト……!)


 しかし。


「…………ッ!?」


 アクセラが……発動しない……!?


「ちっ……!」


 無策に突っ込むだけの形となってしまった俺は……動揺しつつも、咄嗟にそのまま拳を手刀の形に改め、薙ぐように振るう。


 襲撃者の一人の首筋に直撃し、昏倒せしめるが……。


(こんな時にか……!?)


 これではただ羽多野を無防備にしただけのことだ。


 しかし、今更戻ることもできない。


「くっ……!」


 そのままの勢いを殺さず、手近な襲撃者の足を払う。


(これで二人……! しかし……!)


 順当にアクセラが動いていれば、既に5人以上を昏倒せしめていた時間だ。


 そして俺のその隙は――。


「きゃああっ!!」


「羽多野っ!」


 連中に無防備な羽多野を襲わせる、という判断をさせるにも充分な時間だった。


 間に合え――!


「ぐぅっ……!!」


「ら、乱世さんっ!!」


 真似事の縮地を使い 羽多野と襲撃者の間に割って入ることは成功できた。


 しかし……その警棒を受け止めた左腕が一時的に麻痺する。


(これは聖徒会の連中が使っていた、鎮圧用の電磁警棒……!)


「ら……乱世さん……!」


「平気だ……。それより羽多野……」


「わ、わたしは……大丈夫です……」


「そうか……」


 まずいな……。


 もろに喰らったせいで左腕はもとより、全身にも軽い痺れが残っている。


 甘く見たつもりはないのだが……。


「……………………」


 状況を有利として見たのか、連中は次の襲撃……。


 一斉に襲い掛かるタイミングを既に計っている。


 しかも少し離れた場所に、今まで潜んでいたのであろう別の連中の気配も感じる……。


「ちっ……!」


 せめて羽多野だけでも逃がせるよう、目の前の連中だけでも……!


 俺が覚悟を極めた刹那――。


「だめぇーっ!!」


 目の前で……羽多野に襲いかかった襲撃者が綺麗に宙を舞った。


「羽多野……?」


「ら、乱世さんには……指一本触れさせないんだからっ!」


 羽多野は……いわゆる合気の姿勢で投げを打った。


 それは、俺や椿芽が、柔術と共に教えていたとおりの……教科書どおりな理想の投げだ。


 しかし……。


「……………………」


 羽多野に投げられた襲撃者の身体は、地面に身体の半ばまで埋まってしまっている。


 明らかに……『力』で叩きつけられた形だ。


 あの軍馬銃剣や、我道一派のブラッドの膂力でも、ここまで人を地面に埋め込んでしまうことはできないかもしれない。


 さしもの襲撃者も、戸惑い、再度間合いを広げた。


「や……やってみましたけど……」


「あ……ああ、そう……だな」


 相手の勢いを利用した合気の投げで相手を捕らえ、そのまま力任せに地面にたたきつける……。


 ……と、冷静に分析するほどに、上手くいくものではない。


 そもそも合気は自分の力を最小限に抑えることが肝要な武術だ。


『柔道』のレベルでは力任せな投げもある程度は功を成すこともあるが……。


 レスリングなどのたたきつける打撃が肝要な投げと、合気の投げはそもそもベクトルが違うものなのだ。


 やろうと思ってできるものでもなければ……筋肉の構造上、普通は不可能だ。


(素人ゆえの偶然かまぐれかそれとも……)


 羽多野の才能、素質なのか。


「羽多野、背中は任せる。二人なら……この程度の状況は切り抜けられる……!」


 少なくとも羽多野の技術が実戦レベルにまで来ていることは判った。


「はいっ……!」


「………………!」


 俺が――いや、俺達が迎え撃つ態勢を整えると……。


 襲撃者たちは、そのまま昏倒した仲間を抱えるように撤収を始める。


「……無理はしない……やはり、訓練されているな……」


 羽多野という不確定要素が出た以上、功を焦らず被害を最小限に留めようと判断したか。


 もちろん俺にも連中を追撃する余裕などは無い。


「逃げ……ちゃいましたね」


「ああ……羽多野のお陰だ」


「え……えへへ……」


「それにしても……」


 勇:「はい! 乱世さんに稽古をつけてもらっていない間も、一応一人で練習してたんです。椿芽さんにも見てもらったりして……」


「そうか……」


「ちょっとでも……乱世さんたちのお力になりたくて……」


「羽多野……」


 確かにまだ、上位の連中に通用するものではないだろうが……。


 これならば、少なくとも今までのように俺が付きっ切りで護衛する必要まではなさそうだ。


 これで今後のバトルでも――。


「う……っ」


「ら、乱世さんっ!?」


 ほっとしたせい……というのでもなかろうが、腕に鋭く走るような痛みを感じた。


「いや……問題ない。ちょっと……予想以上にダメージをもらっていた」


 電撃のショックは既に抜けているが、左腕の痺れが抜けない。


 余程にまずい受け方をしてしまったのか、ともすればこの感覚は骨にまで影響しているかもしれない。


「大丈夫……なんですか?」


「ああ。この程度なら……」


「で、でも……すごく……痛そう……」


「平気だ。それより……羽多野。お前のほうは怪我はないか?」


「わ、わたしは大丈夫です……けど……」


「そうか。それなら……いい」


「良くないですよっ!」


「羽多野……?」


「そりゃ……わたしは……まだ全然頼りないかもしれないですけど……。そのせいで乱世さんが傷つくくらいなら……自分が怪我したほうがマシです……!」


「……………………」


「さっき……」


「……?」


「さっき……乱世さんのことが怖い、っていう意味……自分でちょっと判りました」


「俺の……こと……?」


「乱世さんは……自分を大切にしなさすぎます」


「自分を……?」


「そりゃ……乱世さんは……わたしや……椿芽さんを守るつもりなんでしょうけど……もっと……自分のことも大切にして欲しい……」


「…………」


「時には……わたしたちを……仲間も信用して……ほしい、です……」


「羽多野……」


「……………………」


 羽多野は……それきり、黙ってしまった。


「羽多野……」


「は、はい……?」


「このことは……椿芽たちには黙っていてくれ」


「え? で、でも……」


「余計な心配をかけたくない。判るな……?」


「は、はい……」


 椿芽がこのことを知れば、無理にでも自分が出ると言い出すだろう。


 今の手口を見ても、やはり頼成の一派にはいろいろな意味で注意をしなくてはいけない。


 それにそもそもこうまでした以上、先に提示した代表の交代を認めてくれるとも思えないしな。


「乱世さん……」


「心配するな……」


 しかし――。


 このダメージ以上に、やはりアクセラの不調が気にかかる。


 当日までに解決――。


 いや……せめて、当日にこの不調が出なければいいのだが……。


「乱世……さん……」


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