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皿騒動のはじまり

 桜が散り、木々の葉が青々と茂り始め……。


 頬を撫でる風に初夏の兆しを感じ始められるようになった頃の校庭――。


「せぁっ!!」


「正義を説き、正義を示す者……。人は其れを――」


「……終わったぞ」


「……むぅ」


 見れば、既に相手がたの5人は椿芽の剣の前に倒れ、仲間に運ばれるようにしながら無言の退場をしている。


「早いな。流石は神速の太刀筋、鳳凰院流皆伝の技……」


「……照れ隠しに持ち上げるのは構わんが、単にお前がぐずぐずとしていただけだ。あいかわらずな」


「むぅ」


「っていうか、今の、照れ隠しだったもきか」


「……今日も最後まで言えませんでしたね」


 唯一、羽多野だけは俺を慰めるかのように言ってくれているが。


「いい加減に、そのどうでもいい格好付けを辞めればいいのだ」


「何を言う。これはあくまで様式美であってだな」


「判った判った。今更そんなことについて議論する舌は持たん。どっちみち、この程度の相手なら、私一人で充分にお釣りが来る」


 俺はまだ言いたいことはあったものの……まぁ、椿芽の言うことも、良くも悪くももっともだ。


 実際問題、まだまだポッと出のレベルである俺達の対戦を受けてくれる相手といえば、派閥に属していないフリーのグループか、属していてもかなり末端のPG生徒ぐらいなもの。


 椿芽にしても本気の5割を出さずとも、楽に相手ができる程度の連中でしかない。


 当然、その程度の相手であれば、互いに賭けて得られるポイントも微々たるものであり……。


 莫大な負債を負っている俺達からすれば、忸怩じくじたるものに感じられないこともない。


 ないが……。


「でも……地道にやっていくほうがいいですよ」


 羽多野が対戦の成績を記録しながら、そんな風に言ってきてくれた。


「ちょっとずつではありますけど、ランクは上がってきていますし」


「そうだな」


 住処こそ例のごとくあのボロ寮ではあるものの……学食などでは、当初に比べれば多少はメニューを選べるようにもなってきても、いる。


 当初に背負った負債額こそ、とんでもない額面に感じられたものだったが、なにしろこの学園では、闘うことこそが何よりも優先されることがルールである。


 今しがたのようなユルい対戦であっても、ポイントを金銭として換算してみれば、かなりの高額が動いていることになっているのだ。


 それこそ『外』の世界であれば、俺達のような学生がどう頑張っても得られないような高額にも相応する程に。


 ランクの末端の対戦ですら、そのレベルのこと。頼成や我道などの派閥の長、上位ランカーとの対戦であれば、どのレベルになるものか……。


「当初はどうなるかと思っていたが……この調子なら、例の像の弁償もどうにかなりそうだな」


「ですね。この調子なら、数ヶ月ってところだと思います」


「それでも数ヶ月か……やれやれ……」


「そう言うな。相手が大したことがない以上、得られるポイントが低くてもいたし方ないだろう」


「それはそうかもしれないがな……」


 椿芽が尚も愚痴をこぼそうとしていたところ……。


「流石ね、天道くん」


「先生か」


 今の今までどこで観戦していたのか、沖野晴美先生がしれっと拍手などしながらの笑顔で現れた。


「やっぱり私の見込んだとおりね」


「見込まれたつもりは無いんだがな」


「あらあら、あいかわらず可愛くないこと」


「お言葉ですが先生。この男が可愛かったら、この世は終りです」


 椿芽が苦虫十匹は噛み潰した顔で言う。


「わ、私は可愛いと思いますよ、乱世さん!」


 羽多野はフォローのつもりか、そんなことを言ってくるのだが。


「……まず、別に可愛くありたいとも思ってないんだけどな」


「あらあら、難しいこと」


「しかし、わざわざ観戦などと……教師っていうのは思ったより暇な職業だな」


「まぁ、それもあるけど」


「あるのか」


「わりと貴方達、噂になっているのよ? 転入早々に頭角を現してきたルーキーって」


「まさか……」


 こんな程度の相手をいくら潰しても、そこまでの評価になるものでもないんじゃないか。


「や、そりゃ本当もきよ」


「そう……なのか?」


「ええ。最低最悪の状況から、ぐんぐんとランキングを上げてきているグループがあるって」


「……好んで最低最悪の状況になったわけではないのですが」


 また椿芽が新たに苦虫を噛んだようだ。


「ま、注目されたきっかけはソコもきけど、その後の成績に関しても、今までにないくらい好調ではあるもきよ」


「ふむ……」


 やはり俺としてはあんな程度で……と思えてしまう。


 その上には、我道たち上位ランカーが控えているのも事実なのだ。


 仮に今が好調であろうとも、慢心する理由にはならない。


「この雑誌にも掲載されてますよ、ほら」


 羽多野が嬉しそうに差し出してきた雑誌の表紙には『週刊・天文ランキング』などと書かれている。


「報道部の出してるランキング関連専門のタブロイドもき。他に新聞部、ジャーナリスト同好会なんかが出してる似たようなのが数誌、出てるもき」


「この表紙の写真はこの間、パンクラスの連中とやった時のものだな」


 流石に上位派閥のひとつであれば、末端であってもそれなりに手応えがあった。


 このときは今日のように椿芽一人ではなく、俺もいくらか腰を据えて闘わざるをえなかったので、それなりに記憶には残っている。


「ね? すごいでしょ? 乱世さん!」


「まぁ、な」


 勿論、全面に掲載されているわけではなく、あくまでちょっとスポットライトを当てた注目株程度の掲載ではある。


「アニキたちはそういう情報には本当、無頓着もきからねー」


「それは否定しないが。しかし……何時の間に撮られたのか、全く気付かなかったな」


 野次馬はそれなりに居たが、カメラマンのような姿は無かったように思うが。


「そら、もきが撮影したもき」


「お前かよ」


「そらまぁ、茂姫はいちお、報道部所属もきから」


「そういえばそうだったか……」


「バイスたんの撮影機能は、そこらのプロユースカメラなんぞよりもゼンゼン高性能もき」


 茂姫は自慢げに、例の気色悪い人形を撫でたりしてみせてるが……。


「……高性能なのはまぁ認めるが、その外見はどうにかならんのか」


「かわいいもき?」


「……お前よりはな」


「……めっさひっかかる評価もき」


「でも……」


 先生はそのタブロイドを一瞥するようにして……。


「注目されるってことは、いいことだけじゃないわよ?」


「え? そ、それって……」


「注目されれば、それだけ危険も多くなるわ。この学園じゃ、まともな勝負をしかけてくる人間のほうが圧倒的に少数なんだから」


「そうもき。ましてウチらみたく、派閥の後ろ盾とかないグループは、どんなナニな手段を仕掛けてくる手合いがいるか、わからんもきよ」


「ら、乱世さん……」


「要らぬ心配だな。むしろそういう状況こそ、望むところだろう、なぁ椿芽」


「ん? あ、ああ……そうだな」


 気づけば椿芽は俺たちから少し離れた場所に居た。まぁ、話題的には俺よりも尚、興味がないとは思えたが……。


「どうかしたか?」


「いや……何か……」


 椿芽は、先刻闘ったグラウンドで、『何か』を拾い上げる。


「こんなものが落ちていた。さっきの相手のものか?」


「どれ……」


 椿芽が差し出したのは、何の変哲もない汎用ディスクのように見えた。


「ふむ……」


 あの試合の前から落ちていたのなら、いかに耐衝撃ケースに入っているとはいえ無事では済まなかったろうが……。


「落し物なら届けたほうがいいんでしょうか」


「かもしれないな。丁度、ここには先生も居る」


 試合の中で落ちたものとすれば、俺なり椿芽なりが気づかないはずもないとも思う。


 多少の疑問はあったが、俺はこれ幸いと先生にこの『落し物』を手渡そうとする。


「いやよ、面倒くさい」


「……とんだ教師も居たもんだ」


「おあいにく様。この学園では純粋な教師の仕事はあくまで授業時間だけなの。それ以降はあくまで一個人、沖野晴海よ」


「そうか……」


 俺は観念して、手近な学園事務室辺りに届けに行こうとしたのだが……。


「あ……ちょっと待ったもき」


 茂姫がそのディスクを俺の手から、ひょい、と摘み上げる。


「届ける前に、ちょこっと内容を確認しとくくらい、バチは当たらないもきよ」


「……当たると思うぞ」


 罰なとという不明確なものではなく、拾得物横領罪的な罪状に。


「この学園じゃ、情報もひとつの財産もき。重要な情報なら、そんなものを落としていく方が悪いもき」


 茂姫はしれっとした顔をして……ディスクを例の『バイスたん』だかの口に突っ込んだ。どうやらそこが挿入口らしい。


「……相変わらずギミックが悪趣味だな」


「もしかしたらナンかお宝かもしれんもき。っと……なんかえらく大層なプロテクトがかかってるもきねー。こいつはひょっとしたら当たりもき?」


「……好きにしろ」


「言われなくても、もうとっくにしてるもきー……って、これってもしかして……」


「どうした?」


「………………」


「茂姫ちゃん?」


 茂姫は挙動不審ここに極まれリ、といった感じに周囲をきょろきょろと見渡して……。


「ちょ……ちょっとココじゃまずいもき」


 今度は先のディスクを手に、俺をぐいぐいと引っ張るようにしてきていた。


「お、おい……なんだ? いきなりそんなに引っ張るな」


「い、いいから……とにかく一度、我らが秘密基地に戻るもきっ!」


「なんだ秘密基地って。寮のことか? わかった……わかったから引っ張るなって」


 俺はワケがわからないまま、茂姫にひっぱらられるようにしていった。


「おい、乱世、茂姫! ちょっと待て!」


「あ……わ、私も……。それじゃ先生、失礼します」


 椿芽や羽多野も、慌ててそれに続いた。


「あらあら、慌ただしいこと……。ふふ……」


※        ※        ※


 我らがZランク寮の俺の部屋に入るや否や。


「これは……『皿の欠片』もき」


 茂姫は例の拾ったディスクを車座の中心に差し出し、妙に重々しく言う。


「皿?」


 椿芽は怪訝そうな顔をするが、俺にはその言葉に聴き覚えがある。


「ということは……それは頼成のもの、か?」


「お。アニキは知ってるもきか?」


「心底意外そうな顔をするな。ちょっと前に当の頼成に、その『皿』……二枚組みのディスクの片方を探して欲しいと依頼された」


「……あの男と会っていたのか?」


 椿芽が嫌悪丸出しの顔で俺を見る。


「私も……ちょっとあの人は……」


 羽多野もまた、わかりやすく言葉を濁して言う。


「……頼成は、相変わらず順調に嫌われ続けているようだな」


 まぁ、好かれる要素は今のとこないんだが。


 しかし、羽多野のような一般生徒にまで、こうも眉を顰められるとは……。


 いや、ヤツの性格からして、表立てて見せているあの性格やキャラクターにとどまらず、乱獣の本部で見た『あの趣味』さえ隠すことはしていないのだろう。


 俺があの場で実際に被害者の少女に聞いた拉致や監禁などについても……。


 それならば、むしろ一般生徒の方に嫌悪されていても不思議ではないのかもしれない。


「お前の交友関係までとやかく言うほど、過保護ではないが……あまり肯定はできんな」


 椿芽についてはこの様子じゃ、あの『応接室』を目にしたら、その場で斬りかかりかねない。


「一度だけだ。それも呼びつけられたから行ったまでだ」


「そうか……ならいいが。それにしても一言くらいあっても良かったのではないか?」


「……まさに過保護、じゃないか」


 俺は小声で言ったつもりだったが。


「何か言ったか?」


 ……聞こえていたようだ。


「いや、別に」


「残念ながら、これが頼成のものかは判らんもき」


「そうなのか? 頼成が探していた、という以上はそういうことだと思ったが」


「そこがちょっとややこしいもき。紛失している『皿』は二枚あるもき」


「二枚……?」


「もき。頼成の『皿』と、我道の『皿』もき」


「我道の……?」


「どちらも二枚組みのディスクに分割して極秘情報を記して保管してたもき。そんで、おまけに二人とも皿の欠片……つまり、その片方を紛失してるもき」


「二人そろって同じ方法で、か? そんなに仲良しには見えなかったがな」


「ちょっと前にそういうブームがあったもき。皿に見立てた二枚のディスクに情報を分割して、一枚は自分が肌身離さず持って、もう一枚は秘密の場所に保管して……っていう。今はもう、新しいセキュリティ方法に大半のグループが移行してほとんど廃れてるもき」


「ふむ。そういうセキュリティ方法の推移に頓着のなさそうな派閥が結果的に取り残されただけ、か」


「取り残された、っていうより……まぁ、シュミ的な部分のが強いもきねー」


「趣味……ですか?」


「さっき、ブームって言ったもきけど……なんかこう、二枚の皿の組み合わせに秘密を記す……っていう昔の漫画だか映画だかっぽい方法に何らかのロマンを感じるってことらしいもき」


「……分かるような分からぬような……」


 俺も椿芽も、そういった物語に心当たりがないわけでもないし、シュミ的に言えば嫌いではないかもしれないが……。


 それを現代のディスクに置き換えて実用としてセキュリティに活用するというセンスはよく分からない。


「おまけにそれで紛失してるんじゃ話にならない」


「もきもそう思う」


「それで……そもそも、このディスクにはナニが記録されてるんだ?」


「廃れたとはいえ、ちょっと前まで有効だったセキュリティもきからねー。内容まではわからんもき。噂じゃ、グループの秘密だか、裏帳簿だか、そんな話だったもき」


「せめて頼成か我道か、どっちのものかも判らないのか?」


「残念ながら」


「それは……なかなか厄介だな」


「そうなんですか? 失くしてるものなら届けてあげれば喜ばれると思うんですけど……」


「相手がわかれば、な」


 羽多野のように、純粋な好意で……ということではなく、失くした相手に届けることができれば、それは取引きにも使える。


 もちろん、それが相手方のものであっても、それはそれで『感謝』はされることもあるのだろうが……。


 少なくともその相手方、もう片方には確実にケンカを売ったことになってしまうだろう。


「立ち回り方を考えなければ、厄介なことになるな」


「でも、うまく立ち回れば……ちょっとした利益を得られるもきよ?」


「私はそういうのは、好かん……!」


「気持ちは判るが。しかし、ここでうまくやっておいて、例の負債を片付けられるなら、それに越したこともないだろ?」


「そ、それはそうかもしれなんが……」


「権謀術策も、この学園にゃ必要もきよ、アネさん」


「む、むぅ……」


 正直を言えば……俺も、あまりそういった類のことは好かない。


 しかし現状を鑑みれば、そう正論ばかりは言っていられないだろう。


「とにかく……ちょっとカマをかけてみるか」


「かま……ですか?」


「ああ。頼成はともかく……もう片方の男に関しては、ある程度わかりやすいところがあるからな」


「な……なんだ。なんで私を見る……!」


「とりあえずお前にも協力してもらわねば、と思ってな」


「う……なんだか猛烈にイヤな予感がする……」


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