天道組の課題
放課後――。
「ようやく形になってきたな」
授業が終わってからこっち、各自色々と走り回ってどうにか生活の場としての体裁を整えることができた。
「それにしても羽多野には今日も頑張ってもらってしまったな」
「そ、それほどでも……」
廃墟同然の部屋を、ここまで綺麗に体裁を整えられたのは、彼女の類まれなる才能のお陰だろう。
「本当はもうちょっと綺麗に仕上げたかったんですけど。ほら、そこ、まだちょっと……」
本人的にはまだまだ気にかかる部分は多いようだが……それに付き合うと、いつまでたっても終わらない気がする。
やや、完璧主義すぎなのがちょっと困ったところか。
ほら、アレだ。
掃除を始めると何時までも終わらないタイプがあるが、あんな感じというか。
まぁ、効率にしろ能率にしろ異常なまでにスペックが高いので欠点と言える欠点ではないのかもしれないが。
いや……。
放っておくと、この寮どころか学園全体を掃除かリフォームしないと止まらなとうなので、ここはやはり一応、欠点と言っておこう。
「わ、私も手伝ったのだ。いちおう……」
「お前がか? 邪魔をしただけじゃないのか?」
「お、お前な……」
「いえ、椿芽さんが居なければ、結構大変なところもありましたし。本当、助かりました」
「い、勇……」
ふむ。
当初危ぶまれた二人の関係も。まぁそれなりに慣れが出てきているようにも見える。
これもこれで安心だ。
「そうか。羽多野がそう言うのなら……椿芽も頑張ったんだな」
「当然だ。あまり私を甘く見るなよ? ふふ……」
共に過ごしていた修行時代は、掃除洗濯なぞより力仕事や大工仕事のような、とても女性らしくないスキルの方が得意だったくらいだからなぁ。
羽多野に倣う形で掃除や片付けなどの『そういった』スキルが上達したというのなら、これもこれで喜ばしいことではあるだろう。
「外壁の塗り替えとか、床や壁の張り替えとか、木材の調達や削りだしとか。本当、助かりました」
「……力仕事や大工仕事全般だな……」
「適材適所というヤツだな。ふふ……」
……前言は撤回せねばなるまいか。
「それにしても……よく電気や水道などまで完全に復旧したもんだ」
一応、昨日の時点で最低限度までは復旧していたが……それでも本当に最低の限度でしかなかったからな。
「むくくく。それはもきの手柄もきよー」
「いや、変な笑い声で胸を張るまでもなく、確かにこの仕事ぶりには素直に感心したぞ」
「もっと褒めていいもきよー。もきの功績を讃えていいもきよー」
「そこまで勿体つけることもないだろう。一体、どんな方法で完全復旧させたんだ?」
「ききき。企業秘密もきよー」
……と、茂姫がますます勿体つけようとしたところで。
「無道さんには悪いけど……まぁ、実際にはそこまで努力したことではないわね」
「晴海先生……?」
「いくらこの学園でも、電気もなしに生徒を生活させようとするほどには無責任じゃないわ。電気が止まっていたのはただの手違いね。午前中に復旧工事を行わせたのよ」
「そうなのか」
この学園なら、その無責任さも充分アリかと思ってしまっていたが……。
「そう。だから無道さんは電力復旧を私に届け出に来ただけね」
「センセ、ネタ晴らしが早いもきよー。もちょっともきの重要性をアニキらにアッピールしてからでないと……」
「ずいぶんセコい野望だ」
「ぐむむ……」
「しかしまぁ、どのみち俺たちがそれに気付かねば当分はサバイバルちっくな生活を強要されていたのだからなぁ。そういう意味ではやはり功績だろう」
「そうだな。どうやら水や湯も出るようになったようだし……」
椿芽の安堵は、とりあえずこれで屋内での料理、まともな形での食事ができる事によるものだろう。
「しかし……その手続きやらは先生が?」
「あらいやだ……。まだ何か勘ぐっているの?」
「顔に出たか……俺も修行が足りないな」
俺に以前、晴海先生の話を聞いていた椿芽も傍らで僅かに緊張したように見えた。
「イヤねぇ……。私、一応あなたたちの担任なんだけど? それに……」
「それに?」
「その調子じゃ信じて貰え難そうだけど……個人的にも貴方たちに期待してるのよ?」
「期待……?」
「そう。この学園の教師としても、ごくごく個人的にも、ね?」
我らが『担任教師』は、そう言って、どこか意味ありげに小さく笑んだ。
※ ※ ※
寮近くの泉――。
「どう思う?」
再び俺と椿芽はここで体を清めている。
湯が出るようになったとはいえ、まだ節約はしていかないと厳しいところもある。
当分はここでの沐浴は日課となることだろうな。
「晴海先生のことか?」
「ああ。お前に話を聞いたから……というだけではない。やはりあの教師はどこか怪しい」
「ふむ」
確かに……。
いくら担任とは言っても、この学園のクラス単位は百からの大人数だ。
世話焼きとしてもいささかピンポイントに過ぎる感もある。
「しかしな、椿芽」
「しかし……なんだ?」
「あまり何もかも一度に疑ってかかるのも、それはそれでどうだろうとは思うぞ」
「それはそうかもしれないが……」
「勿論、気は許さないほうがいい。だが、あらゆる意味でまだまだ弱小の俺達だ。利用できるツテをわざわざこちらから突き放すことにもメリットはない。世話を焼いてくれるというのなら、今はそれで構わないだろう」
少なくとも利害関係が何処かでそれなりの一致をしているのであれば、いきなり足元を掬われることもないとも思う。
と、いうか……今の我々には、掬ってどうなる部分も無い、というのが正しいところだろうが。
「お前は……人がいいな」
「そうかな」
「そうだよ。ふふ……」
「しかし戦力の増強はもう少し早急に考えたほうがいいかもしれないな」
「ああ。あまり大所帯にしたいとは思わないが……」
それは俺も同意だ。
俺にしても椿芽にしても我道や頼成、そして秋津や真島のグループのような大所帯を好みはしないし、また実際その人数を制御できる器用さもない。
それは判っているつもりだが……。
「勇に鍛錬をつけてやる……というのは明日からか?」
「ああ。本人はやる気のようだな」
一応そういう約束をして、今日は茂姫にも同行してもらい彼女を寮に帰した。
俺は同じ失敗は二度、繰り返さない主義だ。
正確には、もう野宿はイヤだ。
「しかし……まぁ、そうそう期待するのは酷だろう」
羽多野には例の突発的な怪力という特殊技能はある。
あれについてはどう鑑みても彼女の筋量からは考えられないパワーであり、未だに不可思議な思いもあるが……。
しかし、それを支えうる戦闘センス的なものはまるで皆無だ。
少なくともバトルのみならず、この学園の生活において自らを守れる技術だけは最低限、教え込んでおかねばならない。
「過度な期待はしない……それは判っている。あの娘はあくまで普通の少女だ。本人にその意志があるならあるで、ゆっくり育ててやればいい」
「ほう……?」
「な、なんだその意外そうな顔は」
「感心してるんだ、そう噛み付くなよ。いや……俺の知っていたお前なら、羽多野のようなタイプは邪魔だなんだといい続けるかと思ったが……」
「……お前が私に抱いている印象はあいかわらず偏ってるな」
「そうか?」
お互い様……というのは言わずにおこう。
「確かに戦力にはなり得ないが……私は、彼女のようなタイプは決して嫌いじゃない」
「そうか」
あえて迂遠な言い方をしてみせるのが椿芽らしいが……。
物心ついた頃から、同世代の友達の居なかったこいつのことだ。
いわゆる初めてできた友達が、素直に嬉しいところもあるのだとは思う。
だからこそ、当初あれだけ邪険に扱われていたのを気にもしていたのだろう。
「……なんだ、その顔は」
「いやいや、別に?」
「むぅ……意味ありげな……」
「しかし……戦力が俺とお前だけでは、実際のところやはり心もとないのも事実だな」
いわゆるタイプに分ければ、俺も椿芽も攻撃主体の前衛型だ。
背中を任せられるような人材があれば、それに越したことはない。
羽多野があの素質……というか俺も驚かされたあの怪力を使いこなせるまでに育ってくれれば、完全な非戦闘要員の茂姫くらいは任せられると思うのだが。
「当面、心当たりがあるわけでもない。地道にやっていくしかないだろう」
「そうだな……」
※ ※ ※
「さて……」
沐浴の時に椿芽とあんな話をしたせいだけではないが、俺も俺で日課にしていた鍛錬を再開するため、寮から少し離れた場所に抜け出ていた。
(せめて……アクセラの精度と安定性をもう少し上げておかないと、不覚を取ることもありえる……)
両手に力を込める。
ふむ。
今日は椿芽が新たに調達してきた食料と……それを用いて羽多野が調理してくれた、久方ぶりのマトモな食事。
そのお陰で、概ね体に栄養は行き渡っている。
これなら――。
「………………!」
と、鍛錬を始めようとしたところで、俺はその気配に気付いた。
「……この間のヤツか」
「あらら。あっさりバレちゃった」
以前、まさにこの場で一戦交えた、あの正体不明のヤツだ。
「これでも気配は消してたんだけどなー。ちょっち自信なくなっちゃうかも」
まるで闇の中から溶け出してくるように、その姿と気配が同時に明瞭になる。
「嘘をつけ」
消そうと思っていれば、もっと完全に消しきる力量はあるはずだ。
「そんなわざとらしい殺気があるか」
「おお、すごいすごい」
闇の向こうから、おどけたような拍手。
「俺を試したとでも?」
「ま、そんなとこかニャー」
今日はこの間ほどは月も翳っていない。
改めて観察すれば、その体躯はまさに少女のそれにも等しいほどに華奢で小さい。
もちろんその細すぎる外見には不釣合いな力を秘めているのは、この間、自ら嫌という程に実感したことだが。
「やだなー、おにーさん。そんな構えなくても……今日はなんもするつもりないって」
「だろうな。しかし……それなら何故?」
「うん。ちょっと……おにーさんに興味あってね。よっこらしょっと」
その影は、手近な縁石に腰を下ろした。
「なんせ……あそこまでやられたのもひさびさだったし」
にやにやと、こっちを伺うような視線を感じる。
「見られた相手は消すんじゃなかったのか?」
「ま、場合によりけりだにゃー。くふふ♪」
「いいかげんなモンだな」
言いつつ……その影をそれ以上気に留めず、通常の基礎鍛錬をはじめる。
さすがに正体不明の相手の前で『アクセラ』までは見せられまいが。
「なんだ、意外と真面目にやってるんだね、おにーさん」
「まぁ、な」
師匠――詰まるところ、椿芽の親父殿に教わった、いわゆる『形』というものも今では頭より体のほうが覚えている。
むしろ体の鍛錬というよりも、精神の邪念を払う意味合いでの日課か。
「………………」
「……面白いのか?」
「うんにゃ、ちっとも♪」
「……だろうな」
こんな基礎の鍛錬、興味がある者でもそう長く見てはいられないだろう。
「そう簡単にゃ、手の内は見せない……ってことだわね♪」
「それを判ってるなら付き合う必要もないだろう?」
「まーねー。でもまぁ……」
「?」
「やっぱ面白いからもーちょい付き合うにゃ♪ にゃはは」
「たったいま、面白くないと言ったろう」
「にひひ♪ そーゆーの、時と場合によって変わるもんニャ」
「なんとも早くかわる時と場合だな」
「にゃはは♪ 猫はきまぐれなんだニャー」
ひとしきり、そんなどうでもいい会話をした後……。
「乱世……天道乱世、だ」
いちおう、名乗っておくことには、した。
「おにーさんの名前にゃ?」
「ああ」
「ふーん。ま、別に名前には興味ないや」
「そうか」
「……………………」
「………………」
「……興猫」
「名前か?」
「にゃ♪ まぁ……今はそう呼ばれてるってだけだけどもね」
「名前に興味ないんじゃなかったのか?」
「時と場合♪」
「そうか」
「そうニャ♪」
予定外の見学者はあったものの、俺は久しぶりに日課を済ませることができた。
興猫と名乗る闖入者は――。
「んじゃね、おにーさん♪」
俺が鍛錬を終えると同時に現れたのと同じく、唐突に姿を消した。
「…………」
今後は完璧なまでに気配を消してみせて、だ。