天道組、勉強する
数日後の休日、俺たち天道組は連れ立って近場の学園市街地――石毛タウン街まで足を伸ばしていた。
「……まるで普通に大きな町、だな……」
ここは他の学園市街地に比べれて大きくはないものの、今の俺達にはちょうど良い施設がある、という茂姫の前置きを聞いてから訪れたのだが……。
「あ、ああ……」
椿芽も完全に気圧されたような表情を見せている。
『普通に町』などとは言ったが……。
俺や椿芽が暮らしていた道場のある里は論外として、麓近辺の街の倍か数倍は開けている。
田舎者丸出しで気圧されてしまうのも、それはそれで仕方ないことだ。
「乱世さんも椿芽さんも、来たことなかったんですか? ここ」
「いろいろな意味でそれどころじゃなかったからな。しかし……椿芽は一度、別の場所には来ているんじゃないのか?」
転入早々、餓死の危機に買出しに出かけたことがあったはずだが……。
「あの時は朝方でこんなに活気も無かったし……それに仮に何度目であろうとも、やはり、な……」
「椿芽ねーさん、そんなきょろきょろしてると……なんかもうパーフェクト田舎者って感じもき」
「し……失敬なっ! うちの道場は田舎などではないっ! テレビのチャンネルも3つあるし、週刊誌も1週間遅れるだけでちゃんと来るのだ!」
「……それを田舎と言わずして、何を田舎と」
「……言ってやるな、茂姫。意外とコンプレックスなんだ」
「ら、乱世っ! お前だって同じだろうにっ!」
「それはそうだが……俺はそもそも、こういう人の多い場所は苦手だ。道場のある山のほうが落ち着く。だからコンプレックスに関しては理解できないぞ」
「うう……」
「この市街地のお店の大半は、生徒が運営してるんですよ」
「ああ。それは知識では知っていたが……」
よもやここまで、とは。
しかし、男闘呼組の幽玄ほどではないが、かなり目上に見える店主も多いが……。
「通貨がポイントやポイントを両替した学札ってだけで、ほとんど外と変わらない流通ができてるから……一度ここで商売を始めると、なかなか卒業できなくなるもき。なーんの不自由ないもきからねー」
「それはそうなんだろうな」
「この学園がマンモス化する最大の原因もきよ。恒久留年生徒は」
「なるほど……」
学校は社会の縮図……などと言うこともあるが。
縮図どころか、まんまミニチュアの社会が形成されているのを見れば、もはや悪趣味な冗談にしか見えないもんだ……。
「部活や団体でお店を代々経営してるとこも多いんですよ」
「第115料理研究会のラーメン屋は代々受け継がれた老舗の味もき」
「あ、あそこはわたしも好きです!」
「そうか……」
代々だの老舗だの……。
「元々、好きで始めるお店ばかりが多いですから……学内の購買より、ずっといい品揃えだったりするんです」
「他に頼成組の取り仕切ってるカジノとか闘技場とか……今日の目的地の図書館も怒黒組……っていうか秋津雄大の個人蔵書でできてるもき」
「おっと、そうだったな。そういえばそもそもそれが目的だった」
この時期、校舎内の図書室はどうしても何処も飽和状態になる。
加えて元々荒くれ者が大半を占める学園であれば、まともに読める本や資料は多くない。
普通一般で言うところの「勉強に向いた静けさ」もあまり望めない。
通はこの時期、市街地の個人運営の図書館で勉強をするものだ――するもきよ。
……という茂姫の言葉で、俺たちはここまで繰り出したのだ。
中でも秋津雄大の運営する私設図書館の蔵書は桁外れなのだそうだ。
加えて怒黒組が運営としているのであれば、いかな荒くれ者共とはいえ自然と蔵書の扱いも丁寧になるし、中で騒ぐものもそうそう居ない。
「わたしも前から興味あったんですけど……やっぱりちょっと怖くて……」
「まぁ、それはそうだろうな」
秋津のあの風体に加えて……怒黒組の看板などを掲げていれば、羽多野に限らず一般生徒の敷居は高くなる。
しかし、聞けば秋津は異常なまでの読書家であることに加え、礼節やマナーにも煩いらしい。
末端の配下にもなれば、俺たちも良く知るようにガラも悪くなるのだろうが……。
少なくとも秋津の聖域――図書館では、他の生徒などよりも余程に大人しくせざるを得ない。
結果的に一般の生徒にも、各派閥のPG生徒の敷居もやや高いために比較的空いているうえ、静かで蔵書も豊富な、理想的な環境になっている、というわけだ。
「何だかんだしているうちに、そろそろ試験まで時間もなくなってきてしまった。ここが踏ん張りどころだ……」
今までは放課後、寮に集まって勉強会をしていたのだが……。
やはりどうしても環境が悪すぎる。
そこで、気分を変えるという意味も込め、こうして路面電車を乗り継いで遠征してきたわけだ。
そして……。
「はいはい、みんな。こっちよー?」
怒黒組図書館の前では、約束通り晴海先生が待っていてくれた。
「すみません、先生。休日だというのに……」
「あらあら。そんな遠慮されても困るわ? 生徒が勉強を見て欲しいって言われれば、それは断れないもの。それに……」
「…………」
なぜ俺を見るのか。
「天道くんの頼みじゃ、それは断れないものねぇ♪」
「……頼んだのは俺じゃなく、羽多野なのだが」
優等生の濡れ衣(?)を着せられた羽多野は、余程気にしていたのか……前々から補習授業を先生に頼んでくれていたらしい。
俺は俺でいろいろな意味で微妙な表情になってはしまうものの……まぁ、勉強を見てもらうということのみに於いては、これほど心強いことはあるまい。
「はいはい、それじゃ早速……晴海せんせーの特別補習授業、始めるわよー?」
言いつつ何が愉しいのやら、先生は先陣を切って図書館に入っていった。
「はーい♪」
次いで、茂姫と羽多野もそれに続く。
「乱世……」
「なんだ」
「なんだか相変わらず、妙に先生に気に入られているようじゃないか」
「……不本意ながらな」
「どうだかな」
……っと、そういえば……。
「どうした、乱世」
「いや……そういえば俺は筆記用具の類を持ってきていなかったな」
「……それに今、気付くのか、お前は。勉強するつもりなど無かったんじゃないだろうな」
「なにをばかな」
「鉛筆なら私のを貸してやるが……」
「いや……ノートの類も含め、そこいらで売っているだろう。先に入っていてくれよ」
「……逃げるつもりじゃなかろうな」
「お前の俺に対する信頼度は、なんだか日に日に下がっていくな」
「まぁいい。前にも言ったように、お前が個人的に留年するのは別に構わんことだ」
「お前を先輩、などと呼ばなくてはならない状況だけは回避するつもりだな」
「ああいえばこう言う……。とにかく迷子にだけはなるなよ」
「何言ってんだ。ほら……そのちょっと先に文具だかの看板を提げている店があるだろ。流石の俺でもあの距離で迷うほうが難しい」
「そうだな。流石のお前でも、あの10メートルだかの距離で迷うようなら、もうおしまいだな」
「ああ。そうなったら人間、おしまいだ」