停滞破壊者
「……以上で先月までの各主力派閥グループの動向報告を終わります」
「うむ」
聖徒会室内に配されている、聖徒会副会長、牙鳴遥専用の執務室。
通常の聖徒会公務は別にある公務室なり情報統括室なりで行われ、ここは部屋の主である遥以外の聖徒会員は容易に立ち入ることさえも許されていない。
ここに遥――そして姉であり会長の円以外の聖徒会員が立ち入っての報告をするのは、他の者に聞かれてはあまり良ろしくない性質の事柄についての場合のみである。
「……こちらで介入した件についての効果につきましては、別途の報告書のほうをご参照ください」
いま、遥に報告をしている者もその為に呼ばれたのだ。
普段の『彼女』の口調とはまるで異なる、間者として牙鳴遥にしか見せない冷徹で事務的な態度で、ただ淡々と……。
「良い、そこはお前の腕を信頼している。やりすぎ故の再起不能者、死者についても例のごとく10名程度までは不問とし、こちらで処理する」
「は……」
「それで……あの『イレギュラー』の動向はどうだ」
「先月来、ランキングバトルに活発に参戦を開始しています。編入一ヶ月目強としては過去のデータから比しても異例の成績と言えるでしょう」
「ふむ……。もっとも、私の耳に直接届いてくるほどで無いところを見ると……『異例』ではあっても『異常』とまでは行かない、ということか」
「それは……やはりメンバーの圧倒的な不足が原因かと」
「だろうな。この学園で上位に食い込むとするならば、大規模な集団戦を行える規模か……相応の腹芸が必要、ということ」
「仰せの通りで……」
「もっとも……」
「は?」
「もっとも、それはあくまで『現実的な』理由。この学園の成り立ち……そして原点、根底の部分を鑑みれば『その程度の理由』で上り詰められないというのであれば、やはりそれは『異常』ではない。せいぜいが『異例』程度のことではあるな」
「は、はぁ……」
「学園長がわざわざ選んだ『停滞破壊者』であれば、そのくらいを望むのは当然と言えば当然だろう?」
「……………………」
「ふ……冗談だ。いかな私でも、いまここに居ない学園長の代弁などはできない。それより……」
遥は件の生徒……天道乱世のデータを一瞥しつつ、続ける。
「彼らの成績が安定するまでは可能な限り、お前も助力するように。勿論、現状にて許される立場の範囲内において」
「現状の範囲内において……ですか」
「……………………」
「副会長……?」
「……なんでもない」
『彼女』は、そこで目の前の聡明な副会長が、普段はありえない間――ぼうっと考え込むような時間――を挟んだことを怪訝に思うが。
「そうだな……。そういえば、丁度いいものがあったか。アレを使う許可を与える」
「皿の欠片のこと、ですか? しかし、あれは……」
「ああ。あれは学園内のパワーバランスを保つために保管しておいたものだ。しかし、もともとそれほど危惧する類のものでもなし……良い。許可をする」
「はい……」
一礼し、そのまま振り返らずに執務室を出て行く。
「………………」
「学園長が今更、何を考えていようが、関係のない……」
「私は……この学園を守るのみ。それこそ……自分の許される立場の範囲内において……か」
遥は小さく笑い『もっとも重要な公務』に就くため、執務室の奥……姉の私室へと足を向けた。
※ ※ ※
「あ……ああっ……。だめ……。そ、そのようなこと……」
牙鳴円の私室――そこは大きな寝室とでも言おうか。
部屋は円の生活する場所でもあるが、主だった家具は殆ど見当たらず、ただ大きなベッドがあるのみ。
「あっ……ああっ……!」
いま、その上では円と妹の遥が、ふたり。
「お……おねえさま……」
刀の塚頭で敏感な部分を責め立てられるようにして……遥は、普段ほかの生徒はおろか、周囲に侍らせている親衛隊員にさえも聞かせないような声をあげる。
「んっ……んふぅっ……。おねえ……さまぁ……」
歳相応の少女の声。
遥という娘は、主であり姉でもあるこの女性の前では、常にそうだ。
(御君は……求めていらっしゃる……。いつになく、私を……)
そう思っただけで、胸の辺りが、かっと熱く火照るのを感じる。
牙鳴円の欲情は、とりもなおさず遥の劣情でもあるのだ。
少なくとも……この少女――牙鳴遥の中においては。
その……ナルシズムに似た感傷に彼女が浸っているのを、まるで見透かしたかのようなタイミングで……。
『感じて……きてるのね、ふふ……』
円は柄を彼女のなかに埋没させようと、力をこめた。
「だ、だめ……。そんな……お、お戯れをしては……! ああっ……あ、ぅっ……!」
どこか乱暴に……そしてどこか焦らすかのような繊細さで……遥の入り口をこね回すように刺激する。
公務の狭間で円の情欲の相手をするのは遥の日課のようなものだった。
心の内の欲求を収めねば、円は人を斬る。
それが部下であろうが……ともすれば妹である自分までも。
牙鳴円という娘の中においては、人を斬る欲求は性欲と等しいものなのだ。
いや……恐らくは、そのほかの本能的な欲求……食欲や睡眠欲などのようなものとも、等価値なのであろう。
もしも人を絶え間なく斬り続けていられるのであれば、円は物を食さず、眠りにつく事も忘れ、ただそれを続けるのであろう。
自らの命の炎が燃え落ちる、そのときまで。
そういう意味では、死に至る、という人間最後の欲求さえも、それと同じ価値であろうということかもしれない。
遥はだからこそ、円の殺人欲求を性欲に置換し、解消してやらねばならない。
だからこそ……諜報員の報告を終えた途端、ベッドに引き倒されるようにされたのも、彼女たちの日常と言って、差し支えないものではあったのだ。
しかし……。
(それにしても……今日の御君は……激しくあられる……)
『ふふ……遥ちゃんってば……こんなにして、はしたないわァ……』
円の声が遥の脳裏に響く。
常態で心の大半を眠らせている円は、ほぼ言葉というものを発しない。
したとしても……視覚や聴覚などの五感から入力された情報によって、勝手に出力される、反射のような言葉だけだ。
円の言葉は、遥にしか届かない。
いや……それすらも、この、主であり姉でもある少女に忠誠し、恋慕に似た感情を持つ少女の妄想の産物であるのかもしれないが……。
幸いなのか不幸であるのか、遥という娘はそれに気付かない。
『そんなに……コレが欲しいの?』
円はそれを強引にねじ込むようにしてくる。
「あ……ああっ……!」
割り裂かれるような痛みに、眉を寄せる。
円のそこは、度重なる円の悪戯により、既に奥底まで蹂躙されてはいるものの……男性との経験は無かった。
ここまでの異物をこじ入れられそうになる痛みと刺激には、まるで不慣れなのである。
もちろん、それは……彼女を責めている円にも判っている――経験として蓄積されていることではある。
しかし……。
『ふふ……大げさに痛がって見せて……。そんな顔をされたら……』
「あ……だ、だめっ……! そんなにしては……! ああ……っ!」
『尚更に……苛めたくなっちゃうじゃない』
それを知っていて、言うのだ。
知っていて、するのだ。
その事は、遥が内包するマゾヒズムを更に刺激し、発情をさせもする。
しかし……。
「お……御君、いけません……。まだ、公務が……」
遥は円とは違い、この現実に生きる娘でもあるのだ。
この後にはまだいくつかの公務が残っている。
円を伴っての定期的な巡回も残っている。
現実が齎す、些事が多すぎる。
ここで円の本能的な情欲につきあって、疲弊してしまう訳にもいかないのだ。
幸い……いつもの円は遥の言葉であれば、ある程度聞き入れてくれるものだった。
心を眠らせ続ける円という獣にとって、遥は客観的に見て、飼い主にも近しい関係が成立していると言ってもいいだろう。
もちろんそんな不遜なことを遥が思っている訳もなければ、円という獣は、わずか絹糸一本で繋がれているだけに過ぎない猛獣には違いないのだが。
とまれ、殊更に切迫をしている訳でもない場合の円は、遥の言葉は聞き入れるものなのである。
しかし、今日は……。
「公務ゥ……?」
「御……君……?」
円は……不機嫌そうに漏れた円の言葉に、小さな、しかし無視のできない違和を抱いたのだろう。
「遥ちゃん、あなたはァ……」
「ひぅっ……!」
遥のそこから、乱暴に柄が引き抜かれた。
柄巻が敏感な粘膜を削るように擦り、遥は悲鳴を上げる。
「あなたは……妾よりも、公務だかのほうが大事……ッていう訳ね?」
「あ……」
遥はそこに至って、ようやく違和の正体に気付いていた。
いま、円の口から自分に届いているのは……遥だけに聞こえる声などではない。
「お、御君……」
確かに耳を抜け、鼓膜を震わせている、肉の声。
と、いうことは。
「御君……め、目覚めていらっしゃいましたか……」
覚醒している。
姉は……円の心は目覚めている。
「……おんきみィ?」
目覚めている円には、遥が自分を呼ぶ、その言い様すらも気に食わない。
「随分と、行儀良い言い方をするじゃァない? 遥ちゃん……」
「も、申し訳ありません、お姉さまッ……」
遥はすぐさまに跳ね起き、その足元に伏そうとするが――。
「きゃっ……」
円がその胸先を突き押し、再びベッドに戻される。
「……そういうの、嫌ァい」
姉の不機嫌な面相は晴れることもない。
「申し訳ありません……! このご無礼の咎は、いかようにも……」
「如何様にもォ?」
円は遥のもので濡れた柄を舌先で軽く舐めるようにしてから……。
笑みを見せ、抜刀をする。
「ひっ……!」
遥の顔が恐怖にひきつる。
「ふふ……」
円は笑みのまま、その切っ先を遥のそこに宛がう。
「如何様にとォ……言った?」
「お……お姉さま……」
冷たい鋼の感触が、遥の身を竦ませる。
それは……刀という凶器、そしてそれが齎すのであろう損傷に怯えているのではない。
牙鳴遥という女は、それほどに弱い存在でもない。
「ふふ……。ほら、こうやって……今度はこっちを入れてあげようかしら?」
「ひ……ぃっ……!」
ともすれば、このまま刃を突き入れられ、命を落としたとしても……それはそれと考えることもできたろうし……。
もし他の状況で同様のことになったとするのなら、瞬時に覚悟を固めることもできた。
そう。
死ぬことなどは怖くない。
只――。
「や、やめて……姉さま……」
その遥の唇からぎりぎりに漏れた言葉は、歳相応か、それ以下の少女じみたものだ。
ただ――。
姉に殺される、ということが……。
戯れのままに殺されるかもしれないということだけが、こわい。
姉の目に映る、他の有象無象の存在――。
斬って落とすだけの存在であるものたちと、自分が同列に扱われるということが……。
それだけが、こわい、のだ。
「くッ、くッ……」
円が目を細め、嬉しそうに喉を鳴らす。
当然、円はそこまではしない。
少なくとも今はするまいとしているのは確かだ。
そういった、遥の反応が愉しいのだ。
「大丈夫……殺しちゃったりはしないわァ」
「ね、姉さま……」
「ただァ……」
切っ先が、更にゆっくりと押し込まれる。
「ひぃっ……」
薄く血が滲んだ。
そうは言いつつも、然して深く入れられたものではないのだが……。
刃先に落ちた露雫すらも両断せしめる名刀である。
粘膜の薄皮程度は平に接しただけで傷にもなろう。
「遥のいやらしいココ……使い物にならないくらいには、しちゃおうかしら?」
円はその、滲んで伝う血を、満足そうに見つめながら、言う。
「どうせ……使うこともないでしょう? それなら……この姉さまに、頂戴? ね、いいでしょオ……?」
「姉さま……っ」
遥は目元に涙を滲ませ、小さな子供のように首を振った。
「ほら……こうやって、一気に……」
円が、刀を持った手を引き付ける。
刀が遥の中から抜かれ、分泌した汁に濡れた切っ先が、小さく糸を引く。
「ね、姉さま……やめて……」
円は懇願する遥に首を振り……。
「ふふ…………ほらっ!!」
そのまま一気に――。
「…………!!」
遥の目が、恐怖に見開かれ――。
突き出した切っ先は……遥を貫いてはいなかった。
「あ……あ……」
遥の股の下……足の隙間、ベッドに突き刺されたに過ぎない。
子供だましの悪戯である。
しかし……。
「ああ……」
弛緩した遥は、そのまま……失禁していた。
放物線を描くように放たれた尿は、ベッドに、そして床に染みを作っていく。
「あらあら、お行儀の悪い……。遥ちゃんってば、いつまでたっても子供ねェ……」
円は童女のようにころころと笑って、妹の雫に濡れた切っ先を、ぺろりと舐めた。
「ふふ……。遥ちゃんの味……」
「ねえさまぁ……」
そこに至り……遥はついに涙をこぼしていた。
「あらあら……ちょっと苛めすぎちゃったわね。ごめんね、遥ちゃん……よしよし……」
円はそんな遥を、あやすようにして、弛緩した白い腹部をやさしく撫で摩る。
「ごめんなさい……ねえさま……ねえさま……」
遥は、涙声で姉に謝りつつも……腹を撫でる姉の手のひらの感触に、先刻まで以上の幸福感にも包まれている。
目覚めている姉に苛められつつも、やさしくあやされる……。
こうされている時が遥にとっては、一番の幸福なときだった。
「ふふ……いいのよ、遥ちゃん……」
円も当然のごとく、それを知っているので、必要以上にやさしく接してみせているのだ。
「今度は……ちゃんと、最後までしてあげるから……いいわね?」
円は再び……柄のほうを宛がうようにしながら、問いかける。
「は、はい……! おねえさま……遥を……遥をの事を……!」
遥は飼いならされた犬の表情で、笑顔になり懇願をする。
「ふふ……。いい子……」
恐らくは今ならば、この姉の気まぐれで殺されたとしても、笑みを浮かべて逝くことすらもできたろう……。
※ ※ ※
やがて――。
「ふふ……。いい顔ォ……」
円はベッドの上でだらしない格好を晒したまま、寝息を立てている遥の乳房を優しく撫でた。
「うふふ……本当に可愛くてェ……愛おしくてェ……」
円はそんな妹の様々な液体にまみれたままの顔を、いとおしそうに撫で、頬にキスをし……。
「くッ、くッ……♪ 妾の……妹」
きゅっと、目を細め、見る。
「さて……と……」
円は小さく笑みつつ、脱ぎ散らしてあった己の衣服を纏い、まだ妹のさまざまな分泌液にまみれたままの刀を、そのまま腰の鞘に戻す。
「些事は片付けておくわ。おやすみ……遥ちゃん」
愛しい妹の痴態を、もう一度笑みで見遣り……円はそのまま、部屋を出た……。