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朝食と聖徒会と

 翌朝――。


「2日連続で朝帰りとは、大したものだな」


 朝食時の学食の席で、椿芽に思いっきり睨まれた。


「……好きでしたわけじゃないんだけどな」


 せっかく羽多野の尽力で部屋もできたというのに、まさかまた野外で朝を迎える事になろうとは。


 いかん。いくら季節は暖かな方向に向かっているとはいえ、このままだと空腹以前の問題でどこか体を壊す可能性がある。


「さすがアニキ。大層なプレイボーイぶりもきねー」


「……字面に反して、それは感心している口ぶりじゃないな」


「あ、勇ねーさんが来たもきー。おはようもきー」


「……そして無視か」


 どうでもいいが、こいつは当初は俺を尊敬だかなんだかで近寄ってきた割には、どんどん扱いがぞんざいになってきている気がする。


「おはようございまーす! 待ちました?」


「いや、それほどでも――」


「メチャメチャ待ったもき! 早く朝メシにするもきよー!」


 椿芽の命令(というか鳳凰院家の家訓)で皆が揃うまで朝食をおあずけされていた茂姫が食い気味に反応する。



「……正直は美徳と言うものだが……」


「そうでないことも往々にしてあるな」


「めし~」


「あ、でも……乱世さんと椿芽さんは大丈夫なんですか? 良ければ、わたしのお弁当、またお分けしますけど……」


「いや、そこまでしてもらうのは気が引ける」


 まして、昨日のようなトラブルもあった後でもあるし……。


「本当は早起きして皆さんの分もお弁当作ってこれればよかったんですけど……」


「それこそ仕方ないだろう。昨日は寮の掃除で大変だったしな」


「い、いえ……あのくらいは……」


「まぁ、気にしなくてもいい。少なくとも俺には多少の当てがある」


「……なんで茂姫を見るもきか」


「気にするな、俺の弁当箱」


「本音出た!?」


「俺をアニキ呼ばわりするなら、その位の提供はむしろ当然だろうに」


「……なんか、このグループ入ってから、もきは損しかしてない気がするもき……」


 言っておくが、なにも全部せしめようなどとは思ってない。とりあえず、いざというタイミングで『アクセラ』を発動できる最低限のカロリーさえあれば問題ないのだから。


「ふっふっふ。心配は要らないぞ、乱世!」


「なんだ? 椿芽。それは胸を張っているつもりなのか? それならばもうちょっと誇張するようにしたほうがいい。なにしろお前は元々の胸囲というものがげふ」


 ……別に茂姫を見習って珍妙な語尾を付ける主義にした訳じゃない。


 出来うるならば見せたいもんだ。この俺の脇腹にめりこんでいる、椿芽の愛刀・小豆長光の柄の痛々しさを。


「……胸囲がどうこう言ったか? 乱世」


「いや……滅相もない」


「ンなことより何が心配要らないもきか?」


「おっと、そうだった。実は――」


「ちなみに椿芽ねーさんの胸サイズが同年代平均に比べてアレなのは見ればわかもぎゅ」


 ……茂姫が新しい語尾を開発した訳ではない。


 見よ、あのさりげなさを装うことも捨てて、見事にヤツの顔面に突き刺さった椿芽の正拳突きを。


「お前のその体型で言われるとことのほか腹が立つ!」


「あだだ……つい生来のツッコミ気質が……」


「お前も意外と体を張るな。見直したぞ」


「恐縮もき」


「ええい! いいから余計な茶々を入れるな! 話が進まん!」


 言いつつ、手に持っていたビニール袋を突き出して見せる。


「これは……パンに……コンビニ弁当? なんだ、これは。どうしたんだ?」


 例の学生証のポイントなしでは、この学園では買い物ひとつできないんじゃなかったのか。


「そういえば、元々所持してきた財布のことを思い出してな」


「親父殿が念のためと持たせてくれたヤツか。外の通貨も、ここで使えたのか」


 それならば、俺もさして多くはないものの、持ってはいるが……。


「学食や、学園の正規の購買じゃ使えないもき。でも各学園市街地とかなら、通貨や相応の価値のある宝石、きん、美術物などの交換による買い物や、学内紙幣との両替もやってるもきよ」


「そうだったのか」


 晴海先生も仄めかしていたが、学園が管理していない(もしくはあえて管理していない)場所における部分は生徒の手によって独自の社会が構成されているということなのだろう。


「茂姫にその話を聞いてな。あのあと、市街地まで行って取り急ぎの買い物を済ませてきた。かなりの高額ではあったが」


「ま、そりゃしょうがないもき。外のカネを持ってくるなんてのは、新入生かワケありの人間くらいもき」


「なるほど……ワケありなら、その辺りは足元を見られても当然か」


「まぁ、兎にも角にも、今日はまだ人間らしい朝食ができそうだ。さぁ、勇も……」


「あ、はーい」


 羽多野が椿芽が引いた椅子に、素直にすとんと腰掛ける。


「………………」


「ど、どうしたんですか、椿芽さん?」


「い、いや……」


「羽多野、こいつは結構、気にしているんだ。何か……お前さんに嫌われているのではないかってな」


「ら、乱世っ!」


「え? そ、そんなことないですよ、全然っ!」


「そ、そうか……?」


「は、はい……」


「まぁ、何か気に障ったことがあるのなら、その都度言ってくれたほうがいいな。こいつはこう見えて、意外と気が小さいんだ」


「乱世……お前な……」


「そ、そうなんですか? ふふ……」


「い、勇まで……。わ、笑うことはなかろう……」


「ご、ごめんなさい。でも……なんだかちょっと、ほんとう、意外って感じで……」


「むぅ……」


 顔を赤くして拗ねたようにしてみせる椿芽だが……その実、羽多野とこうして打ち解けた安堵のほうが強いのがわかる。


「んじゃ、とっととメシにするもき。もきは自分の分を取ってくるもき」


 俺達はそのままテーブルに各自の食事を広げ始めた。


「乱世はアンパンと牛乳でいいな?」


「いいも悪いも、俺はパンと言えばそれしか食ったことがない」


「そ、そうなんですか?」


「ああ」


「言っておくがな、勇。我が家がそれほどに人里離れていたということでも、居候のこいつにそれしか食させていなかった、というワケではないぞ」


「……人里離れていた、という点は誤りではないと思うが」


「うるさい。それにしたって、別に閉じ込めていた訳でもないだろうに。こいつはな、勇。なんのポリシーか知らないが、子供の頃から、パンと言えば頑としてそれしか口にしないのだ」


「別にポリシーでも好き嫌いでもないんが、なんとなく……なんとなく、だ」


「そうなんですか……」


「なんとなくで下手をすれば一食、何も食わないのだからな。変わり者だろう?」


「………………」


「……羽多野にまでそう珍しいものを見るような顔をされると、流石に俺も気にしなくもない……」


「あ、そうじゃないんです!」


「そうじゃない?」


「え、ええと……実はわたしも、パンは苦手なんですけど……何故かアンパンだけ大丈夫なんですよ」


「そうなのか?」


「勇、この変わり者に気を使っているのならそんな必要はないぞ?」


「い、いえ……本当に。だからちょっとびっくりしちゃって」


「む、むぅ……」


「ほらみろ、椿芽。ともすると、パンはアンパンのみという派閥は、存外に多数なのかもしれないぞ?」


「そ、そんなことはあるまい」


「ふふふ。見える、見えるぞ。お前の常識、自信がゆらぐサマが」


「ぐ、ぐむむ……」


 普段は、やれ『お前は偏食だ』だの『ジャムパンの美味さを知らないヤツが一人前になれるものか』などと理不尽極まりない罵倒とからかいを受けていただけに、正直ちょっと痛快だ。


 しかし。


「私も子供の頃から、不思議がられてたんですよ。全部のパンがダメならともかく、なんでアンパンだけ大丈夫なんだ、って」


「……どうやら多数派、ということでは無さそうだが?」


「むぅ」


 ……短い天下だった……。


 俺はそんなことを思いながら、早速アンパンにかぶりつこうとするのだが――。


「全員その場を動くな!」


 唐突に、けたたましい笛の音と共に数人の男たちが食堂に駆け込んできた。


 あの服装には見覚えがある。


 この学園に来た初日にも世話になった、あの聖徒会という自治団体の連中だ。


「聖徒会の所持品改めである! 違法物持込みの通報により、この場を改める!」


 もしや……と思ういとまもない。


 連中は、迷うこともなく真っ直ぐに俺達の卓までやってきて……。


「これは正規の流通食品ではないな?」


「そ、それは……」


「聖徒会規則、拘則こうそく第285条の適用により、没収とする!」


 言うや否や、テーブルに出ていたものから、俺が半ば歯型を付けかけていたアンパンに至るまで、次々と取り上げられていった。


「し、しかし……! 確かに学札やポイントによる購入ではないが……これは私たちが個人的に購入したものだぞ!?」


「それらは概して、授業とその予備時間中には学業不用品として扱われ、没収条件が適用される」


「そんなこと……!」


 椿芽が憤るのも無理はない。


 それが仮にルールだとしても、それならば、食堂のそこかしこに見られる週刊誌やらマンガやらもそれに当てはまるものだろう。


 いや……見れば、俺たちと同じく外部で購入しているであろうパンやら弁当やらを食している連中だって、さして遠くない距離にいるのだ。


「………………」


 これは、明確に他意か作為の感じられる所業だ。


「異論あらば、聖徒会総務を通じて然るべき書面にて申し立てをしろ。意義が認められれば没収品の返還もあり得る」


「返還……? それはどのくらいで……」


「早ければ数ヶ月から半年には返還される」


「は……早くて!? ば、馬鹿なことを……」


「抵抗をするのならば、拘則009条における、聖徒会公務執行の妨げが適用になる」


「ぐ……」


 作為、などと言葉を選ぶまい。


 これはあからさまに『嫌がらせ』の類だ。


 そういえばこの連中は『通報』があったと言っていた。


 見れば、周囲には先日の因縁を吹っかけてきた連中も居れば――。


「……………………」


 学食の入り口付近には、今しがた来たのか、あの頼成という男も、そして我道の姿もある。


 それぞれ思惑は違えど俺や椿芽の力量を推し量ろうと鑑みているのであれば、それも考えられなくはない。


 その考えにまんまと乗るのは業腹でもあるが――。


「……………………」


 規則とあれば言い返す言葉もなく、椿芽が唇を噛む。


 こいつの配慮を無にすることは……できそうもない。


「ら、乱世さん……」


 その空気を察してか、心配そうな表情を向ける羽多野を、さりげなく背中にして守るように踏み出した。


「貴様……!」


 同じく察した聖徒会が、得物であろう警棒のようなものを腰から引き抜く。


 そのものものしい形状を見るに、ただの棒切れ、ということではあるまい。あるまいが……。


 しかし――。


「………………」


 俺はもう一度、椿芽のほうを見遣る。


 ここは力ずくであっても、だ――。


「……止せ」


 椿芽は小さな声で俺を制止した。


「椿芽……」


「止せ。私なら……気にしては居ない」


「………………」


 それは、嘘だ。


 あいかわらずも、なんて判り易い――。


「……………………」


 しかし、俺はそのまま、羽多野を守る形のまま、退いた。


「ら、乱世さん……?」


「……それは没収だけで構わないんだな?」


「あ……?」


「ポイントその他の懲罰が無いのであれば、さっさと持っていけばいいだろう」


「あ……ああ」


 連中も荒事を半ば覚悟していたのか、拍子抜けしたようにしつつも、そのまま立ち去っていく。


 周囲のギャラリーから明確なブーイングが飛び……。


「……ふん」


 頼成という男は嘲笑のようなものを浮かべてその人壁に紛れた。


 我道は俺たちのほうに歩み寄りながら、小さく肩を竦めるようにしている。


「今日こそは手の内が見れるかと期待したんだがな」


「……まさかあんたが、か?」


「よせやい。俺ならそんなまどろっこしいことはしないね」


 言いつつ……ずい、と目の前に拳を突き出す。


「こっちの方が簡単でいい」


「だろうな」


 同じく、頼成という男でもないのだろう。


 あいつはあいつでそもそも、まだ俺達を脅威どころか、自分に影響のある存在とすら認めてはいない。


 暇つぶしに顔を覗かせ、それが中途半端に終わったのが残念……と、その程度のことだ。


「お前が騒ぎを恐れて……ってタイプじゃねぇことは判ってるが……」


 ちらり、と椿芽を見遣る。


「…………?」


「女を気遣って……というのは格好いい格好悪い、半ば半ばというところだぁな」


「半ばは褒められているとでも思っておこうか」


「俺的にゃ、悪い心がけじゃないと思うがよ。それじゃ、鳳凰院、またな」


 言いつつ、我道もまた学食を出て行った。


「……何故、私にだけ言うのか」


「気があるんだろうさ」


「……笑えない冗談だな」


「好意を持たれているのなら、悪いことではないだろうに」


「それが笑えないのだ!」


「やー、危ないとこだったもきねー」


「……お前はお前で騒ぎが収まるまで隠れてたな」


「もきは非戦闘要員もき。にしても……」


「?」


「あの聖徒会が因縁をつけてくるなんて、やっぱりアニキは注目されてるもきねぇ」


「はた迷惑な話しだがな」


「フツー、あんな程度の規則違反じゃ、いちいち注意なんかしてこないもき。チクリかなんかもきね、やっぱ」


「やはり……」


 因縁か……それとも……。


「よく……我慢してくれたな」


 椿芽が俺に言う。


「……お前がそう言ったからな」


「私が言ったから、か?」


「ああ」


「ふん、普段は私の言うことなど無視をするくせに」


「そんなことはない。俺は真面目だぞ」


「よく……言う!」


「とにかく……また、わたしたちのお弁当とか分けますから……早く朝ごはんにしちゃいましょ? ね? 茂姫ちゃん」


「やっぱりもきも提供するもきか……」


「当たり前だ、マイ弁当箱」


「そのコードネームは本気でやめてほしいもき」



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